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└07:綺麗な人
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一目惚れだった。
いつもは人を見掛けでなんか判断しないのに。
ましてや電車の中でたまたま隣になっただけの人に心を奪われるなんてことはないのに。
私は、呼吸をするより早く、まばたきをするくらいの一瞬で、恋に墜ちたことを知った。
群を抜いて格好いい顔をしていたわけでもないし、お洒落な服を着ていたわけでもないし、甘い香りがしたわけでもない。
電車男のドラマのように女の人を痴漢から救うという度胸のある男らしさを見せたわけでもない。
強いて言えば彼の横顔が、その時好きだった映画の中の俳優に似ていたくらいで。
彼は静かに、座って本を読んでいた。
車内の人口密度は、空席がちらほら見えるほど希薄だった。
ゆとりのある中、私は彼の隣に座っていた。
たまたまだ。前の駅で、たくさんの人が降りたから。
話しかけようかな、と思った。
すると、途端に心臓がバクバクしてきた。
手に汗を握るほど緊張してきた。
口が動かない。声の出し方を忘れたみたいだった。
…落ち着こうと、俯いた。
次は…○○…○○です
お降りの方はお手回り品お確かめの上…
アナウンスがかかると、彼は手元から顔を上げて、しおりを挟んで本を閉じた。
あ、降りるのかな……
不意に、後をついて行きたい衝動に駆られた。
どこへ行くのだろう?家に帰るのだろうか……
「片平さん?」
声を掛けられた。
誰の声かわからないけど、俯いていた顔を上げてキョロキョロと見渡した。
こんなことをしているうちに、隣の彼は電車を降りる準備を……
「やっぱり片平さんだ。」
と言って隣の彼は微笑んだ。
「え?」
思考回路が止まる。
と共に、心臓の脈うちは思い出したように高まって、目が回りそうだった。
誰?誰なの?
知り合いだったの?
彼は、その整った顔を綻ばせて喜んでいるように見えた。
本を鞄にしまいながら言った。
「覚えてないかな。同じ学科なんだけど。」
「…。」
ごめん、と言おうとしたけど、やっぱり喉が渇いて声が出なかった。
脳内はフル回転してるけど、この人の顔は見たことがないように思う。出会っていたらもっと早くに恋に墜ちていたはずだ……
ぐるぐると考えているうちに、電車が速度を落とした。
彼は降りてしまうだろう。
「俺、次で降りるんだ。もっと早く気付けばよかったな。」
ごめん、それは私の方で。
「じゃあ、また明日、学校でね。」
彼は立ち上がった。
急に一人になった気がした。
「ま、待って…!」
絞り出したら予想外なほど大きな声になって、彼を呼び止めた。
電車が止まる。彼が振り向く。
「あたし、片平美咲って言うの。貴方のこと覚えてなくてごめんなさい!!人数が多くて未だに半分も覚えてないと思うの…名前を教えてくれる?今度は忘れないから!」
一気にまくしたてた。
彼は口元に軽く手を当てて、柔らかく笑った。
鞄を持ち直して、頭を掻いた。
「佐久間恭平だよ。よろしくね。」
音を立てて電車が止まった。扉が開いて、外で待っていた人が乗り込んで来る。
さよならの挨拶も言えずに、彼は慌てて踵を返して外に出た。
片足をひょこっと引きずるような、独特の歩調だった。
アナウンスと同時に扉が締まり、私は車内に取り残された気分になった。
佐久間、恭平…
口の中で呟いて、窓から見える彼の頭の後ろを見つめる。すると彼はくるりと振り向いて、手を振った。
電車が発車した。
音もなく。
私は呆然と立ち尽くし、手を振り返すのを忘れてた。
それを思い出したのは次の駅で。
反省すると同時に、次の日学校に行くのが楽しみになった。
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