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◇お互い逆に変装した双子を見間違えた杉野くん&傍観している恭平くん
良平は時々、唐突に変なことを言い出すことがある。
長いこと近くで過ごしてきた一途な恋人、杉野拓巳ですら驚くこともたまにある。何度となく聞かされた有名な言葉は、
「俺、ミニーちゃんになりたい。」
…である。
周囲からしてみれば、なぜ人間ではなくネズミなのか。
それもなぜあのマスコットキャラクターなのか。
そしてよりによってなぜヒーローではなくヒロインなのか?
疑問は尽きない。
推察するに、良平本人がもっと可愛くなりたいとか、杉野にもっとカッコ良くなってほしいとか、そういう願望の現れなのだろう。
だが本人にそう言うと、怒った顔をされてしまう。
「そういうこと言ってんじゃねーよっ!バカ杉野!…お前がミッキーじゃ困るだろ。」
「…。」
杉野にはわからない。
良平の心理を含めてこの言動をある程度正確に把握しているのはおそらく聡平だけであろう。
悔しいが同じDNAには勝てない気がする。
なので杉野は良平がこの手の話を始めた時は、大人しく黙って聞いてやることにしている。
こんなこともあった。
駅前でたむろしている鳩を見て、一言。
「世界がみーんな鳩ならいいのに。ポッポ〜。」
そして鳩の真似。
杉野はそれじゃ世界はフンだらけだねと言って笑い、良平もそれに腹を抱えて笑った。
おそらく平和を訴えたかったのだろうが……、真意は謎である。
杉野は思い出し笑いをして電車を降りた。
休日の今日は珍しく良平の家にお邪魔してDVDを観る約束をしている。
お酒を飲もうと提案されたので車やバイクは控えた。もちろん泊まりになってもなんら問題はないように準備してある。
今日は恭平の手料理を食べられるかと思うとお腹が騒ぐ。
彼の作るものは洗練されていて無駄がなく、はっきり言って美味い。男ばかりの家庭の食事だからか量もある。
杉野は下手なレストランより遥かに気に入っているのだった。
家の前まで来た。
表札の横にあるチャイムを鳴らすと、玄関の扉が開いた。
中から重ね着のシャツにジーンズを履いたすらりとした長身の男が出てくる。
外の空気が寒かったのか腕を抱えて跳ねるように近付いてくる。
縁なし眼鏡をかけている。
「お早うございます、先輩。」
「こんにちは、だろ。」
もっと正確に言えばあと数時間で日が落ちてコンバンハに変化する時間帯だ。
聡平は杉野を招き入れた。
「手に持ってるのは何ですか?」
杉野は聞かれて右手に持っていた紙袋を持ち上げた。
「今日観るDVD。それと恭平さんに包んだお菓子。」
「お菓子?お菓子なんて作れたんですか先輩は。」
「作ったんじゃないよ、デパ地下だけどね。」
「ああ。…小賢しい真似を。」
「え?」
「さあ行きましょうか!!」
今、小さくボソッと何か言われたような…?
聡平は玄関を開け、先に靴を脱いで室内に消えた。
入れ替わるように恭平が出てきて、スリッパを出してくれた。
「こんにちは杉野くん。いらっしゃい。」
「こんにちはぁ。お邪魔します。」
杉野は恭平を前にすると何故だか緊張する。
聡平や妹の明美には何ら抵抗がないというのに。
それは良平の中の恭平の位置付けに影響されているのだろうと杉野は思っている。
当の良平は気だるそうに、いつの間にか恭平の後ろに立っていて、機嫌の悪い顔をしていた。
無地のシャツにグレイのパーカーを羽織り、いつものジャージを着ている。
手をポケットの中に突っ込んで仁王立ちだ。
「はい良平、DVD持ってきたよ。それからこっちは恭平さんに。」
杉野が紙袋から出したものを手渡すと、良平はこともあろうにきちんと礼をして受け取った。
「どうも…。」
いつもならさも当然のように奪い取ってさっさとテレビの準備に取りかかる癖に、今日はぼんやりとしている。
しかも借りてこいと言ったのは良平なのに、DVDのタイトルを確かめたりしている。
「あ、これ原作が小説のやつか。兄貴読んだんだっけ?」
良平が恭平にも見えるようにケースを翳す。
恭平はタイトルと俳優の写真に目を走らせて頷いた。
「小説は面白かったよ。俺も気になってたんだよね〜この映画。」
「じゃ兄貴も一緒に観ようぜ。」
「えっ?」
恭平は杉野を見た。
「かまいませんよぉ。それとも俺が嫌いですかぁ?ぐすん。」
「そ、そんなことないよっ。杉野くんさえ良ければ一緒に観たいな。」
「そうこなくっちゃ♪」
杉野は指を鳴らして良平を見た。良平は相変わらず大人しく、にっこりと笑っただけだった。
ノッてくると思っただけに、これは様子がおかしい。風邪でもひいているのだろうか。
杉野は心配になった。
「り……」
「おーい!早く観ようよ!準備終わってるから!」
一方、聡平ははしゃいでいる。
いつものテンションから言うと異常なくらいだ。
ハイハイ、と適当に返事をしながら恭平が歩き出す。
いつもなら、うっせーな聡平だったらお前が取りに来い!ぐらいに反論するだろう良平が何も言わずに次に続く。
杉野は良平の腕を掴んだ。
「わっ?」
良平が驚いて振り向く。
「どうしたのさ、風邪?」
「風邪?誰がですか。」
デスカ?
