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◇思わぬところで恭平くんにドキッ(ラヴ)とする竹本さん
「今朝ね、恭平さんに会ったのよ。」
「えっ?社長の息子さんですか?」
「そうそう。あの人って可愛らしい人ね。」
「なになにッ。どうしちゃったんですか律子さん〜。」
秘書室で、若くて比較的年の若い二人の女性社員、律子と綾香が、ヒソヒソと話している。
ヒソヒソとはしていても、静かな部屋ではどうしてこうも女性の声は通るのだろう。
話の内容は部屋の奥のドアにほど近い竹本伸彦の席まで聞こえてきた。
パソコン画面を見つめながら、なんでもない風を装って耳を澄ませる。
律子は綾香の先輩にあたる社員で、自他共に認める男勝りで強気な性格をしている。見た目もショートヘアで目がキレ、洒落っ気も少ない。
反対に綾香はピンクと白の服が何よりも好き、お気に入りは猫のキャラクター、とまだ学生気分の抜けない新人だ。
妙に気の合う二人はかなりの頻度で一緒にいる。
秘書課にはあと二人、古株の女性社員と竹本より2つほど若い男性社員がいるのだが、二人とも席を外していた。
「恭平さんって、今はアルバイトとしてウチにいるんですよね、確か。話したんですか?」
「うん。今日午後の会議で使う配布物をね、1階から会議室のある5階まで運ぼうと思ってたの、朝。そしたら思いの外荷物が重くてさ、」
「そりゃそうですよ〜!私、昨日3回に分けて運びましたもん。」
「そっか。1回で行こうとしたのがマズかったのか。」
「あはは。さすが律子さん。」
「とにかくね、その荷物を両手に抱えてさ、エレベーターの前まで行ったんだけど、ボタンが押せなくて。」
「ですよね。」
「階段を使うことにしたのさ。」
「パワフルですねー!っていうか無茶ですよ、それは。」
「階段を3段上ったあたりで、こりゃだめだって気付いてさ、手も痺れてくるし、やっぱ一端戻って2回に分けようと思ったの。」
「はい、はい。」
「そしたらね、『半分持ちましょうか』ってね?荷物の向こうから声がしたの!」
「きゃ〜!恭平さんの登場ですか?」
「そう!荷物の向こうからヒョッコリ…こうやって……ヒョッコリ、顔を出して来たの!」
「きゃ〜!可愛い〜!」
律子は実演を交えているらしい。
竹本は不意に顔を上げてしまった。
そして歓声を上げた綾香と目が合ってしまった。
「…はっ、スミマセン!」
綾香は恐縮して身を縮めた。それを見た律子も小さく肩を竦める。
咎めるつもりでそちらを見た訳じゃないのに、と竹本は内心嘆息し、しかしこれで妙に胸騒ぎを起こす恭平についての話題を聞かなくて済むと思うと幾らかほっとした。
再びパソコン画面に視線を戻す。
数分の静寂の後、女性二人は再び喋り出した。
恭平は半分と言ったのにそれより少し多めに持ってくれただとか、エレベーターの扉を背中で押さえてくれていたとか、会議室の扉を開けてくれただとか。
普通の良心を持った男だったら誰でもやりそうなことで、特別なことは何もない。
律子が余程そういう扱いを受けたことがないのか、はたまた恭平という人物の容姿と人柄が憧れを倍増させているのか、もしくは求心力のある社長との血の繋がりが助長しているのか。
竹本には判断つかないが、とてもやりきれなく、息苦しくなった。
彼は静かに席を立った。
彼女たちの話が一段落するまでの時間、少し休憩をしよう。
コーヒーカップを持って、給湯室へ赴く。
しかしこの階のコーヒー豆のストックは切れていて、紅茶を飲む気にはなれなかったので、仕方なく階下の給湯室へと階段を降りた。
間が悪いことに、時間をかけてたどり着いた10階の給湯室には先客がいた。
事務の女性で、お盆に5つほど湯呑みを乗せ、急須から緑茶を注いでいる。
竹本を見ると小さく会釈をしたが、別段急ぐ風でもない。
「何かご用ですか。」
「…コーヒーを。」
「お任せください。」
彼女はついでだと言わんばかりに竹本のコーヒーカップを奪い取り、棚から豆を引き出した。
手持ち無沙汰の竹本はしばし呆然と立ちすくみ、彼女の動作を観察していた。
そこへ背後から人の気配がし、反射的に目を移す。
肩の上からヒョッコリと、首を傾げるようにして現れた顔は、今一番見たくないものだった。律子が言っていた『ヒョッコリ』の動作が脳裏を掠める。
心が揺れた。
「竹本さん。こんにちは。」
恭平はかすかに笑った。
竹本は口を結んだ。
短い沈黙を破ったのは、お茶汲みの女性だった。
「恭平くん、これお願い。」
彼女は場の空気を壊す天才だ。竹本は恭平から目を離して彼女を見た。
恭平もまた彼女を見て、片手でお盆を引き寄せた。
「はいはい。」
「あといくつ?」
「あと4つ。湯呑み足りる?」
「そうね…1つ足りないわ。」
「下から取ってくるよ。」
「いい、私行ってくる。それお願いね。」
「ああ、わかった。」
恭平と竹本は彼女を見送り、それから再び目を合わせた。
相変わらずの気まずい空気だ。
あたりに立ち込めるコーヒー豆の香りですら場違いな気がする。
恭平は竹本のカップに目をやって、思い当たったように言った。
「上のコーヒー機、どうかしましたか?」
「豆がなかったのです。」
「ははぁ。今日中に発注しておきますね。この階の豆は竹本さんの好きな種類のものじゃないですから。」
「…。」
いつ把握したのだろう。
あの豆が他のと違うと、なぜ知っているのだろう。
孝平から聞いたのかもしれないが、そうでないかもしれない。
恭平は小さく頭を下げ、お盆を持ち直してきびすを返した。
右足を軽く引きずるような不規則な足取り。
歩調に合わせて小さく後ろ髪が揺れている。
その後ろ姿に人は、つい走って追いかけたくなる。
人によっては支えるために。
人によっては甘えるために。
竹本は彼の肩越しに恭平が現れた時の、小首を傾げた表情を思い出した。
確かに彼には、可愛らしいところがある。
顔ではなく、服装でもなく、動作に。内面に。
竹本は悩ましげにそっとため息を落とした。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
か…可愛らしく…したつもりだったんですが(苦笑)あくまで恭平くんの容姿について言えば、中性的ではあるけど「可愛い」とまではいかないと思ってるんです。ちゃんと男らしくいてほしい。でも今回は、それとのギャップ(?)のようなものが伝わればいいなあv と思います(^^;)
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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