▼type-C
└1:秘密


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ある晴れた日の昼下がり。
聡平は珍しく気が乗らないと、授業をさぼって家にいた。
台所では兄の恭平がいつものエプロンを付けて立っていた。スパゲティの麺を茹でている。
二人分の昼飯にすりつもりだった。

するとそこへ、インターホンを鳴らす者が現れた。
また何かの勧誘かな、と思いながら恭平が火を止め、エプロンで手を拭きながら受話器を取った。

「はい?」
『進です!こんにちは!』

底抜けに明るい青年の声。
恭平は首を傾げた。

「あの…どちら様で?」
『松嶋進です。えっと…松嶋愛の甥にあたる者です。孝平おじさんのお宅ですよね?』
「えっ?」
『七日間、お世話になります!』

意気揚々と玄関口で叫んでいる。
恭平の応答に困惑の影を見て取った聡平が、テレビから目を離して立上がり、玄関口へ近付いた。
「あ…ちょっと待ってくださいね、今ドアを開けます。」
恭平が言うや否や、聡平は鍵を外してドアを押した。
外の光が差し込んでくる。

そこには小さめの旅行鞄を両手で抱えた、高校生くらいの男が立っていた。
背は聡平とそう変わらないか、少し低いくらいの、日に焼けた夏男。
聡平は目を合わせて、軽く会釈をした。彼もペコリと頭を下げる。

「誰?」
「えっと…だから、松嶋進です。」

青年はインターフォン口に出た人物との違和感に戸惑いながら答えた。
パタパタとスリッパを片方だけ引きずって、聡平の後ろから恭平も駆け付けた。
少年の顔を見て、アレ、と思う。
「…すーくん。」
「はいっ!あ、恭平兄さんですか?!」
「…うん。」
「知り合い?兄貴。」
「俺たちの従兄弟…になるんじゃないか。」
「その通りです!あの、孝平おじさんから聞いてませんか?」
「何を?」
聡平が聞き返した。
進はおもむろに鞄から封筒を取り出す。聡平に手渡し、開けるように言った。
ピリッとテープを破いて聡平が中を見る。恭平も覗きこんだ。

“孝平サン、長男のススムです。七日間止めてあげてください。よろしくー。
松嶋純”


読み終えて、聡平が一言。
「止めてって漢字間違ってる。」
「ぶはっ。」
恭平は思わず吹き出した。

「松嶋純は、僕の父です。愛おばさんの弟です。」
進は得意げに言って二人を見た。
恭平と聡平は一旦顔を見合わせて、それからもう一度進を眺めた。
疑われてると思ったのか、進は学生証を取り出す。
「本当です!松嶋進、高校2年生、水泳部レギュラーです!種目はバタフライ!」
声高く張り上げてもまだ有り余る元気さを漲らせて、進が二人を見る。
「何か質問がおありですか?」
恭平が頭を掻いて、口を開く。
いや、ポカンとしていたついでに始めから薄く開いたままではあったのだが。

「あ、いや質問っていうか…」
「なんでも聞いてください。なんでも答えます!!」
「…七日間、うちに泊まるの?」
「はい!」
「それはいいんだけど…」
「はい!よかった、ここまで来て追い返されたらどうしようかと。孝平おじさんは今いらっしゃいますか?」
「いや、会社にいるよ。だけど…」
「そうなんですか!それじゃ…先にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「あ、どうぞ。」
恭平は慌てて進を招き入れてドアを閉めた。聡平が無意識に嘆息する。
それを見て進が言う。
「あなたは…良平兄さんでしょうか?」
「いえ聡平です。よろしく。」
「あ!すいません!」
「いや、双子だから。別にいいよ。」
「ふっ双子!?…あ…そういえばそんなことを聞いたような…」
「まあ上がれば。荷物、持つよ。」
聡平は進から鞄を奪い、先に家の中へ戻っていった。
進は靴を脱ぐのに手間取っている。
恭平はそれを待ち、後に続いた。

聡平は鞄を部屋の隅に置いて振り返った。人の家にあがったことが初めてかの如くキョロキョロしながら入ってきた進を見て、確かに、なんとなく自分たちに似た顔立ちをしているかもしれない、と思った。

「わぁー、いい匂い。」
「におい?」
「はいっ!いい匂いです!」
にっこりと笑う。恭平は首を傾げて、変わった子だなぁと思いつつ、台所に入った。
暗に戦線離脱を表明した兄の背を見やって、聡平は進を見た。
「座っていいよ。」
「あ、いえ…」
「そんなかしこまんなくても。リラックスしてよ。」
「いえっ!ちょっと緊張しちゃって…。聡平兄さん、かっこいいですね。」

「は?」

聡平が大袈裟に顔をしかめて後退りした。恭平は聞こえていないのか、台所で淡々と動いている。
「俺も聡平兄さんみたいになりたいなぁ!」
「あ、そっちね。よかった…」
「え?何がですか?」
「いや…こっちの話。で、」
「はい。」
「何しに来たの?七日間も。」

ここまで来て、進は初めて口を閉じた。今までうるさいくらい進の声で覆い尽くされていた室内に、俄かに静寂が訪れる。
恭平も顔を上げてカウンター越しに進と聡平を見やった。

進は目線を泳がせ、唇を尖らせて、頬を赤らめた。
小さな声でぼそりと。

「それは…秘密です。」


聡平はフラリと目眩を覚えた。
こいつ……
明美以上に厄介、なのかも。

進は頬を赤らめたまま、上目遣いに聡平のことを見ていた…


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