良平は見るからに慌てて言い直した。
「あぁ違った。えーと、俺何か変?」
「変だよ…罰ゲームか何か?」
「罰ゲーム…まぁある意味…。それより早く行かないと、り聡平が呼んでますよ。」
リ聡平?今、「聡平」の前に「り」って入った?
つーか、呼んで「マス」?
「おぉい早くぅ。」
聡平が近付いてくる気配がする。
良平はとっさに杉野の腕を振り解いた。
それにむっとして杉野は掴み返す。
「あっ!離し…」
「何か変だよ?妙によそよそしいって言うか…似合わない敬語なんて使って。まるで聡平みたいだ。」
「…そりゃ、すいませんね。」
「何かあったのか?」
「ええありましたとも。」
「何?」
「それは…」
杉野の言葉に良平は困った顔をした。
まるで嘘を吐いたことが見つかって母親に叱られている子供みたいに。
嘘を吐き続けるか、正直に暴露するか、迷っているみたいに。
先週から今週までの間に何があったのだろう。
また良平の身に何か、危険なことが迫っていなければいいが…。
杉野の知らない良からぬ虫が知らない間に付いてしまったのだろうか。
いつかのように。
…それとも俺が嫌われたのか。
この詮索自体がみっともなくて、彼の幻滅を誘っているだろうか…?
「おぉい!はっやっく!」
痺れを切らせて聡平が顔を覗かせた。
良平と杉野の不穏なムードを感じ取ったのか、眼鏡の奥で瞳が光る。
いや、違う。
怪訝な顔をした。
額に青筋が浮かぶような。
何故だ?
何だろう、この違和感。
「てめっ……」
聡平が口の端をひきつらせた。怒りに震えたといった様子だ。
途端に杉野の背筋には、変な汗が流れた。
反射的に良平が言う。
「あっ、マズい…。」
は……?
聡平は今度は思い切り杉野の手を振り払った。引き剥がしたと言っても過言ではない。
「杉野先輩、逃げたほうがいいっすよ。」
へ?
幻覚だろうか。良平が聡平に見える。
その冷静な目。一歩引いた態度。
…あれ?
一方、横からつかつかと歩いてきた聡平は、顔を背けて眼鏡を外した。
目の前の良平みたいな聡平が、一応のフォローを試みる。
「良平、落ち着け。」
「聡。」
眼鏡が宙を舞う。
聡平と思わしき良平が放り投げた眼鏡を、その先にいた良平の服を来た聡平がそれをキャッチする。
杉野を睨んで迫ってくるのは…
……聡平じゃなくて良平だ!
「いつまで間違ってんじゃボケーッ!!!」
ドカッ!!!
