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◇子供になっちゃった聡平くん、恭平くんや家族がとても可愛がる
“あなたの願いを一時間だけ叶えます”
とだけ書かれたハガキが、朝の新聞や広告に混ざって入っていた。
佐久間家において、朝食の準備や洗濯など大方のことは恭平の役割だが、ゴミ捨てや郵便受けなど小さなことは一番に起きた人物の仕事だった。つまり、ほぼ聡平がやっていることになる。
その日もいつものように聡平は郵便物を取り、玄関に戻ってきた。
「兄貴、変なハガキ来てる。」
フライパンに卵を割り落としていた恭平は弟を見た。
「何?変なって。」
「宛名がかかれてない。イタズラかなぁ。」
「裏には何書いてある?」
「あなたの願いを一時間だけ叶えます。」
「え?」
聡平は、頭に疑問符を浮かべている兄にハガキを見せた。見てもなお、恭平は首を傾げる。
その字はパソコンで打たれた活字のように整っているのに、手書きだった。
フライパンが香ばしい音を立てる。恭平は少し火を弱めた。
「何これ?心当たりは?」
「ないよ。」
「だよなぁ。」
「捨てる。」
「いいよ。せっかくだから願い事でもしておけば。」
「はぁ?何をよ。」
「おまじない、効くかもよ。」
「んなわけないよ。小学生に戻りたいって言ったってできないだろ。」
「戻りたいのか。」
「例えばだよ。」
聡平は苦笑いを見せて台所から離れた。ハガキをゴミ箱に投げ捨てる。
……その瞬間にポンッと何かが弾ける音がした。
「ぅわぁあ?!」
素っ頓狂な声に恭平は再び顔を上げたが、声の主の姿が見えない。恭平は慌てて台所を出た。そこで見た光景に、一瞬目を疑う。
中身が溶けてしまったように、聡平が着ていた服が落ちている。
「聡…?」
恐る恐る近付くと、服がもぞもぞ動き出した。
中から小学三年生くらいかと思われる少年がぽっこり頭を出した。
目が、合う。
「はぁーびっくりした。すっ転んじゃった。」
「…そっ……」
恭平は驚いて声も出ない。
縮んでいる。
21歳の面影は少しも感じられなかった。
過去の写真の中から抜け出てきたような、子供の聡平がいる。
恭平は腰を抜かして座り込んだ。
「え…兄貴?」
聡平は恭平に近付こうと床に手を突いて、違和感に気付いた。
手が、小さい。そして気のせいかぷにぷにしている。
「なっ」
「聡平!動いたらだめ!」
「……え?!」
「服が脱げるから!!動くな!」
恭平の意外なほど怖い顔に聡平は大人しく座り込んだ。
確かに……なんか全部脱げてる気がする。
聡平は急に小さくなって、今まで着ていた上着の中にすっぽりと収まった。
そこへ良平が寝ぼけ眼で階段を降りてくる。
「んはよぉ〜……」
「…おはよう。」
条件反射で恭平が答える。だが気持ちは上の空で小学生になってしまった聡平を凝視したままだ。
良平は半目の状態で聡平の横を通り過ぎ、座り込んだ恭平すら素通りして洗面所へと向かった。
蛇口をひねり、顔を洗い、タオルで拭いて、鏡チェック。右から、左から、寝癖の場所をチェックして振り向いたところでようやく気付いた。
目を見開いて口を開ける。
「……だっ、誰?なんか見たことあるような…」
「そりゃな。」
ずばっと聡平。
小さくなっても対応は早い。
「あっ、聡平?なんだぁ小さいからわかんなかった。」
「好きで小さくなったんじゃないよ。」
「だよなぁ。なろうと思ってなれるわけじゃないしな。」
「…そうだな。」
「はぁー。兄貴、メシ。」
「え。無理。」
「腹減った。」
「だって聡平が……」
「そこにいるじゃん。小さいけど。」
良平は聡平を指差して。
少し考えて目を移した。
また少し考えて。
忘れている何かを探した。
「小さい……って、ェエェェエ?!」
絶叫してタオルを後ろに放り投げた。
明美も起こし、孝平も起きてきて、聡平と問題のハガキを囲んで座り込んだ。
孝平は興味深そうにハガキを眺め、次いで聡平も観察した。
小学生低学年と言ったところか。身長がバキバキ伸びる前の段階だ。
「聡平くん、どこか痛いところは?」
首を横に振る。
「痒いところは?」
「ない。強いて言えばさっきこけたときに打った尻が痛い。」
「そこは看てあげるわけにはいかないな。」
孝平が冗談とも本気とも取れる語調で言った。恭平が呆れた視線を向ける。
「これには一時間と書いてある。あとどれくらいだ?」
「40分くらいかな…」
恭平は時計を見上げて言った。
「出かける頃には元に戻ってるはずだろう。」
「そんな…。」
「心配して待つよりも、今この時にできることをやっておいたらいいんじゃないのかい。」
「え?」
子供たちは孝平に注目した。父は笑って肩をすくめる。
「聡平の願いなんだろう。この時間に戻って、何かしたいことがあったはずだ。」
注目は聡平に移った。
孝平が立ち上がる。
「もし私が相手なら付き合おう。声をかけてくれ。」
「父さん?どこ行くの。」
「起きたらお腹が減った。自分で食べるよ。」
同時に立ち上がろうとした恭平を制して、孝平は部屋を出ていった。
良平が空腹感を思い出して腹をさする。
「なんだよ、したいことって。」
「わからないよ。例えばで言っただけで…。」
