◇寝惚けて良平くんと杉野くんに甘える聡平くん


【さくらんぼ】



ガタタッ

至近距離で聞こえた盛大な音に、驚いて聡平はすぐさま顔を上げた。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。
音の原因は机が揺れたからだった。つまり自分がビクリと痙攣したのだ。
聡平は慌てて口元を拭って周囲を確かめた。

薄暗い部屋の中には誰もいない。
良かった……

「なぁにさっきから、ガックンガックンなってんだよ。寝れば?」

誰もいないと思っていた室内から声がした。
部屋の向こう側、聡平の双子の兄・良平のベッドから聞こえた気がして、目を凝らす。
そこには張本人の良平がだらしなく座っていて、ケータイを眺めていた。
液晶のほのかな明かりだけが彼の顔を照らしている。
「あれ…良平、杉野先輩は?」
「いるよ。下で兄貴と喋ってる。」
「あ、そう。」
聡平は頷いて口を開けた。
ふ、あぁ〜、とゆっくり欠伸をし、肩を鳴らす。
涙で参考書が滲んだ。

「あー…ねむ…」
「寝りゃいーじゃん。何をそんなに頑張ってんのよ。」
「レポート。今週と来週で締め切りが4つも…」
「へぇ?追い詰められてるな、珍しい。」
「バイトの人員が足らなくって。最近、残業ばっかりやらされるから。」
「イタリアンのファミレスだろ。」
「うん。」

パスタとピザを扱う全国チェーン店だ。
「そんなにこき使われるほど繁盛してる店にも思わなかったけどなぁ。」
「っるさい。」
聡平は自分がけなされたような気分になったので目くじらを立てた。
どうやら情がわいてきているらしい。

「…まあ、というわけでできるうちにやっとかないと、キツイわけです。」
「なるほどね。」
「っつ〜か良平、余裕過ぎじゃない?レポートとかテストとかないの。そういう時期だろ?」
「うん、頑張ってるよぉ。」
「…頑張ってるように見えないんだけど…」
「だってまだ3日もあるもん。」
「…………何が?」
嫌な予感。
「テスト週間が始まるまで。」

的中。

「おまっ…始まってからじゃ遅いだろ…!」
聡平の持っていたシャーペンの芯がボキッと折れた。


どう説教してやろうかと考えていた矢先、部屋のドアが開いた。
上機嫌の杉野が立っている。
「恭平さんがさくらんぼくれた〜♪良、食べる?」
「おうッ!」
「聡平は?」
「…あとで。」
うるさいのが入ってきた、と聡平は顔をしかめる。杉野は気にしない様子で、手に持っていた皿を良平に渡した。

「兄貴と何話してたんだ?」
「俺の同期にさ、恭平さんと同い年の人がいて、大学と学部が一緒だったもんだから、それについて、ちょっと。」
それもどうやら知り合いだったらしい。
この部屋へ帰ってくるのが遅くなるほど、予想外に話が盛り上がってしまったのだ。
おまけにいただいたさくらんぼは、今目の前で、良平が次々とたいらげていく。はっと気付いた時には、半分ほどが彼の胃に消えていた。
「あーっ、おい、そんなにたくさん一人で食べんなよ。」
杉野は大慌てで良平の手から皿を奪い取った。ぺろりと舌を出して唇を舐めた良平に反省の色は微塵もない。
「うまいっ。飲み物が欲しいなぁ。聡平、取ってきて。」
「ふざけ。自分で行きなさい。」
聡平はあっさり一蹴し、参考書に目を落とす。
顔を下に向けると、重力に逆らえず瞼がトロンと落ちてきてしまう。気持ちを奮い立たせるように首を振り、ペンを持ち直す。
そのうち、どこをどう足掻いても頭がふわふわし、視界が度々歪み始めた。

いつの間に遠ざかったのか、だいぶ離れた位置から杉野が声をかけてきた。
――聡平の分、食べていい?
「…だめ…」
――なくなっちゃうよ?何個欲しい?
「…良平が食べた分だけ、残しといて…」

それにしても、先輩はどうしてそんなに遠くにいるの?
良平は?