頭を抱えてしゃがんだ聡平の目の前で、良平の見事な跳び蹴りが杉野に炸裂した………
「あはははは」
恭平が笑う。
DVDはとうの昔に再生が始まっているのに、テレビにかじりついているのは良平だけだ。しかもかなりのご立腹中である。
杉野は蹴られたのが腑に落ちないと嘆いた。
「あのさぁ、そもそもコレは、良平が悪くない?良平と聡平が悪いよねえ?!」
「すいませんって。謝ってるじゃないっすか。」
そう言う聡平も口元が緩むのを必死で抑えているためイマイチ誠実性に欠ける顔つきだ。
「あは、あははは。」
「恭平さん笑いすぎだしっ。」
「ごめん、は、ごめんっ!だってさぁ、俺、もうとっくに気付いてると思ってたんだ。玄関入ってくる前にさあ。……ぷふふふ」
「う…。そ、それを言われると…。」
「ケーカイ心がなさすぎんだよっ!」
良平に言われたくない……
「そもそもなんで、服とか全部入れ替えてるわけ?混乱するだろ。」
「それは俺のせいじゃないです。良平が朝、つーか昼に起きてきて、」
「言い直すな。朝だよ、朝。」
「真っっ昼間!…に起きてきて、服を貸せっていうから貸したんですよ。そしたら何故か今度は俺が良の服を着ることになって。なあ、良平?お前が言ったんだよな?」
聡平がこたつの下で良平の足を突いた。
良平はテレビから杉野に視線を移して、すぐに戻す。
「ふん。」
「まぁそういうことです。」
「どういうことだ。全然わからん。良平どういうこと?」
「もう忘れた。」
それはないだろう。
杉野はDVDそっちの気で考える。
「あ。まさかあれか?俺の愛が信じられなくなった系?」
「は、はぁ?」
ぎょっとして良平が仰け反った。
反対側で聡平も似たような感じで驚いてる。
向かいに座っている恭平もわずかに目を点にしたような気がしたが、口元はまだ笑いを引きずっている。
「何調子のいいこと言っちゃってんの?」
「俺は良平一筋だよ。聡平になんてこれーーっぽっちも何も感じないよ。」
「あっそ。」
横で、今なんか微妙に傷ついたよと聡平が恭平に言い、恭平はまた笑った。ツボに入って抜け出せない様子だ。
「じゃあどうして俺を惑わすようなことをしたんだ。俺が良平と聡平を見分けられなくって傷ついたわけだろ?」
「ばっ…!傷ついてなんかいるわけないだろ!」
「怒ってるじゃないか。」
「怒ってない!」
見るからに怒っているのは一目瞭然なのだが。
…でなければ、焦っているのか。妬いているのか。
聡平の手を掴んで迫ったのは確かにまずかった。
目の前の人物をよく確かめもせず良平だと思い込んでいたのは事実。
もう少し時間をかければいくらなんでも気がついたと思うのだが…。
何かがあっては遅い。
今後は良平と聡平に紛らわしいことをしてもらうことはやめさせねばならない。お互いにいいことはない。
「すぐに見分けられなかったのは謝るよ。まさかこんないたずらが待っているなんて考えもしなかったもんだから。確かに警戒心が足りなかった。」
「そうだよっ!」
「でも今後も俺は良平に対して警戒心を持ってなきゃいけないのか?いつでも聡平と良平をどっちがどっちだなんて疑いを持っていかなきゃならないの?こんな紛らわしいことさえされなければ、俺は良平と聡平を間違えることなんて絶対にしないのに。」
「…。」
「なんでこんなことをしたのか教えて。他のことはいい。不安にさせたのなら謝る。心当たりは今のところないけど、何か俺、した?」
「別に…。」
「じゃあ、なんで。」
ひとしきり一気に喋った後、杉野は良平の回答を待つように黙った。
聡平も恭平すらもいつしか笑うのを止めて良平を見ている。
杉野はここら辺の沈黙の使い方が上手い、と聡平は思う。
ぜひ見習おう。
導かれて頑なな良平の心が少しずつ動いていく。
聡平はそれを感じて目を細め、ゆっくりと視線をテレビに移した。
あーあ、テレビの中では既に事件が始まっている。どんな事件なのか皆目わからない。
ふと兄に視線を移すと、目が合った。
彼は目配せをして見せて、聡平に倣ってテレビを見やった。
それでいい、という意味だろう。
だから聡平もテレビに視線を戻した。画面の俳優がなんかイイコト言ってる。
良平が言う。肩肘をついて、手の平に顎を乗せて。
「…欲が出たんだ。」
「よく?」
「お前に、み…見抜いて、もらいたかったんだろっ。裏事情なんてねーよ!お前の言うとおり。悪かったなっ!!」
例え何を纏っていても。何を着飾っていても。
見つけ出して欲しい。
聡平ではなく、他の誰でもなく、俺を。
良平を。
杉野が何か聞き取れないようなことを叫んで良平に飛びついたのは数秒後だった。
聡平と恭平はこたつから離れ、何か抵抗的な台詞をわめきながら押し倒されている良平を見て、ひとしきり腹を抱えて笑ったのだった。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
服を取り替え、眼鏡を入れ替え、少し態度を変えると紛らわしいことこの上ないようです。髪の毛とかアクセとか筋肉とか肌の色とか、良く見れば数限りなく違うところはあるんでしょうけど(´・ω・`)良平くんの気まぐれに戸惑いながらも、最後はやっぱり可愛いなぁで許してしまう先輩なのでした*笑
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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