◇恭平くんたちの子供の頃のエピーソード
◇恭平くん幼児化


【蓮根】



「レンコンの穴には未来が見えるのよ。」

恭平の母、愛はよくそう言って笑った。
産まれたばかりの双子の弟を祖父母のところへ預け、母は恭平の手を引き食料の買い物へ行くのが常だった。
家の近くに来る八百屋で済ませることもあれば、バスに乗って大手のスーパーマーケットへ行くこともあった。
そういうとき彼女は決まって野菜売場で1つ1つの野菜を手に取り、恭平の目線の高さまで下ろしながら名前を教えてくれた。

「これは?」
「にんじん。」
「はい正解。じゃあ、これは?」
「き…キャベツ?」
「難しいかなぁ。似てるもんね。」
「ちがうの?」
「昨日覚えた野菜だよ。ヒント、レがつきます。」
「れ、れたす。」
「ピンポーン♪」
恭平が正解すると、愛は自分のことのように喜ぶ。それが嬉しくて、恭平はこのゲームが好きだった。
拙い舌で夢中になって名前を覚えた。

これらの野菜が、あったかくて美味しい肉じゃがやロールキャベツに化けるのだから、世の中どんなことが起こっても不思議ではない気がする。

「これは、レンコン。穴があいてるでしょ?この穴を覗くと未来が見えるのよ。」
「みらい?」
「そう。恭平の明日が、明後日が、大人になった姿が見えるの。」
「おとな?お母さんみたいな?」
「そうねぇ。恭平がお母さんみたいになるのは、ちょっと難しいかなぁ。」
「なんで?似てるよ?レタスとキャベツよりは似てないけど。」

母はお腹を抱えるように声を上げて笑い、持っていたレンコンを買った。

夕方、母は夕飯の支度を始めた。
恭平はベッドに寝転ぶ二人の弟を見ていた。片方は眠っているが、片方は起きていて、天井を回る赤や黄色の飾りを眺めている。
ぽっちゃりとした頬や、小さい手が可愛くて、恭平は手を伸ばした。指を掴まれて、びくりとする。
「…げんき?」
恭平はどうすればいいかわからず、とりあえず聞いてみた。
返事はない。
くりくりとした黒い瞳がじっと恭平を見ている。
やっぱり可愛いなぁ、と思う。
恭平の顔は自然と綻んだ。
愛お手製のベビー服の胸の辺りにはワッペンが縫いつけてあり、そこに平仮名で赤ちゃんの名前が書かれている。
「り、よ、う、へ、い、」
ゆっくりと読む。
良平は意味がわかっているのかいないのか、恭平を見たまま、ききゅ、と喉を鳴らして笑い出した。
恭平は驚くが、悪くはない。
むしろ、この愛すべき生き物をどうしたらいいか悩んでしまいそうだった。
嬉しくなって、ベッドの脇に背伸びして身を乗り出す。

「恭平くーん、おいで。」

じゃれていると母が呼んだ。
恭平が振り向き手を離したので、良平の小さな手が宙をかいた。
布団をかけ直し、恭平は走る。

「なぁに?」
「ほら、レンコン。」
「あー!…穴があいてるっ!」
恭平は背伸びして母の手に自分の手を伸ばした。
愛はひょいとそれを持ち上げて、穴から恭平を見下ろした。
「おーっ、見える見える。恭平くんはこんな風になるんだなあ。」
わざとらしく愛が言う。
恭平は半信半疑であるものの、気になって気になって仕方なかった。
必死になってすがりつく。何度ジャンプしても届かない。

「かしてーっ!みせてっ!」

母と二人で暴れていると、玄関で音がした。だが恭平は気付かない。
愛はそれまでと違った笑みを浮かべ、レンコンをまな板の上に置いた。
あっ、とそれを追う恭平を、両手で抱き上げる。
そしてあれほどくれなかったレンコンを、恭平の手に手渡した。

「覗いてごらん。」

やっと手に入れた嬉しさを噛み締める恭平に、愛は台所の入口を指差して言った。
言われた通り、レンコンを目の前にかざして覗き込む。

…壁以外何も見えない。

と思ったのも束の間、そこに人が現れた。

「ただいま。」
「おかえりなさい、あなた。」
「ああ。……恭平は何をしている?」

現れた男、父の孝平は、レンコン越しの恭平の黒い瞳に目をやりながら顔をしかめた。
恭平は答える。
「レンコンのあなは、みらいがみえるんだよ。」
「…。そうか。」
父は笑わないまま、何故か神妙に頷いた。
代わりに愛は楽しそうに微笑む。
「ふふ。恭平、未来、見えた?」
「ううん、お父さんしかみえなかった。」
「あはは!そうよねえ。」

恭平にはよくわからなかったが、愛が笑ったので、一緒になって笑った。
父の表情は覚えていないが、きっと困ったように、やはり笑っていたのだと恭平は思っている。


***


◇後書き

リクエストありがとうございました。

「子供の頃」と「幼児」化は、お話を考える上で同じ思考になりそうだったので、一つにしました。愛さんはいつも笑顔だった人というイメージがあるので、どうしても微笑ましいシーンが多くなります。きっと恭平くん以上に苦しみを心に閉まったまま表に出さなかった人なのだと思います。そして孝平さんのことをとても愛していました。

これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m


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