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◇聡平くんが痴漢にあう。犯人は杉野さん?
その日は朝から運が悪かった。
起きたら、何故か良平が同じベッドで寝てた。
蹴飛ばして布団から追い出したら、その拍子に俺の眼鏡が潰された。
ひぃっ!と悲鳴を上げたが良平は起きることなくいびきをかく。
…こいつの神経どうかしてるぞ。
良平を転がして救い出した眼鏡は、右と左が変な方向にひん向いてた。
ご臨終してる…。
心で泣きながら見えにくい目でコンタクトを探すが、見つからない。
やっと見つかったと思ったらケースの中身は空っぽ。そういえば…この前の練習で使い切ったんだった。
くそっ。
着替えて下に降りると、さっそく兄貴に良平と間違えられた。
しかしすぐに気付いて、謝られた。
別にいいけど…眼鏡がないだけでコレ?
外に出た時は晴れていたのに、駅に辿り着く前に雨が降ってきた。
もちろん傘は持ってなかった。
濡れながら全力で走った。薬局寄ってコンタクト買おうと思ってたのに出来なくなった。
くそぉ…。
こうなったら乗り継ぎの駅で傘を買って、授業に遅刻するけど少し離れた薬局に歩こう。そう考えた俺は改札を通った。
向かって左側の階段を下って、人の少ないホームに立つ。
肩にかけてたバッグの持ち手部分を引いて、中から読みかけのテキストと携帯電話を取り出した。
一緒に授業を受ける友人にメールを書く。
すると…途中で電源が切れた。
うっそ。
そういえば昨日、充電するのを忘れた。
ツイてない…というか、何やってんだ俺。
結局、授業を優先してコンタクトは諦めた。
出席を取るのが大好きな教授は、代弁を頼んでおかなければ容赦なく欠席扱いにするだろう。なんとなくそれは俺のプライドが許さない。
妙な意地を張って教室へ行き、黒板が見える前の方へ座った。
同じ科でサークルも同じ友人の渡辺が、近付いてきてガムを差し出した。
俺の顔を見て素っ頓狂な声を上げる。
「あっれぇ?メガネやめたの?」
「いや、壊れた。」
「壊されたの?彼女に?」
「違うよ。」
「ぃやぁらしぃ、佐久間。何やったらメガネが壊れるんだ?」
「違うって!兄弟が潰しちゃったの!」
渡辺は白い歯を見せて笑った。基本的に焦げた肌だから白さが目立つ。
「前見えるの?コンタクトは?」
「ない。ちょっと見えないかも…。」
「頼むよぉ。ちゃんとノート取って。」
「なんだよ。」
「俺のため。かたやみんなのため。」
「何だそれ。」
思わず吹き出した。
試験前になると俺のノートは宙に浮くように次から次へと人の手に回りコピー機に挟まれるわけだが、きっかけはいつもこの男らしい。
お陰で記憶にない友人からいろいろ貢がれるので試験前は食事に困らない。むしろ食い過ぎるくらいだ。
「ガム食えよ。」
「うん、ありが…」
バチン!!
指が挟まれた。
…。
「ぶぁはははは!!」
渡辺の馬鹿みたいな笑い声に、久しぶりに殺意を覚えた。
ほんとに、ツイてない。
というか何やってんだ俺……。
3コマの授業を終えて、今日は部活もバイトもない珍しい日だったから一人で帰った。
渡辺とその取り巻きにカラオケに誘われたけど、とてもそんなテンションではなく断った。良平ならば無理してでも行くんだろうけど…なんて考える。我ながら虚しい。
どうせならメガネを修理に出そうと思い、家の駅に戻るため電車に乗った。
そこで更なる悲劇が起こった。
特に混んではいない車内。立ってるのは窓を向いてる俺だけ。
遠くが見えにくいから目を凝らして眺めていた。
駅に止まって、反対側の扉から人が数人乗ってきた。
体を反転させて人の流れを見てみるが、彼らの顔や服装はぼやけていて大体の輪郭と色くらいしか判別できない。
思ったよりも視力が落ちてるのかもしれない。
その中の男が俺に目を留めて近寄ってきた。
よく見えないし、知り合いではないような気がしたから窓の方に向き直った。
関わりたくもないし…。
鞄を開け、参考書を取りだそうとして、背中の衝撃にそれを落としてしまった。
ドンッと後ろから抱き締められて、勢いで扉の窓に手を突いた。
な、なんだ?
