▼強気受けで10題
└8.そうでもしないと、あの人は
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同じクラスの杉野くんが、後輩と付き合い始めたらしいと聞いたのは高校3年の梅雨の季節だった。
とは言っても私は杉野くんとはほとんど話したことはないから、杉野くんの相手がどんな人なのか、私には知る術もなかった。
ただ、その噂を聞いた時に少しだけ胸が締め付けられたような気がして、苦しかった。
私は杉野くんに憧れていたんだ。
その時初めて気がついた。
同じ頃、杉野くんが新しく入ってきた1年生の男の子と一緒に帰っていく姿をよく見るようになった。
キリッとした眉にクリッとした瞳がなんとなく印象に残る、かわいいけど少し不良っぽい子だった。
あの子なら何か知っているかもしれない。
そう思った私は、廊下で彼に擦れ違った時に声をかけた。
奥手な私には考えられないほど大胆な手であったのに、あの時はそれほど気にはならなかった。
振り向いた彼の、日に焼けた肌が印象的。
「あの…いきなりでごめんなさい。私3年C組の学級委員をやってる者で。」
こともあろうに、私は咄嗟に嘘をついた。
学級委員なんて、生まれてこの方やったことがない。
「君、杉野くんと友達だよね?」
「友達?いや…ただの後輩ですよ。」
彼は丁寧な言葉遣いで遠慮がちに答えた。
「あ…そっか。後輩か。」
「はい。杉野先輩がどうかしたんですか?」
「あっううん、どうもしないよ。ただ…何か知ってたら教えて欲しいなぁと思って…。」
「何をですか?」
「杉野くんの、彼女について……。」
言ってから、私はなんて馬鹿なんだろうと軽く落ち込んだ。
なんて馬鹿な質問。
初対面の相手にこんなことを聞かれて、この少年もさぞかし困惑しているだろう。
だがしかし、私の心配とは裏腹に彼は楽しそうに笑みを零した。
その笑顔がとっても意味深で、私は思わず身を乗り出した。
「何か…知ってる?」
「んー。いいえ、何も知りませんよ。」
そう言った彼からは笑顔が消えない。
何も知らないなんてきっと嘘なんだろうな。
わかっていてもそれ以上聞けず、私は急にいつもの私に戻ってしまった。
大胆だった私は一転して消極的に。
「そっか…ならいいや。ごめんね、ありがとう。」
私は早くその場から離れたくなって、早口にお礼を言って立ち去ろうとした。
すると、その少年が。
「先輩!あの人のこと、好きなんですか?」
「……はぁ?えっ、えっ…まさか。違うよ。」
いきなり核心を付かれて焦りまくった私は、一目で嘘とわかる誤魔化し方をする。
彼は私の返答を気にもかけずにそのままの笑顔で答えた。
「杉野先輩はさ、馬鹿みたいに強気の正直者が好きらしいですよ。」
「…?」
「だからあの人に告白する時は小細工せずに真正面からぶつかっていったほうがいいと思います。」
「そ、そう。」
「はい。そうでもしないと、あの人は堕ちません。頑張ってください!」
不思議な子。
私の何を知っているというんだろう。
会ったのも話したのも初めてなはずなのに、私の気にしている核心を真正面から衝いてきた。
真正面から気持ちを話すのが、何よりも苦手なんだ私は。
でも…
きっと彼の言うことは当たっている。
そうでもしないと杉野くんは振り向いてくれない。
できたとしても振り向いてくれるかどうかなんて、わからないのに。
杉野くんの相手がわからないまま、私は高校を卒業した。
彼を振り向かせた相手を一度でもいいから見てみたかった。
見れる自分になりたかった。
いつの日か、自分に自信の持てる人になろう。
好きな人を真正面から見つめることのできる人間に。
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