◇杉野くんが良平くんを押し倒したところを孝平さんと恭平くんが目撃


【玄関前】



満月より8割欠けた黄金の月が暗い夜空に浮かんでいる。
月明かりが髪の毛を照らし、細く輪郭を作る。

杉野は“佐久間”と書かれた表札を指で撫で、影と形を確かめた。
横で良平が俯いている。

「今日は楽しかった。」
良平の声は明るい。
彼の背中には温かい家があって、家族がいて、ベッドが待っているのだ。
一方杉野はこれから一人で暗い道を歩き、一人きりのアパートに行き、一人で眠らなければならない。
良平がいるのといないのとで天と地の差があることを、良平本人はわかっているのだろうか。
一人暮らし歴の長い杉野は殆ど慣れっこだったが、それでも今から一人になると思うと寂しくなってくる。
いっそこのまま連れ去ってしまいたい。

しかし次の日の早朝から用事があるという良平を、既に無理矢理3時間ほど連れ回したのだ。
もう無茶は言えない。
自分にも明日は仕事がある。

「…やっぱりお前んちまで送って行こうか。」
良平が心配そうに覗き込んでくる。
目が合って、涙が出そうだったので杉野は慌てて視線を逸らした。
「だいじょーぶ。」
「ふぅん…」
「良平こそ早く帰らなくちゃだよね。」
「まぁな。」
「眠いよな。」
「うん、眠いね。」
「うん。よし、帰ろう。」
杉野は2〜3度、強く首を縦に振った。
良平はそれを見ている。
やがて杉野が自己完結したのを見計らって口を開いた。

「…手、離せよ。」
「あ〜…」
ハハ、と笑って杉野が手を開く。
重なり合っていた部分から熱が逃げていく。
「つい。」
「ったく…ごめんな今日は。泊まれなくて。」
「うん…」
「寂しいんだろ?」
「う〜ん…」
「おいっ。そこで悩むんじゃねぇよ、自信なくなるだろ。」
「すっげー寂しい。良平いないとマジすっげー寂しい。寂しいよう。」
「言い過ぎ…」
「ほんと。」
月明かりの下で照れ笑いをした良平が、あまりにもキレイに見えたので、たまらず杉野は彼を抱き寄せた。
影の頭が重なる。やがて影全体が一つになった。

「帰したくない。」
耳元で囁く。
良平のほっぺたは柔らかかった。
「さらっちゃいたい。」
「安っぽい台詞だな…」
良平はそっけない。
でもきっとこの柔らかいほっぺたを赤くして、嬉しそうにしてるのを杉野は知っていた。
なんだかんだ強気なことを言っているが、良平だって甘い言葉やとろけそうな行為が好きなんだ。

杉野は良平に向き直り、彼の顔右斜め上から近付いた。
淡い光が良平の唇を照らしていて、なんだか妖しい。
唇が合わさる直前に、「発情すんなよ」ってソレが形良く動いて言った。

うるさい。
できるもんならしたいよ。
したいけど、ここは君の家の前。できるわけない。
できるわけない…


しばらく目を閉じて、形を確かめる。舌に触れて、ゆっくりと侵入した。
杉野の二の腕あたりを掴んでいた良平の指に僅かに力がこもり、彼の緊張が伝わってくる。
一度離れて、角度を変えて、啄むように舌を吸う。知らず知らずのうちに逃げるように身を引いた良平は、しかし杉野を捕まえた手を離したりはしなかった。
照れ隠しだ。

良平は情熱に酔わされて、薄く目を開ける。
そろそろ息が苦しかった。
そろそろやめないと、杉野の馬鹿が本気で発情するだろう。

そう思っていた矢先だったのですぐにそれとはわからなかった。
それとも良平も熱に酔わされていたのだろうか。
ともかく、キスをしながら開いた視界に、人が立っていた。
黒っぽいスーツを来て、手にはビジネスカバン。興味深そうに観察している、その悪趣味さ。

良平はそれが自分の父親であると、頭が認識する瞬間を確認した。
恐ろしいほどゆっくりと、しかし感じたことのないくらい一瞬の出来事だった。

「あっ!……」
声を出して指を差す。

お〜〜〜や〜〜〜じ〜〜〜!!

心の中で叫んでもみる。
しかし杉野は気付いてくれず、逃がすまいと余計に燃えた。

「…ゃっ…み……」
良平は口をパクパクして訴える。

やめて杉野く〜〜〜〜ん!!
俺の親父が俺達のちゅーを見てるよ〜〜〜?!
これでもかってくらい見てるよ〜〜!!

暴れていたら肩を掴まれ、壁際に追いやられた。

いってぇ!
発情すんなっつったじゃん!
つ〜か親父が見てるよ!いいのかよ?!良くねえよな?
明らかにコイツ男だもんな…俺に襲いかかってんのモロバレだし…っ!

つうか親父、てめっ……あっち行け!!

