◇恭平くんがヌードモデルを引き受けて孝平さんに怒られる


【ヌードなモデル】



恭平の友人でとある美術大学の学生、沖田雅人が人生における2つ目の賞を受賞した。
人物画の得意な彼が現時点で持つ画力と色彩力、そしてこればかりは真似しようとも真似できない神懸かり的な観察力を、遺憾なく発揮して仕上げた懇親の作品だった。

彼の画には必ず実在のモデルが存在する。
それは通り掛かりの人だったり、親だったり、友人だったりするわけだが。
1つ目の賞を獲った時のモデルがそうだったためか、恭平は度々呼び出され、時には服を着替え髪型までいじられて、数時間同じ大勢でじっとしていなければならなかった。

今回の受賞作品は特に、このじっとしている時間が長かった。
描いては破り描いては破り、また描いては、また破り捨てる。
俗に言うスランプというやつだったのだろうか。
恭平には沖田の心情はわからないが、圧倒する気迫は目の前で見つめられていればわかる。
時には1時間以上、筆も執らずに360度方向から眺められるものだから、恭平はドギマギしながらそれに耐えた。

おまけに風邪をひきかけた。

3日もそれに耐えたのだから、沖田以上に、恭平も今回の受賞は心から嬉しかった。

連絡のあった日の夜は、沖田の隣人、田嶋勘太郎も合わせてお祭り気分でお祝いをした。
酒が回ってくると沖田は涙を流して喜んだし、勘太郎も恭平の苦労に涙した。
もちろん恭平も嬉しくて、いつもより多くアルコールを口にした。

帰宅したのは深夜1時。
フワフワして気持ちよく、このまま眠っていい夢を見たい。

待っていたのは、だがしかし、そんな気分をぶち壊すに充分なほど不機嫌な顔をした父だった。
ほっと一息付く間もなく部屋に呼ばれ、事態を把握することも出来ずに一冊の薄い冊子を受け取った。
「これは一体どういうことだい。」
孝平の怒りの矛先が自分だとわかり、恭平は血の気が引いた。ほろ酔い気分は小さく小さく見えなくなって、奥深くへ隠れてしまう。
「どういうって…何が?」
恭平は聞き返した。
孝平は説明するのも嫌な様子で、恭平の手の中にある冊子を指差した。

大きさはA4。
半分より上に、額縁に収められた油絵らしき美術画の写真。
そして半分より下の、さらに下の右側に小さく、見覚えのある絵の写真があった。
横の解説にはこうある。

銀賞 “寝起き”
○○美術大学 2年 沖田雅人


「…。」
はっとした。
小さな写真で、細部までは見えないが、孝平には一目でわかったのだろうか。

絵の中の恭平は向かって右側の窓を向き、朝の光を受けて目を細め、少し微笑み、肩は前へ。
沖田が指示した角度で腕を上げ、その手には白いシーツの端を掴んで流している。
光に溶けるような具合に肩や鎖骨、胸や腹が流れ、先ほどの続きにあたるシーツを経て、二本の足に通じる。
右足を抱えるように折り曲げ、左下の手前には触れれば体温が宿りそうなほどリアルに描かれた足の指があった。
解説はことさらに、男性の肌と光が上手く融和していて、汚れがなく潔い、と強く絶賛している。
寝起きと題されるだけの表情も絶妙だ。
金賞にならなかったのは、その光が故に、もう少し影を効果的に使えていれば、惜しかった、とも書かれていた。

しかし孝平にとっては、そんなことはどうでも良い。

「ここに書かれた沖田雅人というのは…」
「えっと…この人は怪我をした俺を助けてくれた人で、」
「覚えているよ。城山教授のところの学生だったろう。」
「…。」
「問題は何故こんな格好をしてるのかという点だ。」
「ごめんなさい…」
「何を謝る?」
孝平はズボンのポケットに両手を差し入れたまま、仁王立ちで恭平を見ている。
恭平はその目が恐ろしくて、顔を上げられなかった。
「ごめんなさい…父さんがそんなに怒るとは思わなくて…」
「…何を怒ればいいんだ。」
「父さんが嫌ならもうやらない。いくら頼まれても断る。だから…沖田さんは悪くないんだ。本当にあの人は絵が好きなだけなんだよ。」

恭平の目の前が陰った。
と思ったのも束の間、次の瞬間には素早く顎を引き上げられ、その震える唇に父のそれが被さってきていた。
唐突な出来事に目をつむる。
孝平は恭平を押し倒し、両手で彼の顔を包み込むようにして脇目も振らず唇を貪った。
巧みで乱暴な舌が口内を犯していく。
追随を許さず、抵抗も無力で、恭平はか弱く従うしかない。
まともな呼吸もできない。

