▼強気受けで10題
└3.わざとわがまま
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ある小春日和の休日、杉野拓巳と佐久間良平は朝から街へ繰り出して映画を見ていた。
見終わった後に軽く昼食を取り、買い物をしてから杉野のアパートへ帰宅する。
新作は映画館でチェックしたがる杉野とそれにつられて映画館の魅力に捕われた良平の、定番のデートコースだ。
先週まで良平が試験を受けていて暇がなかったので、その日は2本立てすることに決めていた。
1本目を見終わり、午後からの2本目のチケットを買おうとしていた、その時。
「おーい、拓巳。拓巳だろ?」
「んぁ。」
ポケットからチェーンに繋がれた財布を取り出した杉野に、話しかけた人物がいた。
二人が声のした方向を向くと、頭上で手を振って道路を渡って来る男が一人。
一瞬目を細めた杉野は、誰だか判別したらしく嬉しそうに声を上げた。
「あーっ!紀雄っ久しぶり!」
「おう。なんだ、映画でも見るの?」
「うん今から本日2本目。」
「へー。お前ほんと好きだな。」
楽しそうに語り合う二人の横で、次第に冷ややかな表情になっていく男が一人。
良平は唇を噛み締めて、フンッと鼻を鳴らして勢いよく二人から視線を逸らした。
杉野が話している間もチケット売り場の列はどんどん前へ進んで行く。
良平は杉野に声をかけずに先へ行った。
高校の時から感じている、このモヤモヤ感。
杉野が自分以外の誰かと楽しそうに話していると落ち着かなくて、自分のわからない話題で笑っていると無性に腹が立ってくる。
わからない話題なんてたくさんあるし、知らない知り合いだって五万といるのに…
良平はイライラを隠そうともせずに列を進み、自分の番までくるとわざと大きな声で言った。
「チケット、2枚!ポップコーンと飲み物つけてください!!」
ガラス越しに座っていた販売員は、気後れした様子で慌てて言った。
「えーと…ポップコーンとドリンクでしたら、館内の専用売り場で取り扱っておりますので、そちらへ行っていただきますか…?」
「ああ、そうっすか。じゃあそうします。」
良平は無駄に偉そうに言って千円札を三枚出した。
ちらりと杉野の方に目をやると、未だに紀雄という男と楽しそうに喋っている。
「…。」
「あの、お客様。チケットです。」
「どうも。」
最後は丁寧に礼を述べて、良平は映画館の入口のところに立った。
良平が買い終わったのに気付いたのか、すぐに杉野は紀雄と手を振って別れた。
爽やかな笑顔の、普通の好青年だった。
「良。ごめんごめん…ありがと。」
杉野は余韻に浸った笑顔でそう言って、チケットを受け取ろうと右手を差し出した。
その手の上へ、良平はぐちゃっと握りつぶした紙切れを乗せた。
「え?何?」
杉野はきょとんとした顔をして、その紙切れを開いた。
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○×□劇場
2005/**/**
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チケット 2枚
合計 3000円
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現金 3000円
お釣り 0円
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つまるところ領収書だ。
「りょ…」
「おごってよ、杉野。」
「えっ?」
「俺、お金なくなっちゃった。おごって?」
良平が少しむすっとした表情のまま、杉野のことを見上げる。
他の人に少しの間でも杉野を取られて、どうにかして注意を引き戻そうとしている仕草。
わざとわがままを言うことでしか、今の自分の気持ちを表現できない。
その仕草だけで杉野は彼が少しだけ機嫌を悪くしていることを察した。
目を丸くしていた杉野は、やがてニヤリと楽しそうに笑った。
「しょーがないなぁ良平ちゃんは。いいよ、ついでにポップコーンと飲み物、買ってあげる。」
優しい杉野の一言に、良平はあんぐりと口を開けて顔を赤らめた。
…幼稚なわがままを言って、ちょっと後悔…
「行こ、良平。」
ポンと優しく押された背中が、妙に痛い。
杉野の優しさと自分のちっぽけさを感じた、小春が胸に痛い良平の一日だった。
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