「どーして無視するのぉぉお!!」
「へ?」
目だけで振り向いたが男が俺の肩に顔を埋めているためすぐには誰だかわからなかった。
黒のスーツを着ている。
「平日は俺に会いたくないってこと?」
よくわからないことを口走りながらしがみついた右手が、俺の胸元を探る。
おいっ…
「ちょっと…!」
ついでに左手が背中を伝って尻へ行く。
「待っ……!」
「たった数日で俺のこと忘れちゃったの、良ぉ平ぇちゃん!」
あっ、やっぱり…
見知った声と言動の心当たりから、俺の不安感が一気に喪失した。
冷静になり、不快な右手の肌を思い切りつねる。男が動きを止め、痛みに飛び跳ねた。
「ぁイタァ!?」
「杉野先輩。人違いですよ…」
我ながら冷ややかな声で言って向き直ると、つままれた腕をさすって涙目になってる杉野拓巳がいた。
彼は俺の顔を見て目を丸くした。
「あれ…?うそ。本当だ。」
「先輩もまだまだですね。」
俺はため息とともに足元に落ちた参考書を拾い上げた。汚れを叩いて持ち直す。
杉野先輩はしばらく呆然としていたが、ふと我に返ったように姿勢を正して吊革に捕まった。
「まだまだだなぁ俺も。はぁぁあ〜。」
そして脱力。
ダメ社会人がここに一人。
「最近忙しいんですか?良平が寂しがってるんですけど。」
「うん…なんだかてんやわんやで。夕飯を食べてから帰ったりしてる。」
「大変ですね。」
「お陰で欲求不満…。」
「…大変ですね。」
「他人事みたいに言うなよ…って他人事かぁ。」
「ええ。」
俺は頷きながら笑いを堪えた。
「ん…?さっき、良平が寂しがってるって言った?」
「うん。」
先輩は目を輝かせた。
その無邪気な喜びようは素直すぎて、見ているこっちが何故か照れる。
俺はつい多めに言葉を探した。
「いつも電話待って携帯の前で待機してますよ。それに人肌恋しいみたいで、寝るとき人の布団に勝手に侵入してきたりします。」
「えっ。」
「お陰で眼鏡壊されました。」
「えっ?!いつ。」
「今日です。ベッドの上で良平にグシャッと、潰されました。」
「…何して…?」
先輩が怪訝そうに俺を見てきた。背の高い先輩は猫背気味に俺の高さまで視線を落としている。
俺は渡辺の勘違いを思い出して笑った。この人の場合、同性同士でも想像できちゃうんだった。知ってたようで忘れてた。
「あははっ。」
「……何、笑ってんの…。」
「いやぁ〜先輩、馬鹿だな〜、と思って。」
「おい!なんだそれっ。」
「…あはっ。」
堪えても笑える。
先輩は余程余裕がないのだと見受けられた。
一日中ツイてないと思ってたからか、こんな小さなことでお腹を抱えて笑えたりするんだな、と改めて思う。
しかも自分の幸せとは関係のないことなのに。
どちらかと言えば良平の幸せだ。こんなに想ってもらってる。
「先輩の大好きな良平もかなり欲求不満みたいですから、早めに対策を取ったほうがいいと思いますよ。間違いが起こる前に。」
「ま、間違い?!」
先輩は両手を両頬に当ててムンクの叫びポーズを取って白目を向いた。
変な顔に思わず爆笑。
笑い事ではない、と憤慨する先輩をよそに、俺はしばらく笑い続けた。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
聡平くんが痴漢に遭うだけならまだしも、犯人が杉野さんかもしれないということで…かなり迷いました(^^;)そして出来上がりが…結局、痴漢というよりセクハラって感じですネ。眼鏡をかけず、無意識に目を細めた聡平くんは、その目付きの悪さからかなりの確率で良平くんと間違えられると思います。気をつけて!(苦笑)
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
三年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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