良平は杉野を諦め、彼の背後にいる父親に向かってシッシッと手を振った。
孝平はしばし視線を逸らし、周囲を見渡している。
その間に杉野は良平の舌を吸い上げ、口内を貪った。良平は腰から下の力が抜けそうで、自然に目が閉じてしまう。

孝平は視線を戻し、もう一度良平を見た。
ふっと笑って人差し指を唇の前で立てる。

…理解を示してくれたということだろうか。

複雑な心境でいると、孝平は足音も立てずにゆっくりと来た道を折り返した。
裏口へ回るつもりらしい。

良平はホッとして抵抗をやめた。杉野も力を緩める。

「…なんか今、嫌がった?」
「えっ?」
良平には、居やがった、と聞こえた。
ギクリとして目を泳がす。しかし孝平の背中は既に闇に溶けていた。
「ん、うん、別に誰もいないよ。」
「へ?」
「それよりお前、発情すんなっつったじゃん。」
「あれ。本気でコーフンしたらこんなもんじゃないよ。」
「調子乗んなッ!」
良平は杉野の脇腹を軽くこずいて、壁から背を離した。
それに杉野が待ったをかける。
「…何?」
「良ぉ平、ここ、固くなってる。」
杉野が指したのは紛れもなく良平の股関である。
良平はカッと頬を赤く染めた。……暗いので杉野からは良く見えないが。

「バカッ言ってんじゃねぇよ!」
「発情してるの良平じゃ〜ん。」
「うっせ!」
親父が目の前通って焦ったんだよ!
「続きやる?抜いてあげよっか。」
「いらねー!俺はもう帰るっ。」
「いいからいいから。気持ちぃくしてあげる。」
「いらん!余計なことすんなっ!触んなボケッ!……ゃめっ」

延びてくる杉野の腕を振り払い、逃げる。身を翻したところを後ろから胸のあたりを捉えられ、ぐっと強く引き戻された。
「遠慮すんなってぇ〜」
「離せばかっ!変態!あ…ぁ…っくそ…」

右手でむにゅっと押されたら終わりである。
その場に崩れ落ちそうになった良平を片腕で支え、杉野は容赦なく揉み込む力を強めた。
じきにジーンズの上からでは物足りなくなってくる。
良平は泣きそうになりながら、足を踏ん張って杉野のことを背中で押し返した。
「やーめーろ〜っ!」

叫んだのがまずかった。
暗い道の向こうから、砂利を蹴って誰かが近付いてくる音が聞こえてきた。
今回は杉野もそれに気付き、慌てて良平を立たせにかかる。
良平はといえば足よりも股関のものが立ち上がる寸前なので、むしろ座っていたい心境だ。

月明かりのと街灯に照らされて現れたのは。

「良平?…あっ、杉野くんも。なんだ…」

ほっと胸をなで下ろしたのは良平の兄の恭平だった。
何故日付の変わる時刻に外出をしているのかよりも、何故このタイミングで彼が現れるのかと偶然を呪いたくなる。良平はなんとか笑って杉野の後ろに身を隠した。

「変な声が聞こえたから。また喧嘩でもしてるのかと思ったよ。」
「家の前じゃしねぇよ。」
「そうですよ恭平さん。俺がついてますから。」
杉野がいけいけしゃあしゃあと胸を張って見せる。
良平は背中を蹴りとばしたい衝動に駆られた。

恭平は息を弾ませて胸をトントンと叩いていたが、良平の不自然な格好に目を向けて首を傾げた。
「良?大丈夫?」
「ああ。大丈夫だから…さっさと家に入って。」
「でもさっきの叫び声といいさ、杉野くんに何かされたの?」
『えっ?』

二人はハミングして驚いた。恭平はその驚きに驚いて、肩を竦ませる。
「兄貴、普通聞くか?そういうこと。」
「え?」
「いやぁ、ごめんなさい。俺帰ります。」
「えっ、帰るの?帰る前に良平がどうしたのかを教えてよ。」
「それを言うなら、良平が、じゃなくて良平を、どうしたのかですよ、恭平さん。」
「え………」

恭平はフリーズした。
杉野はその間に逃げるように距離を取り、良平に手を振る。
良平は親指を立て、GOサインを出した。

気分とともに下半身も萎えたので、良平は駆け足で玄関へ。
その後を追う恭平が、口の中で小さく
「あ、…あぁ〜…。」
と納得する声が聞こえたが、無視だ。

「ただいま!」
何もかも吹き飛ばす意味を込めて大きく言って、良平は帰宅した。
父親の口封じに何をどうすればいいのか頭を悩ませながら…


***


◇後書き

リクエストありがとうございました。

父親にいちゃついてるところを見られた次男の図。普通に気マズ!(◎∀◎;) しかも男同士です…。玄関前は父も兄も妹も、そしてはたまた近所のおばさん(しかもきっと噂好き)だって通るので気をつけましょう☆特に杉野くん…気をつけて…(^^;)

これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m


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