◇孝平×恭平の七夕話


【星に願いを】



朝、起きたら庭に大きな笹が出ていた。
恭平に質すと、どうやら町内会で配られたものらしい。
そうしてやっとこの日が7月7日の七夕であることに気付き、次に娘の明美が誕生日を迎えたことを思い出した。
私は記念日などに弱いらしい。

朝食を食べていた高校生の明美はいつもの通り私を無視し、彼女の兄に促されてそっぽを向きながら「おはよう」と小さな声で言った。
態度が可愛くないので、誕生日おめでとうの一言を封印する。

台所にいた恭平は冷蔵庫から私の分のサラダを出し、パンがもうすぐ焼けるからと笑いかけた。
渡されたフォークをきゅうりに突き刺す。
明美はほとんど食べ終わっていた焼パンを一口で口の中に押し込み、ご馳走様、と言って席を立つ。本当に可愛くない。
バタバタと駆ける音が去り、恭平に見送られ、厄介な末の娘は家を出て行った。
誕生日くらい構ってやりたいという親心は、今年もまた言い出せなかった。

「町内会でもらった短冊、まだ余ってるから父さんも書いてよ。」
恭平は私の考えをわかっているのかどうなのか、明るい声で私に言った。赤や黄色の、本のしおり程度の大きさの紙を差し出してくる。
ちらりと横目で見やりながら、レタスを噛む。
「恭平はもう書いたのか。」
「うん。」
「なんて?」
「家内安全。無病息災。」

もっと歳相応のことが書けないものかね。

「今日は夜まで晴れるそうだから、織姫様と彦星様は空で再会できるだろうね。」
私が黙っていたので恭平はさっさと次の話題に移ったようだ。
聞き覚えのある名前に、私は少し目線を上げた。
「七夕伝説か。」
「そうだよ。雨が降ったら…」
「男にうつつを抜かした姫様が父親の怒りを買って別居させられてしまう話だったか。」
「え…そう、だったかなあ?それじゃあなんだか、織姫が悪いみたいじゃないか。」
「違うのか?じゃあ逆かな。」
「彦星がたぶらかしたって?それもおかしいよ。一年に一回しか会えない日を二人とも心待ちにしているんだから、真面目に相思相愛なんだと俺は思う。」
恭平はいつになく強く反発した。
結論はどちらでもいいので、私はふぅんと納得した素振りを見せてサラダに集中した。そろそろ食パンが焼けてもいい頃だと思う。
案の定、会話が切れたのをいいことに恭平が私の傍を離れてパンを取りに行った。
スリッパが微妙に床を擦り、不規則な音を奏でる。

「…恭平にとっての織姫が現れる日が来るのかねえ。」
私は息子に聞こえないよう、小さな声で呟いた。
恭平が複雑な顔をして振り返る。どうやら聞こえてしまったらしい。
「もし俺に織姫が現れたとしても。」
「…」
「俺は父さんの子供であることに変わりはないから。幸い男だから苗字もタブン、変わらないし。」
なら、明美は……
「でも明美に彦星が現れたとしたら、苗字が変わる。長く添い遂げれば墓も変わる。…今のうちから大事にしてあげないとお互い可哀想だよ。」
「おや。いつの間にか話が摩り替わってるな。」
私は苦笑して、恭平が届けてくれた食パンに手を伸ばす。
あったかい。むしろ熱いくらいだ。
焼き立てなのだから当たり前である。

恭平は私の横のいすを引き、腰掛けて私を見た。
エプロンを外して膝の上に丸める。
「今日は明美の誕生日だから、早く帰ってきてあげて。」
「…どうかな。約束はできないよ。努力はするけど。」
「努力が大事なんだよ。」
言うことがますます妻に似てきた。
それとも無意識に意識した言葉を発しているのだろうか。
私がとりあえずでも肯定せざるを得ない論法である。

