▼衣装指定15題
└12:エプロン
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「明美、ちょっと。おいで。」
「なあに、兄さん?」
孝平が出張へ出かけて留守であったある日、明美は浴室から出たところで兄の恭平に呼ばれた。
濡れた髪の毛をバスタオルで拭きながら、右足を引きずるようにしてゆっくりと歩く兄の後についていった。
そこは、明美の最も嫌いな父親の部屋だった。
顔を歪めて不審そうにした明美に苦笑して、恭平が孝平の部屋の中から手招きをする。
明美は恐る恐る、室内に足を踏み入れた。
「なに、兄さん。明美こんなとこやだ。」
「そう言わないの。ね、これを見て。昨日整理してたら、出てきたんだ。」
恭平が押し入れの中から引っ張り出した箱の中には、小さく畳まれたタオルのようなものが数枚並べられていた。
「…なに、これ。」
「これ。」
恭平はその中の一つを取って、両手でそれを広げて見せた。
そこにあったのは、一枚のエプロン。
大きな猫の柄が入っている。
「な、何?」
「明美にはちょっと似合わないかなあ?猫ちゃんだもんな。」
「うん、ちょっと…。かわいすぎるような…。」
「じゃあ、こっちは?」
恭平は言って次のエプロンを広げた。
今度は無地のだから、自分にも似合うだろうと明美は思った。
「これはよさそうだね。はい、あげる。」
「くれるの?」
「うん。明美が大きくなるまで保管しといたの、忘れてたんだ。」
恭平は笑って、明美の持った2枚のエプロンを指差した。
「母さんの。女物だから、俺には似合わなくて。明美がつけるといいよ。」
さらりと言って、恭平は残りのエプロンも広げ始めた。
そんな恭平と手渡されたエプロンを交互に見つめて、明美は気後れしたように何も言わなかった。
記憶の中に少ししか残らない、母の思い出。
どう頑張っても、母と言われても思い浮かぶのは兄の恭平だけで。
複雑な気持ちだった。
「あの…兄さん。」
「ん?」
「明美がもらってもいいのかな…。」
「え?」
「あ、あたし料理下手だし…。それに、母さんのことほとんど覚えてないし…っ。」
遠慮がちに言う妹を意外そうに見つめて、恭平は優しくほほ笑んだ。
「なーにを言ってるんだよ?エプロンは料理の下手な人のためにあるようなものだろう?母さんのことを覚えていなくても、これ見て思いを巡らしてみればいいじゃないか。」
「…。」
「母さんも明美に使って欲しいはずさ。俺が保証するって。」
「ほ、ほんとに?」
「ああ。唯一の娘だぞ。自信持って。」
恭平がポンと明美の肩を叩いた。
それだけで、貰ったエプロンにも親近感がわいてきた。
お母さん…
「料理の練習、しような、明美。」
「ウン。」
恭平の言葉に、明美は力強く頷いた。
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