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└01:優しい唇


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「父さん、どうしたの?疲れた?」
孝平は自室の机の前に座って目頭を押さえていたが、かけられた声に応じてゆっくりと目を開けた。
顔を上げると心配そうな長男の顔が。
孝平は肩をすくめて椅子の後ろへ背を預けた。

「ああ、少し眠い。」
「無理するからだよ。」
「ふふ。」

孝平は自嘲気味に笑った。
確かに、その通りだ。

「少し寝たら。」
「うん…そうだな。」
孝平は素直に頷くものの、すぐには机の上の印刷物から目を離さない。
背もたれに体を預けて肘を突き、考え込むように手を顎にあてていた。
上の空で会話をしている父に顔をしかめて、机の反対側から恭平が腕を伸ばした。
孝平の目線の先からさっと資料を奪い取る。
あ、と孝平が顔をあげた。

「…何をするのかな、恭平くんは。」
「ベッドに行くまで返してあげない。」
「こら。そんないたずらに構っている時間は…」
「少しでも寝て。10分でもいいから。」
「…。」

こういう時の恭平は、びっくりするほど愛に似ている。
怒ったような表情といい、まっすぐに見つめて非難してくるまなざしといい。
孝平は諦めて溜め息をついた。
「わかったよ、少し眠ろう。」
椅子から立上がり、シャツを脱ぐ。
パジャマを羽織ってボタンを締め、ベルトへ手を掛けたところで、ふと恭平の方へ振り向いた。

「恭平。」
「えっ?」
「いつまで見てるんだい。悪いが今日はそんな元気はないぞ。」
「…えっ。そっ。ちがっ…」

慌てた恭平は意味不明なことを口走り、逃げるように机の影に身を隠した。
…何もそこまで動揺しなくても、と孝平はしばし呆然とし、くすっと笑みを零してベルトを外した。


着替え終わった孝平が背を向けて隠れていた恭平の肩を叩く。
そろりと振り向いた恭平の頬にはまだ赤みが残っていて。
孝平はさも楽しそうにニヤついた。
「恭平の言う通り少し寝るから、その書類を返しなさい。」
恭平は素直に持っていたA4サイズの紙を孝平に返した。
それを受け取って元の場所へ重ね、孝平は欠伸をした。
卓上時計を取って、約1時間後に目覚ましをセットする。
恭平は自分の腕時計を見た。
夜の10時13分だった。


「電気、消すよ。」
「ああ。」
布団の中に潜り込んだ孝平に、恭平が声をかけた。
パチンと音がして、淡いオレンジの豆電球の明かりだけが室内を照らした。

恭平が部屋を出て行く。
孝平は目を閉じて……

すぐに開けた。

「…恭平?」

すぐそばに恭平が立っていた。
部屋を出て行ったと感じたのは気のせいだったらしい。

豆電球が恭平の全身に影を落としているためその表情は定かではない。
やがて遠慮がちな動きで恭平がベッドに手をついた。

近付くにつれ、その輪郭がはっきりと見えるようになる。
唇が揺れた。

「…キスしていい?」

真顔でそんなことを言うものだから孝平は一瞬戸惑った。
暗いというのがよくないな、恭平の意図がうまく汲み取れない。
「どうした。何かあったのか?」
「ううん…何も。」
鼻と鼻が触れそうになるまで近付いたところで、恭平の視線が瞳から唇の辺りへ移った。
たったそれだけの仕草がとても魅惑的で。

孝平は、恭平が目を閉じて、唇に自分のそれを重ねるまでを見届けた。
ふわりと舞い降りた花が優しく撫でるように、柔らかい体温が宿る。

孝平は目を閉じて、布団から恭平と反対側の腕を出してそっとその頬に触れた。
形を確かめて、少し離れて見つめ合い、角度を変えてまた触れた。

何度か触れるだけのキスを繰り返すと、恭平は腕を伸ばして孝平の頭を抱え込んだ。

もっと長く、もっと深く。

触れていたい。


いつの間にか二人の舌は絡み合い、互いの唾液が時折妖しく糸を引いた。

今日の恭平は諦めが悪い。

孝平は心の中で苦笑した。
その瞬間に恭平が、ふ…っと息を零して孝平から離れた。
すぐに目が合う。


「…よかったかな。」
「…うん。」

恭平は、目を細めて嬉しそうに微笑んだ。


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