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◇喫茶店で、孝平さんに良平くんとの関係を聞かれて慌てる杉野さん
ある日曜日、天気は晴れ。
午前中、杉野拓巳は佐久間建設の本社に行ってみた。
普段の休日は一緒に過ごしている佐久間良平は、バンドの練習だとかで、夕方からしか時間がないらしい。
要するに、杉野はこの時、特に用事もなく暇だったのだ。
杉野は私服で、1階のカフェテリアに入った。
営業時間の書いた札が扉に貼ってあるが、明かりはついてるし、問題ないだろう、と判断した。
そもそもそれが間違いだったのかもしれない。
休日午前中は営業時間外だということに気付かなかった。
取っ手を引くとカランカランと鐘が鳴った。
足を踏み入れると、意外と小さなカフェだとわかった。
奥にテーブル席が4人もしくは2人掛けで10セットほどあり、手前にはカウンターが8席ほど。
その1つに男が座っていた。
目が、合う。
「おや。」
男は柔らかく口元を微笑ませた。
店の人だろうか?
それにしてはコーヒーを飲んでくつろいでいるように見えるが…。
「今、オーナーは席を外していてね。バイトくんが来るのは午後からだよ。」
「えっ?」
慌てて振り返る。営業時間外であることを知る。
「うわー、すみません。」
「まぁいいじゃないか。これも何かの縁だよ。私でよければ何か作ろう。」
「お店の人ですか?」
「そうと言えばそうだし、違うと言えば違うかな。コーヒーでいいかい。」
男は立ち上がり、勝手にカウンターの中に入った。
何者だろう?
変に怪しくは見えないが、あまりにも手慣れている。
「あ…いいですよ、出直します。」
「君が出直す時には私はここにいないだろう。私はオーナーが帰ってくるまで待たなければならないが、ただ待つのは退屈なんだ。良ければ数分、話相手になってくれないかな?」
促されるままに、杉野は軽く会釈をして男のいた隣の席に腰掛けた。
彼はご満悦のようだ。よほど話す相手が欲しかったらしい。
「コーヒー?紅茶がいい?種類は揃ってるよ。」
「…いや、じゃあ…コーヒーでお願いします。」
「5分前くらいに淹れたものだよ。」
彼はどこか得意そうに言ってコーヒーメーカーから客用カップにコーヒーを注いだ。
手元から湯気が立ち上る。同時にコーヒー豆の香りが立ち込めた。
「今日は一人?」
「はい。…夕方から約束があるんですが。」
「そうなんだ。」
杉野は目の前に出されたカップをのぞき込んだ。
香りが、いい。
「誰と?」
男が戻ってきて、杉野の隣に腰掛けた。
砂糖とミルクを差し出してくれたが、丁寧にお断りする。
「友達ですよ。」
「へぇ、どんな人?」
「……元気で、明るい人、です。自分勝手なんだけど、一度言ったことは曲げない男らしい奴でして。」
「なるほど。それは頼もしいね。」
「そうなんです。」
良平がほめられると杉野も嬉しくなる。
杉野は一瞬顔をほころばせて、コーヒーカップに口をつけた。
「…ご家族がいらっしゃるんですか。」
「え?」
「いや、指輪をしてらっしゃるから。」
杉野は男の左手の薬指に視線を投げた。
彼はそんなに若くは見えないが、そんなに年をとっているようにも見えなかった。表情に張りがある。
「うん。君は結婚、してないのかい。」
「はい。」
「しないの?年頃だろう。」
「いや…今はまだ。好きな人は、いますけど。」
「へぇ…」
男はここで間をおいた。
杉野が顔を上げてみると、彼は見透かすような瞳でこちらを見ていた。
口元を上品に緩ませて、何かを隠すように含んで笑う。
「もしかして、これから会う、“友達”?」
「…。」
ドキッとした。
知られているわけはないのに。
今までの対応で、何か下手をしただろうか。
「図星だね。顔に書いてある。」
再び心臓が、ギクッと高鳴った。
まさか…相手が男だって、そこまでバレちゃいないよな…?
