◇風邪気味の杉野くん、落ち込んで泣いている聡平くんを慰める、キス。良平くんに怒られる


【コーヒーとスコーン】



聡平はカフェでアイスコーヒーを頼み、窓際のカウンター席に一人腰掛けた。悩ましげな溜息をつき、眼鏡を外す。
視力が悪いので視界が曇った。

昨日のサッカーの試合結果によるショックが思ったより尾を引いてる。
終盤、自分が相手に抜かれなければ、チームメイトがあそこでゴールへ入れていれば、試合をひっくり返せたかもしれないのに。
思い出しても腹が立つ。と同時に歯痒く悔しい。

聡平はもう一度溜息をついて、眼鏡をかけ直した。コーヒーのストローに口を付け、窓の外を見る。
行き交う人の中に足を止めた人物がいた。聡平の方へ近付いて、窓を叩く。
コンコン。

「…?」
目が合うと、ヨッと言うように手を挙げる。
杉野拓巳だった。

杉野は外回りの途中なのか黒い鞄だけを持って、店の中に入ってきた。
黒いスーツがスラリとした長身によく似合う。

爽やかな笑顔を向けてまっすぐに近付いてきた杉野に、聡平は軽く頭を下げた。
「こんちは。」
「うん。何してんのこんなとこで、聡平。」

さらりと聡平の名前を呼ぶ。大抵の人はすぐには見分けられないというのに。
この人のどこに、そんなセンサーが付いているのだろう?

「コーヒー飲んでます。」
「それは見ればわかるよ。」
杉野はぶはっと吹き出して笑った。
その声に違和感を覚える。
「先輩、鼻声じゃありません?」
「そう。よくわかったね。なんか昨日からおかしくてさ〜。」
「風邪ですか?」
「どうだろね。そうだったら気力で治したい。」

杉野は聡平の隣の席に鞄を置いた。
「で、なんで聡平はこんなとこにいるの?」
「え?だからコーヒーを…」
「じゃなくて。ここ通学路とかじゃないだろ。誰かと待ち合わせ?」
「ああ。違いますよ。良平に呼び出されてて、さっき別れたところです。」
「おや。良平には会わなかったなぁ。残念。」
「すみませんね、俺で。」
「そうね。」
杉野は悪びれもせずいたずらに肩を竦めた。
残念だと口に出しておきながら、さりげない仕草がそれでも構わないと言っている。
器用なことを自然にやってのけるのが彼の上手いところだ。
杉野は鞄から財布を取り出した。
「俺もちょっと休憩しよ。席取っといて。」
「了解。」
杉野は肩をぐるりと回しながらその場を離れた。

数分もしないうちに戻ってきて、席に座る。
手に持っていたのはカフェラテとスコーン。
「聡平も食う?」
聞かれたが聡平は首を振った。さっき食べたばかりである。
「先輩こそ何してるんですか?」
「お仕事ですよ〜。」
「ふぅん。大変ですね。」
「うん。でも楽しいよ。俺って意外と真面目だからね〜。」
「意外ですね。」
「いや…改めて言われるとなんか凹むから…」
杉野は鼻声混じりで拗ねてみせた。

聡平はカップの中の氷をストローでかき混ぜながら、無意識に溜息をついた。
スコーンの切れ端を口に運びながら杉野がそれに気付いた。
しばらく無言で、口の中の物を消化するのに専念した。最後にカフェラテをのどの奥に流し込み、聡平の顔を覗き込んだ。
驚いた聡平がカウンターテーブルから肘を落とした。
「わっ?な、なんですか…」
「元気ないじゃん。どうしたの?」
「え。わかります?」
「出てるよ顔に。」
「はは…。大したことじゃないんですけど…」

聡平は昨日の試合について、杉野に掻い摘んで語った。
相手は何度も練習試合を重ねていた相手だったこと、チームのエースの不在、そして自らのミス。
終盤だったため、挽回する時間もなかった。
結果は1-2で敗北。
勝たなきゃいけない相手に負けることほど情けなく、悔しいことはない。