私は短冊に書く内容を思いついた。
「今夜、恭平を抱けますように…」
「は…?」
突然の呟きに面食らったのか恭平が目を丸める。
「短冊に書こう。仕事を切り上げて早く帰り、娘の誕生日を祝ってやった暁には可愛い息子を抱きたいと。」
「…やめてよ!そういう冗談は…」
恭平は頬を赤らめて困った顔をした。私は大真面目なのだが、どうも伝わっていないらしい。
「まだ織姫には渡せないな。まだまだ教育したいところはたくさんある。」
「っ。父さん。」
私は口の端が少しずつ上がっていくのを堪えきれずに、恭平の腰へ手を伸ばす。
避けるように身を引いた恭平は咄嗟に手を上げる。
私はそれに合わせて指先の軌道を修正し、彼の腹の下部分に触れた。
ジーンズの上から探るように押すと、柔らかい感触がイメージされる。
恭平は慌てて肘掛を掴んで体を支えた。目を閉じている。
「父さん…っ」
「私が彦星の父親だったら、」
「ッ!」
股の間を掻い潜り、私は一際奥へ中指に力をこめた。
くい、と引っかいた拍子に恭平が黙ったまま跳ねた。
感覚をじんわりと麻痺させよう。
順を追ってゆっくりと、執拗に股間を撫でてみる。
「嫁の父親が勝手に川の向こうに娘を連れて帰るのは勝手だが、息子が悲しむのは見ていられないな。」
「んっ……!」
「その時は恭平が望むように、慰めてあげるよ。」
「んぁっ!やめ…」
恭平は腰を引き、身を捩り、私の肩を押して身体を離そうともがいている。その行為が、その困ったような誘うような表情が、相手の気持ちを焦らして煽っているとも知らずに。
「父さん、やめて、ここ、は…」
「ドコ?」
息をはぁはぁ早めて恭平がこちらを睨む。
数秒間丹念に、強弱をつけて揉んでやっただけなのにこの恍惚とした表情はどうだ。
私はスクリーンに映し出される下手な役者より一層そそられる。
弄る手を早めたくなる。
時を忘れ、前後不覚に陥るまで彼を乱れさせたい。
知っている弱い箇所を連続的にひっかいて、反応を見る。
恭平は声を殺して小さく鳴いた。腕や足がひくひくと腰に合わせて痙攣する。

ここで私が立ち上がり、両手でベルトを掴み、耳元で簡単な言葉を囁くだけで、恭平は一気に私のものになるだろう。
口では否定していても私の言葉に素直過ぎるほど従順なのは、この私が良く知っている。


さしずめ天帝である父親に逆らえなかった織姫のようだ。


恭平が一段高い嬌声を発し、喉を引きつらせた。
調子に乗って刺激し過ぎただろうか。
私はすぐに手を離した。
「おっと。すまない、大丈夫か。」
「…っ!」
恭平は快楽を止められた恨みと朝っぱらから手を出した軽率さへの怒りが混ざった眼で私を睨んだ。
…そう睨まれても、私の気が昂ぶるだけなのだが。

「今のはちょっと、危なかったな。イくところだったろう。」
「そ、そんなことないっ。」
「ふふ。」
「早く、パン、食べてよ!もう……」
恭平は頬を上気させたまま、まだ肩で息をしていたが、私の目の前の食パンを指差してそう告げた。

「続きは帰ってからだな。」
「し、知らないよっ!今日は明美の誕生日を祝うんだから!」
「何も娘をないがしろにしようなどと言ってないよ。その後だ。」
「……っ。」
恭平は黙った。反論しても無駄だと考えたのだろう。
懸命な選択だ。

さぁて、どうやって我が家の彦星(織姫でもいいんだが)を、今夜いっぱいこらしめてやろうか。

相手が現れるまでは私のものだ。
立派に成長させてみせよう。

来るべき時に備えて。


***


◇後書き

リクエストありがとうございました。

七夕は明美ちゃんの誕生日。主役の彼女がいなくなったのをいいことに、ここぞとばかり兄と父がいちゃついております(*^3^*)兄は不本意ですが父は俄然やる気満々ですね。孝平さん視点で書いたのは何度もないと思うのですが…イメージ崩れてないですか…?心配です(汗)

これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m


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