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◇恭平くんの高校生or大学生の時のお話
今日はセンター受験の日だ。
例に漏れず、外は雪が降っていた。
毎年毎年、空から受験生を歓迎してくれるのだから神様も義理堅い。
恭平はいつもより早く朝食を食べ、部屋で参考書を見返していた。
この1年、自分にしてはよく勉強した。
家事も適度に力を抜いて、兄弟に手伝ってもらうようにした。
朝の新聞、ごみ捨てなどは聡平に頼んだ。彼は早朝から部活の朝練があるのでちょうど良かった。
最も帰宅の早い小学生の明美には洗濯物を取り込むのと風呂洗いを頼んだ。恭平が帰るまでに終わっていれば、50円のお小遣いを与えることになっている。
ちなみに、次男の良平は何もしない。生傷を減らしてくれればそれで良かった。ここ3ヶ月ほどは彼にしては真面目に勉強していたように思う。周囲の誰もが無理だと思ってはいるが、一応聡平と同じ高校が第一志望らしい。
恭平は好きにすればいいと思っていた。
父は相変わらず仕事が忙しいらしい。
あまり家族とのコミュニケーションは無かったが、受験生である息子たちのことが少し気になっているのが仕草でわかる。
それだけで、恭平は安心していた。
「兄貴、準備できたか?」
部屋がノックされ、聡平が顔を覗かせた。
恭平は目をやって、時計を見た。
「あ、もうこんな時間か。やっべー。」
呟いて席を立つ。見ていた参考書をスクールカバンに押し込んだ。
「雪降ってるから、駅まで送ってくよ。」
「いいよ、歩いていける。」
「転んだらどうすんだよ。タダでさえ兄貴転びやすいのに。」
聡平が言う。
余計なお世話だ、という言葉を飲み込んで聡平を睨むと、彼は舌を出してみせた。
どう反論してもついてくるだろう。
恭平はカバンを肩にかけた。
部屋を出て玄関まで行くと、二階から枕を抱えた明美が降りてきた。
眠い目をこすり、半分夢の中にいることは間違いない。
「兄さん……もう行くの。」
「うん。留守番してろよ。今日は聡平も家にいるんだろ?」
「これだけ雪降ってるからね。図書館は諦める。」
「良平は?」
「まだ寝てるんじゃねえ?昨日も遅くまで、なんかやってたみたいだから。」
「勉強?」
「雪がヤリに変わるかもな。」
「よせよ。」
恭平は笑って、靴に足を入れた。
聡平が投げたマフラーを首に巻き、傘を2本手に取る。1本は後をついてきた聡平に手渡した。
「聡ちゃん?どこ行くの?」
「兄貴を駅まで送ってくるよ。」
「じゃぁ明美も行く。」
「お前は部屋で寝てろ。パジャマのままじゃないか。」
じゃあな、と手を振って聡平が先に玄関を出た。
いってきます、と言いながら恭平も後に続く。
この一歩から、この1年間が試されるのだ。将来にも繋がる一歩である。
今日失敗すれば、志望校も変えなくてはならないかもしれない。
言い知れない不安が、雪と共に恭平を包んだ。
そのときだった。
「待ちなさい。」
父の声が聞こえた気がしたので恭平は振り向いた。
聡平も、明美も同じ方向を見ていた。
奥から孝平が出てくる。
やはりパジャマだったが、明美と違い目はしっかりと開いていた。
出かけようとしている恭平を見て、何か言いかけ、胸の前で手を開いた。
「2分…いや1分で着替えるから。待ってなさい。」
「いや、父さ…」
恭平の言葉も待たず、孝平は反転した。
兄妹3人はただ立ち尽くすしかない。顔を見合わせる。
やがて30秒ほどで舞い戻ってきた孝平は、手に車のキーを持っていた。
「親父?雪だから、車は危ないよ?」
「大丈夫だ。」
何が大丈夫なのか。
「父さん、いいよ俺、歩いていけるし。」
「滑ったら縁起が悪いぞ。その点恭平は危なっかしいと思う。」
父が縁起を担ぐ人だとは知らなかった。
それともただ、照れくささを隠すために咄嗟に言っただけだろうか。
恭平には判断が出来なかった。
聡平は車の傍までついてきた。
恭平を助手席に乗せる。ドアを閉める前に、恭平の目の前に手を出してきた。
彼の手には青くて四角いものが握られていて、目を寄せてそこに書いてある文字を読むと“合格祈願”と書いてあった。
「本当は駅で渡そうと思ってたんだけど。これ、俺と良平から。」
「あ…。どうもありがとう。」
恭平はこわばった表情を少し緩めて聡平を見た。
お守りを受け取る。
聡平は健康的に日に焼けた顔でニヤリと微笑んで、ドアを閉めた。
孝平がアクセルを踏む。
灰色の空からは白銀の小さな粒が数え切れないほど多く、ふわりふわりと落下してきている。
恭平はその様子を助手席で見つめながら、さっきまで見ていた問題の解き方を復習していた。
書いては忘れ、忘れては覚える、の繰り返しだった。
自分の記憶力の悪さをこれほど呪ったことはなかった。
時には生きていくうえで必要ないことじゃないのかと本気で悩み、葛藤しながら、最後はそれでも志望校に行きたいという気持ちだけで乗り切ってきた。
努力した人が必ず成功するとは限らない。
だがしかし、成功した人は必ず努力をしてきたのである。
最後に学校の数学教師が言っていた。
とても勇気付けられた言葉だったので、メモをしたものを財布の中に入れていた。
それでもそんな言葉が本番で何の役にも立たないことはわかっている。
わからない問題が出たら。頭が真っ白になったら。計算や漢字を間違えたら。どうしよう、どうしよう。
もやもやとした不安はいくら振り払っても恭平の胸や頭を支配する。
呼吸が苦しい。
「恭平。」
思いに耽っていると、あっという間に駅についてしまった。
孝平の声に振り向いた。
「父さん、どうもありがとう。」
「ああ。がんばってこいよ。」
「うん…。」
恭平は緊張した面持ちで頷いて、鍵を解除した。ドアノブに手をかける。
外はとても寒かった。
一旦外へ出て、カバンから手袋を取り出した。
雪が頬に冷たく当たり、緊張した頬の上で溶けた。
「恭平。」
また父に呼ばれたので、恭平は車中に屈みこんで父の顔を窺った。
彼は力強い眼をして、こう言った。
「終わったら帰って来いよ。」
「え?」
「出来がどうであれ、とにかく家に帰って来い。どこにも行くな。」
「…。」
「それだけだ。ぼうっとした顔をするな。」
「あ、うん。はい…」
「行ってこい。帰りにまだ雪が降っていたら、電話しなさい。」
「ありがとう…」
恭平は、未だ呆然としながら例を述べた。
いつの間にドアを閉めたのか、気付けば孝平の車は発進し、恭平は雪の降る中、人々の行き交う駅の前で立ち尽くしていた。
父の言葉を反芻してみる。
“終わったら帰って来いよ”
何故か不安が消えていた。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
やっと書けました…!みなさんの受験は、どうでしたか?人によっては思い出したくない、なんて意見もあるかもしれませんね。経験の無い人もいるかもしれません(羨ましいです…)。私はとても辛かったですが、同時に周りの人の温かさにも気付いた1年でした。恭平くんにも気付いて欲しいと思いました。現在の彼は、きっと私なんかよりずっと、知っていると思うのですけどね(^^)
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
四年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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