「でも例に出すってことは何かあるんじゃないの?」
明美がここへ来て初めて発言した。孝平がいなくなったからだ。
しかし聡平は首を振る。
良平はため息をついてハガキを指差した。
「これに戻してくれって頼めばいいんじゃねぇの?」
「だめ!一時間しか戻らなかったらどうするの?元の聡ちゃんがどの姿だかわからなくなるわよ。」
「俺だろ、元の姿は。」
「何言ってんの?良ちゃんと聡ちゃんは全然違うわ!」
いや、“全然違う”ことはない。大方同じ。
当の本人たちですら心の中で思ったが、あえて黙っていた。普段から違いを主張しているだけに否定しようにもできなかったのだ。
恭平が膝を叩いた。
「うん、とりあえずご飯食べる?みんなお腹減ったろ。」
「さっき無理っつったじゃん!」
良平が反論した。恭平は笑って頭を掻き、まあまあと手を振った。
「聡平も食べるだろ。目玉焼きだけど。」
「うん。」
大人しく頷いた。
『いただきまーす。』
声を揃えて全員で食べ始めた。
手が小さくなったせいか、聡平は箸を持ちにくく感じた。悪戦苦闘していると、恭平がどこからともなく短めの小さい箸を出してきた。
「はい、これ。」
それは一昔前まで使っていた、車の絵の描いた子供用の箸だった。緑色が聡平で、青色が良平の箸だった。
「なつかしい……。」
良平がどこか羨ましそうに聡平を見る。それは聡平の手にすっぽりと収まり、確かに持ちやすく感じられた。
「良平のもあるよ。いる?」
「いらね。でも俺もハガキに頼んで小さくしてもらおうかなぁ〜。」
「やめなさいよ…」
「そうだよ、戻るかどうかもわからないのに。」
聡平も明美に加勢して良平を止めた。彼は少し頬を膨らませて目を伏せた。
「だって…なんか落ちつかねぇ。俺と聡平が違う大きさなんて。」
不満そうな弟に恭平は、そうだね、と小さく相槌を打った。
食べ終わると、良平と明美は服を着替えに二階に上がった。
孝平は部屋に入って静かになる。恭平は食器を洗っていたのでその様子をじーっと見ていた。
足がスースーして寒いが、今ぴったりの服を着てしまったら元に戻った時にビリビリに破いてしまいかねない。
下から見上げる恭平はこんなにも大きかったかな、と考える。
実際にこの年だった時、兄は中学生だった。
母の愛は病院通いが常だったので、朝も夜も食器を洗っていたのは恭平だった。
台所にいるのを覚えているのは、おぼろげな母の姿と、しっかりとした兄の姿だ。
聡平は手を伸ばした。
いつもより小さな手で、恭平のジーンズを掴む。
「ん?」
恭平が振り向いた。
見下ろしてくる。この角度で彼を見上げていたのはいくつまでだっただろう。
「どうした?」
「…なんでもない。」
首を振ったが、ジーンズを握った手は緩まなかった。
恭平は再び食器に目を戻し、言った。
「テレビでも見てれば。いつ元に戻るかわかんないからな。」
「…うん。」
頷いたけど、足が動かない。握った手も開かなかった。
やがて、蛇口をひねる音がして、恭平が手についた水を振って切っていた。冷蔵庫にかけたタオルで手を拭いて、聡平の手を取って歩き出す。
大きな手だな、と思った。水に濡れていたせいか少し湿っていて冷たかった。
恭平はソファまで来て、テレビをつけた。
「ここに座って。」
「え?」
「戻るまで、俺がそばにいてあげる。」
いいよ、別に。
言おうとした言葉は喉を通って出てこなかった。
素直に恭平の隣に座る。恭平は一旦立ち上がり、小さくなる前に絵着ていた聡平の服と、毛布を持って戻ってきた。
服を近くにおいて、聡平の小さな体に毛布をかけた。ついでに頭を撫でる。
「甘えんぼさんだな、聡平。」
「…そんなことないよ。」
「思えば明美と良平にはいろいろ苦労したけど、聡は甘えてこなかったよね。だから今になって変身しちゃったのかな。」
「…そんなつもりじゃないって。」
首を振ったけど。
見透かしたように微笑んだ恭平には適わなかった。
「これからは甘えていいんだよ。遠慮しないで。」
今更無理だよ、そんなの。
聡平は返事をする代わりに、恭平の肩に頭を傾けた。
きっと、あのメッセージが叶えてくれたのはコレだ。
どうせなら母を生き返らせてくれって、頼めばよかった。
いくらなんでも無理だろうけど。
それからしばらくして、無事に聡平は元に戻った。
後で兄弟4人であのハガキの行方を探したが、煙か空気に溶けてしまったかのように、家中のどこにも見当たらなかった。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
小さくなってしまった聡平くんの願い事は、本当はお母さんに甘えたいってことだったのかもしれませんネ。甘えんぼの妹と問題児の双子を持つといろいろ我慢しなくちゃいけなかったんでしょうか(´ω`) 謎のハガキは謎のまま……笑
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
三年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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