充分陵辱を施した後、恭平は解放された。
肩で息をする。絡み合った舌や唇がねっとりと濡れている。
焦点が合わない。
やっと視界がはっきりしてきたと思ったら、襲いかかる父の顔はまだ怒っているようで、なんだか悲しくて涙が出た。
「ごめ…っ、ごめんなさい…」
荒い呼吸のまま、ひたすらに謝る。
孝平は怒ると時には酷い仕打ちをしてきて、それに狂おしいほど感じてしまう自分が情けなくて、何度も謝る。
沖田に被害が及ぶのも、自分が防がなくてはならない。
全てはモデルを引き受けたせいだと、この時点での恭平は思っていた。

「もうやらないから…」
「何を?」
「…人物モデル。引き受けたことを怒っているんでしょ?」
「勘違いだな。君が彼の画の被写体になったことが嫌なんだったら前回の作品の時に既に言ってる。もっと重大なことだ。」
「…じゃ、…?」
「わからないか?」
「…。」
「私は格好のことを言ってるんだよ。この絵のままの姿で、沖田雅人の前に座ったのだろう。」
「…ん、うん…」
「許せないな。馬鹿げた感情だが、それでも許せない。前回はまだ背中だった。すぐに君とはわからないから我慢したんだ。」
「…。」
「何故、脱いだ?どのくらい一緒にいたんだ。彼はどのくらいの時間、どれだけ近くで、何を見た?」
「何もないよ。」
「当たり前だ!」
孝平は声を荒げた。珍しくもあったが、恭平は驚いて目を見開いた。

孝平が何気なく見ていた時間潰しの雑誌に、この絵が載っていた時は驚いた。

恭平に似ている……

第一印象は早くも裏切られる。受賞者の名前を見たからだ。
恭平自身の知り合いである。
間違いなく恭平自身を描いたものとみて良い気がした。本能は警鐘を鳴らし続けていたが、しかし残った理性が小さく囁く。
いや、思い込みは良くない、しっかり確かめないと。

そこで孝平は文字通り穴があくのではないかと思うほどその写真を見つめた。
数分の後にわかったことは、被写体の男の腰や腹の下まで際どく描写してあることから下着は身に付けていないことと、髪の毛の生え際、目の形、首筋、そして足の指が、孝平が今に一番愛してやまない男のそれに、疑いようがやいほどそっくりだということだった。

本人に雑誌を突きつけた瞬間に、孝平の疑いは確証に変わった。

恭平は孝平以外の男の前で、自ら進んで服を脱ぎ捨て、何秒何分何時間も、その裸体を見せつけていたのだ。
口元には微笑みすら浮かんでいる。
シーツに潜んだ、指や腕の愛撫に敏感に反応する欲望を暴いてみたくなるのは、自然の流れだろう。
触れたら最後、恭平はその官能に無防備にも身を委ね、艶っぽく嬌声を上げるのだ。

考えただけでも虫酸が走る。
胸がムカムカして抑えきれない。

「…本当に何もなかったんだろうな。」
「本当だよ!沖田さんはそんな悪い人じゃないんだ。信じてよ…」
「…君は本当に、自分のことがわかっていないな。」
「…?」
「人の良し悪しじゃないんだ。性的対象になるからならないかだ、この場合。孝介や城山みたいな奴だったら間違いなく、奪われていたぞ。矢吹でも例外じゃない。」
「そっ……」

恭平は言葉を失った。
良い人の塊みたいな矢吹を比喩に出すなんて、いくらなんでも酷すぎる。
…でも確かに、少しも反論できない自分がいた。
そのことにひどく心が傷ついた。

「その沖田って男としばらく距離をおきなさい。彼の前で脱いでしまったことを、君の裸の絵が地方雑誌に載ってしまったことを、せいぜい後悔するんだな。」
孝平は冷たく言い放ち、未だ言葉を探している恭平の服を容赦なく剥ぎ取り始めた。
「っ…父さん、やめて!いっ痛…!」
引っ張った服が擦れて、恭平の肌に赤みを残す。
「沖田さんは俺のことを人に暴くような人じゃない…っ」
「それでも調べれば簡単にわかることだ。目の色を変えた男に群がられたいのか?」
「……っあ、痛い…っ」

孝平の言っている言葉は大袈裟で、杞憂だ。
そうは思っても、過去の心当たりと、普段の父の口から出る言葉はほとんどが真実に近いこととが合わさって、すぐには反論する手立てが思い浮かばない。
恭平はやむなく体で抗ってみたが、効果は少ない。
それどころか余計に怒りを買ったみたいで、乱暴に扱われた。
孝平の機嫌の悪さは既に今晩だけでは回復できない域に達しており、そのせいで不適に笑みを浮かべたりもしていた。

「お仕置きだ…今日は覚悟して。声も抑えなさい、弟たちに感づかれるんじゃないよ。」
残酷な台詞が耳に残り、恭平はいるかもわからない神に祈った。
問題の雑誌が揺れるベッドから滑り落ち、床にバサリと音を立てて崩れても、二人は情事に夢中で気付くことはなかった。


***


◇後書き

リクエストありがとうございました。

恭平くんは結局ヌードモデルになってしまいました。(…)沖田くんは恭平くんの裸を何時間見ていても欲情しなかったようです。ノーマルで良かった。孝平さんの心配が杞憂でありますように!

これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m


+戻る+