疑問を口にしたのかしていないのかわからないが、聡平は広い範囲に目を凝らした。
声の主である杉野と、一緒にいるであろう良平の姿を探す。
部屋の中にいるはずなのに、妙に明るくて、白くて、何もない。

…何もない?

どういうことだろう。
本当に何もない。
広い広い砂漠の中に一人、取り残されたかのようだ。
さっきまで見えていた部屋の壁や、ベッドや、キャラクターの描かれたポスターなどは跡形もない。

不安になって手を伸ばすと、背中を誰かに掴まれた。
振り向くと、良平が立っている。
「良!どうなっちゃってんの?これ。」
「何が?」
「砂漠みたいじゃん!暑いし…ていうか、お前、さくらんぼどうしたよ?!」
「ああ、アレ。全部食ったよ。」
「ええ?!なんでだよ、先輩に残しといてって言っといたのに。」
「だって…聡平が、」

寝ちゃうからだよ。


「はっ!!……」

聡平は自分でもわかるくらい大きく息を吸い込んで、頭を上げた。
直前まで見えていたのはノートの端っこ。
ペンの先からみみずの大群が発生している。

眠っていたらしい。

…のは理解したが、いつから眠っていたのかがハッキリしない。
ドキドキと動悸する胸を押さえて見渡すと、そこはいつもの部屋の風景があった。ただし、さっきまでベッドにいたはずの良平の姿がない。
ガックンガックンなってるから寝れば、と言った良平は、夢の中だったのだろうか。
今となっては判別できないな……

どこか冷静に考えていたとき、ドアが開かれた。
「恭平さんがさくらんぼくれた〜♪」
現れたのは杉野拓巳だった。さっきと同じシチュエーションだ。
「聡、食べる?」
この台詞も、夢の中と同じ。違うのは、話しかけた相手が良平か、自分かの違いだけだ、と聡平は理解する。
「…いただきます。」
「やっぱりねえ。さっきお前、寝言でさくらんぼがどーのこーの、言ってたから。」
シシシ、と笑う杉野の横から、良平が顔を出した。
「てめ、でかくて邪魔。早く進め。」
とかなんとか、相変わらず杉野に毒を吐いている。

良平の手にはオレンジジュースが3つ、汗をかいたコッブの中に入っていた。
「聡平があまりにもかわいく頼むもんだから、兄貴に買ってきてもらったんだぜ。」
「はぁ?俺が?いつ。」
嘘を吐くな、と不機嫌な顔をして聡平が良平を見る。
それに目を丸くして、良平は杉野とアイコンタクトを交わす。
二人は聡平を見て、同時に言った。
『さっき。』
焦ったのは、聡平だ。
眠っていた間の記憶は、まったくない。それどころか夢と現実の境目がどこであったのか、未だに判断がつかないのだ。

その様子を楽しむように、良平が面白そうに笑う。
「さくらんぼ…俺にも残しといて…、って、言ってたよ。」
「暑くてのどがかわいたから、飲み物が飲みたい、みたいなことも言ってたよな。」
「言ってた言ってた。」
ケタケタと杉野も笑う。
良平の手の中でオレンジジュースに溶けた氷が、カランと涼しげな音を立てた。

…それ、全部無意識に口にしたのか……

聡平は愕然とし、顔の筋肉を引きつらせたまま物が言えない。
その間に良平は折りたたみ式の小さな机を取り出し、その上にオレンジジュースとさくらんぼを乗せた。
「聡、レポートはひとまず休憩して、コレ食おうぜ。」
「そうそう。そんな眠い中やってても埒があかないよー。」
良平が手招きをする。
杉野はさくらんぼを手にして、見せびらかすように小さく振った。

ふう。

聡平はため息をつき、自分の失態を反省しながらも、大人しく二人の元へと立ち上がった。


***


◇後書き

リクエストありがとうございました。

聡平くん視点なので、寝ぼけた聡平くんの無意識な台詞はあえて書きませんでした。ご想像にお任せします(^^ゞ ただ一つ確かなのは、現実でも夢の中でも登場人物が変わらないということですね。杉野くんと良平くん、そして恭平くんは家の中にいるようです★

これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m


+戻る