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└2:初恋


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良平は夜の七時頃、鼻歌を吹きながら帰宅した。
玄関に見慣れない靴があるのに気付かず、自分の靴を脱ぎ捨て、中に入る。
「たっだいま〜。兄貴、飯な…」
「お帰りなさい!!」
「わっ?」
良平が驚いて動きを止める。
それもそのはず、台所に立っていたのは恭平ではなく見知らぬ高校生だった。
青年を凝視したまま硬直していると、風呂場から聡平が出てきた。
湯気の立った頭をワシャワシャとタオルで拭く。

「ああ、おかえり、良。」
「な…何こいつ?誰?」
「松嶋進くん。」
「はいっ!初めまして良平兄さん!」
「ススム?誰。」
「母さんの甥だって。」
「は?なんでそんな人がうちにいんの?しかも台所…兄貴は?」
「明美と買い物に出てる。卵買いに行った。」
「あ、そう…。」
進は二人のやり取りを楽しそうに眺めていた。
良平は聡平から大方の説明を聞いた。純からの手紙も見た。
早々に興味が失せたのか、ソファーに寝転んでテレビを見始めた。
急に緊張し出した明美と違って、良平はいつでも良平のままのようだ。良くも悪くもマイペース。
聡平は溜め息をついて進に囁いた。
「許してやって。こういう性格なんだ、悪気はないと思う。」
「はい。噂は聞いてましたから。」
「噂?どんな。」
「かなり不良だって。」
「ぶッはははは!」

突然笑い出した聡平に、良平は不審そうに目をやる。
「なんだよ?」
「いや、なんでも。」
すぐさま真顔で首を振ると、良平はふいっと視線をテレビに戻した。

「不良ねえ。確かに。」
「でも思ったよりそうでもなさそうで安心しました。聡平兄さんとそっくりですし。」
「顔だけはな。」
「声もですよ。かっこいいなあ。」
「…。」
「あ、でも良平兄さんの方がちょっと色っぽいですね。一見不良には見えません。」
「…。」
「あ、でも不良に色っぽいはおかしな言い方ですね。あはは!」
「それ以前の問題じゃねぇの…?」
聡平は呆れたように肩をすくめた。

恭平と明美はそれからしばらくすると帰ってきた。
空腹の限界に達していた良平は噛み付くように恭平に訴えた。
「遅いっ!兄貴メシ!メシ!早く早く!早くメシ!」
「はいはい。あと少しだから。」
「腹減って死ぬ!」
「うるさいよ良平。」
「そうよそうよ。うるさいのよ良ちゃんは。死ぬわけないし。」
「うっせ。黙れ明美!」
「正論だもんね!」
「だからなんだ!」

ぐるるる……

鳴っているのは腹か喉か。
良平と明美はしばらく黙ったまま睨み合って対峙した。
聡平は我関せずで新聞を開く。
恭平は台所で動き回る。
立場のなくなった進は二人の間に割って入った。
「まあまあ、二人とも喧嘩はやめて……」
「外野は黙ってろ!」
「外野は黙ってて!」

「はいぃっ!」

すぐに弾き出された。


五人で夕飯を食べていると、孝平が帰ってきた。明美は残りのおかずを一気に口の中に入れ、ご馳走さま、とそそくさと席を立つ。
孝平が部屋の中に入ってくる。
その、直後だった。


「孝平おじさんっ!お帰りなさい!!」

明美の前を何かが横切った。
それはそのまま、彼女の大嫌いな男の体に飛び上がって抱き付いた。

三人の兄もまた、きょとんとして何が起きたのか把握できない。
孝平自身も驚いて、よろめいた体を支えるために壁に手を突いた。

「…え?」

誰の声だったか。
とにかく、孝平に抱き付いたのは進だった。抱き付いたまま、顔を上げて、甘えるような視線で孝平を見る。

「お久し振りです!進です、覚えてますか?」
「…?」
「松嶋進です!最後に会ったのは、まだ小学生でした!」
「…ああ、純くんのとこの。」
「はいっ!」
進が嬉しそうに頷く。
その傍らで、恭平が不思議な顔をしてその光景を見ていることに孝平は気付いた。
「進くん…重たいよ。大きくなったな。」
「はい、あれから八年と三か月です。孝平おじさんは変わらずお元気そうで安心しました!」
「ああ、うん。それより離れてくれないか。疲れてるんだが。」
「はい!あ、そうですよね。じゃああと五秒だけ…」

「…。」

恭平が無言で目線を下げて、お茶碗に残ったご飯粒を口に入れた。

「なに…こいつ、もしかして。」
良平が震える声で聡平を見る。
「さっき、良のこと色っぽいって言ってたよ。」
聡平も良平と変わらぬ声で答える。良平はヒィッと腕を抱いて身震いした。
明美はキョトンとして、進のことを眺めている。
やがて、孝平から離れた進は、ニッコリ笑って言ったのだった。

「孝平おじさん、僕をお嫁にもらってください!!」


恭平の箸がカランと音を立てて床に落ちた。


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