▼やさしい恋・10題
└1.やさしくできない
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『面倒な会議が長引いた。帰るのが億劫になったから、今夜は会社に泊まることにするよ。』
という電話が、夜の10時過ぎにかかってきた。
こんな時、恭平は受話器を持つ手に無意識の力がこもってしまう。
まだ10時だから帰ってこようと思えば帰れるはずだ。
会社に泊まるということは…。
竹本さんもいるのかな?
「…うん、わかった。」
『明日の夜には帰るよ。』
「…そう。頑張ってね。」
『ああ。じゃあ、また明日。』
「おやすみなさい。」
恭平はできる限り静かに言って、そっと受話器を下ろした。
でも、胸のざわつきは消えない。
「兄貴〜。腹減った…なんか夜食作って。」
半袖にハーフパンツでポケットに手を突っ込んだ良平が、甘えた声を出してリビングへやってきた。
しかし恭平の頭の中はぐるぐると渦巻いていて、とても包丁を持つ気分ではない。
「たまには自分で作れよ。」
「えーっ。兄貴のがいい!」
「やだ。」
「そんな…ガキみてぇに。」
自分のことはしっかりと棚の上である。
良平はがっくりと肩を落とし、ブーブー言いながら台所に行き冷蔵庫を開けた。
「しょうがねぇなぁ…ご機嫌の悪いお兄様のために俺自らが何か作ってあげますよー。」
「…。」
良平は冷蔵庫の中を覗いたまま言う。
「眉間に皺、寄ってるよ。」
言われてはっとした。
慌てて額を手で押さえる。
竹本さんとのことは、もう気にしないと心に決めたばかりだったのに。
ましてや孝平は竹本のことなど一言も言わなかった。
勝手な憶測。
そのせいで嫉妬して、関係のない良平にまで軽く八つ当たりしてしまった。
こんな些細なことでやさしくできなくなるなんて、自分はなんて惨めでちっぽけなんだろう…
なんて、自己嫌悪。
「良…、良平。」
「うん、何?」
「やっぱり俺が作ってあげる。何が食べたい?」
「おっ♪そう来なくっちゃ!えっとねー…」
良平は両手を上げて嬉しそうに笑った。
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