“男らしい奴”とは、言ったかもしれないが……
杉野は黙って言葉を探す。
男はひじをついた手の上にあごを乗せて、杉野の顔を覗き込んだ。
「どうも言いづらいみたいだね。禁断の恋、かな。」
「ひっ。」
身が震えた。
エスパーか、この人?!
「…ひっ?」
「あっ、いや、なんでもないです…。やだなぁ…お見通しですね。初めて会ったのに。」
「…そうだね。初めて話すよ、私たちは。」
男は時計を見た。
「…愛してるのかい。」
杉野も時計を見た。それからコーヒーに視線を落とす。
「はい、すごく。俺の気持ちだけじゃ、どうにもならないくらい。心の底から愛しています。」
杉野は不意に口をつぐんだ。
彼はどう思っているのだろう。振り向けない。
今日一日しかない出会いだとしても、こんなことを言う若者を軽蔑するだろうか。
…しかし、彼は、うん、と小さく頷いただけだった。
それは良い、と付け足すようにつぶやいた。
再び男は時計を見る。
「遅いな、高見は。あ、オーナーのことだけどね。」
「はぁ…。お急ぎなんですか?というか、今日は休日なのに…」
「少し、目を通しておきたいものがあってね。さすがに早めに帰るけど。」
「…ここのビルの人ですか?佐久間、建設の…」
「うん。閉店してる日曜の午前中しか、ここでゆっくりコーヒーを飲めないからね。要はちょっとした息抜きをしてるわけ。」
「お忙しいんですね。俺も見習わないと。」
「ふふ。」
ガチャン
奥で音がした。扉が閉まる音。
中からオーナーと思われる、チョビヒゲを生やしたずんぐりとした人物が、その身をゆすって現れた。
杉野に目をやって、男を見る。
「あれー。お客様?それともお呼び出し?」
「違うよ。たまたま、入ってきたお客人だ。紹介しよう。」
彼は杉野の背中に手を当てて、オーナーに紹介した。
「杉野拓巳くん。なかなか好青年だよ。」
「へえ?確かに、美人ね。カワイイ。いらっしゃい、拓巳くん!」
オーナー・高見はオカマのようだ。外見からはわからないが。
その前に、と杉野は思う。
自分は、名前を、名乗っていない。
ほんとに、この人は超能力者だろうか……
男は高見と何か事務的な話をして、立ち上がった。
「ご馳走様。じゃ、これ、杉野くんの分も。」
そう言って何かのカードを差し出す。ツケ、ということだろうか。
「早く行ったほうがいいわよ。エレベーターの前で、竹本さんが仁王立ちしていたから。」
「竹本が?それは…少し怖いな。急ごう。」
彼は冗談めいた口調で言って、立ち上がった。
「あ…行くんですか?それじゃ俺も…」
「いやいや、君はもう少しゆっくりしていきなさい。いつも良平がお世話になっているから、何を食べてもいいよ。高見の料理の腕はすばらしい。」
「えっ??今、」
「あら、褒めすぎよぉ。でもこの子のためだったら、今までにない味のものが作れそう。」
「あの、今、」
「またね、杉野くん。今度は違う形で会いたい。」
ポンポン、と背中をたたかれた。
それは、むずがゆいような、懐かしいような、暖かいような……
高見から、彼の正体を聞いたのは、それから数分後の出来事だった。
杉野青年は真っ赤になって、しばらく何も口にできなくなっていた、
と後から高見が孝平に話していたそうだ。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
おそらく孝平さんは、ベッドの中で恭平くんから、何度か良平くんの恋人の話を聞いてるんじゃないかな、と思って書きました。ひょんなことから写真を見たりもしちゃってて。この日に二人が出くわしたのは、まったくの偶然ですが…(*^^*)笑
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
三年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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