▼強気受けで10題
└5.怖いことがひとつ


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深夜、突然杉野の家にやってきた良平は、その唇の右端と、左眉の上が青たんになって血が滲んでいた。
杉野は驚いて聞いた。
「なに?!良、どうしたのその顔?」
「…喧嘩したんだよ、喧嘩。久しぶりだったから二発くらっちゃった。」
良平はチッと舌打ちして鞄を部屋の隅に放り投げた。
それから洗面所に行って、水道の蛇口を捻った。
「畜生、あの野郎…。」
ぶつぶつ言っている。
杉野は見ていたテレビから目を離して、良平の側に駆け寄った。

「大丈夫か?」
「どってことねぇよ、あっち行ってろ。」
「そんなわけには。ちょっと見せろ。」
痛そうに顔を歪めた良平の顎を取って、杉野は傷の辺りに顔を近づけた。
「あーあ…切れてる。良平ちゃんの顔に傷が…。」
心底残念そうに言って、杉野は角度を変えてジロジロと見つめた。
良平はしばらく大人しくしていたが、あんまりに近くで見つめられるものだから、ついに恥ずかしくなって杉野から顔を離した。

「ちゃんと洗って。絆創膏持ってくる。」
杉野はそう言い残し、洗面所から出て行った。
体がかっかと興奮していたし、恭平や聡平が余計な心配をするので咄嗟に杉野の家に来てしまった。
杉野も心配しないわけではないが、顔を見るだけでなんとなく安心する。
良平は水道の水で口をゆすいで、顔を洗った。


「祐也と一緒にいたんだけど。ちょっと目を離した隙に、あいつ高校生に絡まれやがって。どんくさいからさ。」
良平は杉野に絆創膏を貼ってもらいながらことの事情を説明した。
どうやらその絡まれていた喜多祐也を助けるために、三人組に突っ込んでいったのだと。
「三対一?こわ…。」
「しょーがねぇじゃん。祐也見捨てらんないし。」
「警察呼ぶとかさぁ?」
「待ってるより突っ込んだ方が早いだろ。事実2分程で逃げたし。」
「誰が?」
「もちろん俺らだよ。とりあえず祐也を家に送って、それから…ここに来た。」
「ふぅん。」
杉野は鼻で相槌を打ち、良平の顔に絆創膏をぺたっと貼り付けた。
「いてっ!いてぇよ杉野!」
良平は叫んでから、口を開けると右の傷が痛んだのですぐに黙った。
杉野はそっと良平の手を取って、ぎゅっと握った。

「…な、なんだよ。」
「なんとなく。」
「…変な奴。」
だが良平は、その手を振り解かなかった。

喧嘩が強くて態度もでかくてわがまま言いたい放題で。
そんな良平にも怖いことがひとつだけあることを、杉野はよくわかっていた。
そのためならば今日のように不利な喧嘩も厭わないし、簡単に、自分の身を削っていくだろうと杉野は思う。

「なあ。」
「ん?」
良平が静かな口調で言った。
喧嘩をして高ぶっていた感情が、少しは落ち着いたらしい。
杉野の眼差しを真っ向から受け止めて、それをじっと見返した。
「今日、泊まってっていい?」
「いいよ。」
杉野は即答し、その唇に軽くキスをした。

「…血の味がする。」
「えっ。ごめん。」
「ううん、いいよ別に。良平が頑張った証だから。俺はそんな良平が好き。」

杉野は笑って、もう一度唇を合わせた。
今度は少し長く。

君の周りからもう誰もいなくならないように、できる限りのことをしよう。


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