▼やさしい恋・10題
└8.告げる指先


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父さんは俺が子供の頃からずっと家にいなかったものだから、その父さんに叱られたことや怒鳴られたことが一度もない。
ましてや叩かれたことや殴られたこともない。
普通一度や二度はあるものなのだろうか…、そんな判断すら俺にはできない。

でもそれと同じくらい、頭を撫でてもらったことや褒めてもらったことも…ない。
本当に一度もないと思う。


だからか知らないけれど…近ごろは妙に、意識してしまう。
父さんの指が、俺の髪を撫でる。俺の頬を触る。体の上を滑る。



ベッドの上で俺のことをコントロールする父さんの指はくすぐったくて心地良い。
でも…それだけじゃない。

近ごろ俺は、父さんがごく普通の生活で見せる指の動きにも、気づかぬ内に見惚れてしまっているような気がする。
ペンを握る、お皿を持ち上げる、入浴後ソファでくつろいでいる時に膝に乗っている、何気ない指先…

ぼんやりとその指の行方を目で追っていると、父さんは、人差し指だけ一本立てて、小さく左右に振った。
はっとして顔をあげる俺。
すると父さんはわかったような顔をして微笑む。

何気ない指の動きが、俺の中で最も印象のある指の動きとリンクする。

「またぼんやりして。今の恭平が何を考えているかあててあげようか。」
リビングで二人きりの時、父さんはこう言った。
一瞬ドキリとしてすぐに、何?と聞いてみた。
父さんは俺の前まで近付いて、そっと俺の唇に人差し指を当てた。
その指は予想外なほど暖かくて。

「明日は会議があって早起きだから、それ以降だな。」
だから何が?
俺はわざと惚けた振りをした。
でもきっと俺の心なんて悔しいくらいお見通しなんだろう。
父さんは微笑んだまま、俺の唇から指を離した。
ほんのりとしたぬくもりが唇の上に残る。
「もう寝なさい。」
父さんは優しく俺の肩を叩いた。

彼の指先が告げている愛とぬくもりをちゃんと感じられるようになったことが、今はとても嬉しい。


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