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└03:愛しい背中
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「太った。」
「ぅん?」
朝、ベーコンと一緒に焼いた目玉焼きをつついていた杉野拓巳はきょとんとした顔を隣りの恋人に向けた。
佐久間良平は箸の先を唇で挟んで杉野を覗き込むように見つめていた。
突然の発言にきょとんとして杉野は聞き返す。
「太った?」
「ああ。」
「…そうかなぁ。俺には変わったようには見えねぇけど。」
「違う!俺じゃなくてお前。太っただろ。」
「………は?」
ビシッと向けられた人差し指に目を寄せて、杉野は顔を歪ませた。
おれ?
「…そう?」
「うん。なんか前より顔が丸いっ。」
「ぅぐっ。そっそうかなあ。」
杉野は箸を置き、いじいじと人差し指を合わせた。
そういえば最近あんまり運動してないけど…。
「昨日からなんか重てぇなって思ってたんだよ。それは俺が衰えたんじゃなくてお前が太ったんだっ!」
「太った太った連呼すんな…傷つく。」
「よし、今から体重計に乗ろう。今すぐに。」
言うや否や良平は立上がり、風呂場から体重計を運んで来る。
杉野は肩をすくめて後退りした。
「馬鹿言え食事中に計ったら増えてるに決まってるよ!」
「いーからいーから言い訳すんなや。」
「おいっ良平っ。」
「早く早く。杉野ッ早くッ。」
…。
なんか嬉しそうじゃないの良平ちゃん…。
杉野が見る限り、良平は明らかに楽しそうに目を輝かせていた。
…小悪魔めっ。
「じゃあ…もし増えてなかったら今日一日言うこと聞くんだぞ。」
「え?」
「レンタル屋に行ってホラー映画借りてくるんだぞ。それから昆虫館に行って虫と戯れるんだぞ。」
「…はっ、なんだよ、それ!」
若干青い顔をして良平が怖じ気付いた。
しかしそれも束の間、強気の二文字が現れる。
「おーしっ。いーぞなんでもやってやる!その代わり逆の時は覚悟しろよっ。」
「…わかったよ。」
「言ったな。俺の感じた触感に間違いはねぇんだ。早く乗れッ!」
良平が嬉々として床をバンバン叩くので杉野は渋々立ち上がった。
右足から、体重計に足を乗せる。
二人して電子表示を覗き込んだ。
3 Kg 増 。
目が点。
「んぎゃっ!」
次いで驚きの余りひっくり返った声で叫ぶ杉野青年。
「ふ…増えてるっ!」
「ぎゃははは!やっぱなやっぱな!朝飯食っただけじゃ3キロはねーよ。増ーえてる♪増ーえてる♪」
「歌うなっ!」
「おーでぶ。おでぶ♪」
「…ッ!!」
腹立たしくも情けなく、杉野は恨めしげに良平を見て黙った。
くっそー!
「おっさん化の始まりだな杉野♪」
「嫌だ!おっさんとか言うなっ!」
「顔に出ちゃあな、終わりだよ。腹は大丈夫?」
「…ってオイめくるな!触るなっ見るなっ」
「えぇ〜?せっかく俺が触って確かめてやろうとゆーのにィ。」
「邪気を感じるからヤメナサイッ!」
杉野は必死になって良平の手から服を押さえて逃げ出した。
すかさず運動神経全開で追いかけ回す良平。
良平に対して本気になれない杉野はすぐに降参した。
「わーん!もうやめてっ。ごめんなさいごめんなさいっ!」
何をどう暴れたのか、いつの間にか俯せに潰れた杉野の上に馬乗りになっていた良平は肩で息をしながら満足そうに笑った。
せっかく洗濯してあった服に着替えたのに、良平に引っ張られたり自分で押さえたりであっという間にしわくちゃだ。
「へへん。降参?」
「降参ッ。参った!だから脱がさないでッ!」
「わかりゃいーんだわかりゃ。」
そろそろ論点のずれてることに気付いてもいい頃だが、互いに必死でその点は既にどうでもよくなっている。
攻守の逆転した杉野が良平の下でがくりとうなだれた。
「油断だった…まさか増えているとは。」
「俺に内緒でなんかいいもん食ってんだろ。」
「まさかっ。週に何回良平と夕飯食べてると思ってんのッ。」
「ふむ…。じゃあなんでだ?単なる運動不足か?」
「否めない…」
「ストレス?」
「それはない。」
「じゃ食い過ぎ?」
「良平ちゃんを…」
「馬・鹿・か。」
ゲシッと背中を踏んずけて、良平が杉野の上に胡座をかいた。
ぐへ、と杉野が顔を歪める。
「つーか良平、重ッ!」
「お前よりは軽いよ。背もないし。」
「……痩せよ……」
もう二の句も出ない。
杉野はばたりと倒れ込んで動かなくなった。
良平が少し不安になってその顔を覗き込む。
言い過ぎたかな?
杉野はいじけてダイエット方法をぶつぶつと考察している。
太ったおっさん呼ばわりされたのがよほど気になったらしい。
毎日腹筋して背筋して…あ、ジョギングもいいなあ…あ、ジムにでも通おうかな……ぶつぶつ。
それをしばらく観察していた良平は、ふっと吹き出して杉野の背中に額を押しつけるようにして蹲った。
「うわっ…動くな、苦しい。」
潰された杉野が悲惨な声を上げる。
「ばーか。」
「へ?」
良平の声が小さくて、杉野は首だけどうにか背に向けようとしたが、体勢的にとても無理があった。
仕方なく途中で止まる。
「良平?」
「大丈夫だよ。」
「何が?」
「おっさんになっても、ちょっとくらい太っても。お前はお前に変わりないんだから。」
「…うん。」
ってかおっさん言うな、と杉野は思ったが黙っていた。
良平は突然、杉野の背後から抱き付いた。
肩に顎をかけ、その首筋に唇を押しつけた。
「…!?」
思わず赤面して動きを止める杉野拓巳。
良平は構わず杉野のうなじに顔を埋めた。
自分より大きくて頼もしい背中から手を回し……
羽交い締めっ!
「あぃたぁっ!!!」
「スキありぃ!」
きゃはは、と楽しそうな良平の笑い声が、部屋の窓から高い空へと響いた。
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