聞き終わった頃には、杉野はスコーンを半分以上平らげていた。
「それは悔しいね。」
聡平の気持ちを反復するように杉野が言った。
「というか腹が立ちます。自分に!」
「人のせいにしないだけ偉いよ。」
杉野は励ますつもりで言った。

聡平が良平と違うところはこういうところだと杉野は思う。
負けず嫌いなのは同じなのに、落ち込むことがあると、良平はとりあえず喚いてみるが逆に聡平は黙って自らを省みる。
杉野としては言ってもらった方が力になれると思っているので、もう少し愚痴を言ってもいいとは思うが。
黙っていては伝わるものも伝わらない。

杉野が微笑んだまま次の言葉を待っていたので、聡平は慌ててそっぽを向いた。
「ごめんなさい。こんな…愚痴みたいなのに付き合わせてしまって。」
コーヒーの氷をグルグルかき回して、ストローに口を付ける。
照れ方が良平と同じだった。
それに気付いて、杉野はふっと息を吐いて笑った。
「別に構わないよ。つまんないこと気にするな。」
それから聡平の手を取って。
「元気の出るおまじないしてあげようか。」
「え?」
聡平は杉野を見た。
にこりと意地悪そうに笑って、杉野は聡平の手の甲に唇を寄せた。

あ、柔らか……


「って!!!ちょっと!?!!」
ガタン!
聡平が椅子から飛び降りて距離を取った。
顔を上げた杉野はニヤリと微笑む。
「元気出たでしょ。」
「そーゆー問題!?」
「良平もこれで元気出るの。」
「俺は聡平ですけど!」
っつーか良平の奴、安いなぁっ!!
単純っていうか…っ

「次の試合も頑張れよ。くじけそうになったら今のを思い出して…」
「今すぐにでも忘れ去りますけど。試合は頑張ります。」
「そんな力いっぱい拒否しなくても。」
「良平とおんなじことやるからですよ。ったく!」

聡平は外を見た。
行き交う人々は相変わらず忙しそうだ。
だがさっきとは少し違った景色に見えた。
話してちょっと…スッキリしたかも。
最後のは抜きにして、聞いてもらえてよかった。この人と、ここで会えてよかったのかもしれない。
偶然に感謝しよう。

「先輩。」
ありがとうございます。
そう言うがために聡平は口を開けた。
…が。

「ん?なぁに。もう一回してほしい?」
杉野の一言に急遽セリフを変更した。
「ちっ…違いますよ。そんなことばっかり言ってると良平に言いつけますよ!」
「へ?」
「良平〜っ、先輩が浮気したよ〜っ」
「お、おいっ!ちが…」
「あ、良平だ。」
「バカ!だから違うだろっ?!……」

コンコン。

二人の座るカウンターの窓の向こうに突っ立つ人物に、杉野は視線を移した。
いつからそこに立っていたのだろう。

「あ、良平…。」

窓越しに、良平は青い顔でニッコリと微笑んだ。
空気が凍る。

杉野が焦りを隠し場を繕おうと片手を上げてヨッと挨拶してみた。
良平は笑顔のまま親指を立て、goodサイン。

そのまま…親指を地面へと180度回転させた。

「死ね、ですって。」
「そんなん解説されなくてもわかるっ!!」
杉野は食べかけのスコーンもカフェラテもそのままに、鞄と椅子を蹴散らして、一目散に店を出た。
聡平は良平と目を合わせた。
彼は肩を竦めて小さく首を傾げて見せた。
この様子だと二人の何かを見た様子ではなさそうだ。
しかしもうすぐ慌てた杉野が駆けつけて、自分から墓穴を掘るに違いない。
今のうちに逃げておこうかな。
聡平はこれから起こるだろう惨事を憂い、さっきとは違った意味の溜め息をついた。


***


◇後書き

リクエストありがとうございました。

キスはキスでも手の甲に王子様キッスということで…///
この話の数秒後の杉野先輩の身が心配です。余計なことまで口走らないことを祈ってます…。いかがでしたでしょうか?

これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
三年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m


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