▼やさしい恋・10題
└3.守る視線
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「ただいま。」
仕事を終えて帰宅すると、いつも玄関まで迎えに来る恭平が来ない。
忙しくしている時もあるのであまり気にせずリビングへと行くと、台所には聡平が立っていた。
「あ。お帰り。」
フライパン片手に振り返った彼は、慣れた手つきで具を引っくり返した。
ジューッと焦げる音がする。
どうやら今日の夕飯はチャーハンらしい。
「恭平はどうした?」
「兄貴ね、調子悪そうだったから寝かしといた。部屋にいるよ。」
孝平は、そうかと小さく頷いて、ネクタイを解いて鞄を部屋にしまった。
「夕飯もうすぐできるし、そろそろ起こしてくるか…。」
ぼそりと言った聡平はカチンとコンロの火を止めた。
ちょうどその時孝平が部屋から戻ってきて、台所から出てきた聡平と鉢合わせした。
「あれ、父さん、行ってくれる?」
「ん?何がだい。」
「兄貴。起こしてきて。」
孝平は聡平の独り言など聞いていなかったのだが、ああ、と素直に頷いた。
Yシャツの袖を捲くりながら恭平の部屋へ。
暗かったので明かりをつけると、ベッドに丸まっていた恭平が軽く呻いた。
近付いた先には、もぞもぞと体勢を変えて再び眠りにつこうとする恭平の寝顔があった。
見たところ、顔色は悪くない。
孝平はすぐに声をかけて起こそうと思っていたが、あまりに健やかな寝息を立てているのでしばらくその光景を見守っていた。
恭平の呼吸に合わせて方がゆっくりと上下する。
何度もすぐ隣で見てきた寝顔なのに、何故だか新鮮で。
ずっと見ていたかった。
そんなことを考えていると、リビングで、二階にいる兄弟を呼ぶ聡平の声がした。
部屋のドアを開けたまま入ってきたのでその声が直に聞こえてくる。
その声に、恭平がうっすらと目を開けた。
「ん…?」
目を開けた先に父の顔を見て、恭平は俄かに微笑んだ。
そしてすぐに、自分の寝始めた時には父はまだ帰宅していなかったことを思い出し、慌ててがばっと身を起こす。
孝平は何も言わずに肩を竦めた。
「わわ、父さん!お帰りなさい!」
「ただいま。調子悪いのか。」
「いや…そんなことないよ。でも聡平が気を利かせてくれたから…甘えてみただけだよ。」
恭平が心配させまいと明るく笑って言う。
この調子だとまだ大したことないというのは本当だろう。
「夕飯ができたそうだ。起こしにきたんだが、まさか自分で起きるとはな。」
「…起こしてくれたらよかったのに?」
恭平はベッドから這い出て、孝平のすぐ側に立ち上がった。
布団の中から恭平の微かな香りが鼻を掠めた。
「父さんて、俺の寝顔見てるの好き?…そんな変な顔して寝てるのかなぁ。」
恭平は本気で悩んでいる顔をして、少しだけ頬を赤らめた。
ふと目を覚ますと目の前に孝平が、なんてことは恭平の記憶では珍しいことではなかった。
孝平はふふ、といつもの独特の笑顔をこぼして、答えずに先に部屋を出た。
お前の寝顔を見ていると、なんだか幸せになってくるんだ。
この寝顔を、健やかな寝息を、いつまでもすぐ近くで感じることができたらいい。
だから見つめているだけ。
例え恭平自身が一生気付かなかったとしても。
送り続ける、君を守る視線。
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