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◇孝介×竹本
彼が来ている。
秘書の竹本は廊下の奥、社長室に気を配る。
少し前まで足が遠のいていたから、久しぶりの来訪だ。
社長が構わないと言うので奥まで通すが、本来なら公私の別は分けて欲しい。ここは家でも庭でも別荘でもないのだから。
竹本が気にしているのは、孝平の実弟、佐久間孝介のことだ。
彼は顔のパーツが少しずつ兄の孝平に似ている。
声なんかはそっくりだ。
特に低音が…ゾクリと背筋がざわつくほど、聞き間違ってしまうこともある。
だから竹本は彼が苦手だった。
生活力の無さそうな、怠惰な姿勢はなおさら大嫌いだった。
孝介が社長室を辞して出てきた。
竹本は心得ていて、負の感情を一切面に出さない態度で彼を出迎える。
「下までお送り致しましょう。」
「…構わなくていいのに。」
孝介は薄く笑って肩をすくめた。
竹本は動じない。いつもの冷めた視線を、逸らしてエレベーターの呼び出しボタンを押した。
「竹本…」
「!」
「さん、でしたっけ。」
ギクッと構える。
やはり声が……
似ている。
間違えてしまいそうで困る。
間違いは許されないのだ。
「竹本さんは、真面目だよね。」
「…それが何か?ご迷惑をおかけしましたでしょうか。」
「あれっ?否定しないんだ。いやいやいつも偉いなあと思ってるんだよ。」
はっきり言って余計なお世話である。
エレベーターが14階に到着した。
竹本は孝介を先に促し、自らも乗り込んだ。途中の階で降りないとも限らないので必ず建物の外まで送るようにと、孝平からの命である。
エレベーターの扉が閉じると、二人きりだ。
孝介が動く。
「真面目なのもいいけど、時には力を抜かないとね。」
「な…」
孝介は竹本の肩に手を置いた。
「いつも眉間にシワが寄ってるよ。誠実さがにじみ出ていて俺は好きだけどね…。」
身構える隙も与えず孝介が言う。
肩越しに孝介の前髪が見えた。
あまりにも距離が近い。
近すぎる。
そして声が似ている。
似すぎている。
わざとか?
竹本は冷静を装って孝介の手を肩から払う。
ロビー階のボタンを押すと、二人の乗った箱は静かに下降を始めた。
竹本は振り向かない。すぐ近くにいることは手に取るようにわかるのだ。
孝介はそんな竹本の僅かな同様と緊張を、感じ取って面白そうに眺めている。
「竹本さんさぁ…」
「何でしょう。」
「忠犬は似合わないと思うよ。」
「…どういった意味でしょう。」
「時には主人に刃向かってみたらどう?」
「は…」
「それか主人を変えてみるとか。住処を移るんだよ。」
「何のことだか計りかねますね。」
本当は見当がついている。
問題は何故それを社長の弟に言われなくてはならないのかという点だ。
「俺はもったいないと思うんだ。」
「何がでしょう。」
「君の心が、一人に縛られていることがね。俺なんかは雑食だから、君の態度は清く美しく尊ぶべきだと、思うことは思うけれどね。」
「…。」
「君は磨けば光ると、俺は見てる。だからもったいない。もっと多くの人と恋をするべきだよ。」
竹本は返事をしなかった。
エレベーターはどこにも止まらず、するするとロビー階へと近付いていく。
竹本はわずかに握った拳に力を込めた。
「孝介さま。」
「ん?」
「下世話なことはお止めください。私は一個人として、好きも嫌いも自分で決めさせていただきます。」
「…そんな君を、君の主人が愛してくれるとは、限らない。」
「それでも結構です。お構いなく。」
竹本は振り向いた。
エレベーターの速度がゆるむ。
ハッキリと迷惑を面に出したその表情は、一瞬、孝介の思考を霧散させた。
いちいち兄の好みには感服する。
「強いな。そして寂しい。」
呟いて。
顎を取る。
「こ…」
壁に押し付けて、唇を寄せた。
「孝介さま…!!」
エレベーターの扉が開く。
孝介は、竹本から手を離した。
ふ、と自嘲気味に唇を歪め、やめようと呟いた。
「また兄さんに怒られる。既に十分嫌われているからな。」
竹本には真意がわからない。
ただそれもあり得ると納得はできる。
孝介は黙って先に歩を進めた。脇目もふらずロビーを通り抜け、外を目指す。
自動ドアのところで一度、竹本に振り向いた。
「君のプライドが許すなら、いつでもおいで。」
「…何のことでしょう。」
「俺はこれでもなかなか、いい主人になれると思うけれど。アッチの方では兄に負けない。」
実証済みだし、と含みのある笑いを漏らす。
そのいたずらな横顔はクラクラするくらい竹本の背中をくすぐった。
自我を強く。
「…もう少ししっかりとなさってください。そうすれば考えておきます。」
「言うねえ。心にもないくせに。」
孝介は初めて困った表情を見せ、きびすを返した。
「孝平兄さんによろしく。」
颯爽と去っていく後ろ姿は、やはりどこか、竹本の恋い焦がれるあの人に似ていた。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
メールでリクエストをくださった銀さまへ捧げます。孝介さんと竹本さんという組み合わせは新しくて、それでいて何で気付かなかったんだろう今まで!と思ってしまうぐらいぴったりな二人なのかも、なんて(^^*)…当人の竹本さんは、幾分孝介さんの生活態度に不満がありそうですケドね(笑)
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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