玩具



 灰皿から吸殻を選り分けて、男はへへっと卑しく笑った。
 揉み消された煙草を伸ばし、形を整えて火を点けようとする。見かねて佐竹はポケットから煙草を取り出し、男に差し出した。
 詫びるように男は笑うが、それにしても下卑た印象は拭えない。
 この男の歩んできた人生の一端を窺うような笑みに、佐竹は苦笑する。
 高校時代、二人で悪さをしてきた仲だ。男……宮田の変貌ぶりに落胆があったことは否定できない。しかし……。

「こんな上等な煙草は久し振りだ」
 宮田は美味そうに煙を深く吸い込む。佐竹は宮田の喫煙が終わるまで黙っていた。
 過去、宮田があれほど振りかざしていた自信は一体どこへ行ってしまったのだろう。貧窮がこの男を変えてしまったのだろうか。
 荒れた生活を思わせるこけた頬や細い首筋、昔の姿からは想像もできないほど卑屈に丸められた背に、佐竹は在りし日の情欲を呼び覚まされるのを感じた。
 フィルタぎりぎりまで灰にし、宮田は煙草を灰皿の中に揉み消した。
「なぁ、今仕事なにしてんだ?」
 佐竹は宮田の左手薬指に光る粗末な指輪を見ていた。それに気付いたのか、宮田はさりげない風を装って右手で指輪を覆った。
「今は……女房に食わせて貰ってるんだが……、金は必ず返すから」
 必ず返すと語気を強めた宮田に、佐竹は苦笑した。
「当てなんて無いんだろ? オマエの絶対は昔から信用ならねぇんだ」
 宮田の身体が萎縮し、目が泳いだ。図星だったのだろう。
「なぁ宮田」
 佐竹は仕事で培ったいやらしい声音で呼びかける。気付けば旧友の親しさは消え、債権者と債務者の関係が作られていた。もちろん、佐竹は意図してそのような絶対的立場を作ったのだが。
「俺のために働く気はないか? それだったら金は返さなくていいし、給料だって出す」
 宮田の顔は一瞬ほころび、しかしすぐに探るような目を向けた。降って湧いたウマイ話に警戒しているのだろう。
「お、俺は何にもできない男だぞ……」
 佐竹の顔色を窺いながらも、宮田はその気になっていた。
「なに、心配ないさ。仕込んでやるよ」
 ニッコリと微笑みながら、佐竹は宮田の心の中へつけ込むような声音で言った。
 大理石のテーブルに額を付けるほど頭を下げ、宮田は感謝の言葉を吐き出し続けた。
 二人は固い握手を交わし、宮田は用意された契約書に拇印を押した。

「それじゃあまず、靴でも舐めてもらおうか」
 さっきまでは共に笑い合っていた佐竹の口からサラリと告げられた言葉に、宮田は絶句した。
「……え?」
「え、じゃなくて。儀式みたいなもんだから」
 ニコニコと笑う佐竹の顔を信じられないという目で宮田は見詰めた。
 早くしろ、という佐竹の声に燃え立つような憎しみを感じながら、宮田は金のためだと床に膝をつけた。その先を踏み切れず、先を促すように揺れる佐竹の靴を見詰めた。
 足を組む佐竹を見上げると、笑っているばかりである。
 宮田は沸き立つ憎悪を、歯を食い縛って耐えた。苦労ばかりかけてきた妻の顔を浮かべ、これは入社のための儀式なのだと割り切った。
 意を結して靴に舌を這わせると、宮田の口内に砂の感触と革のにおいが満ち、瞬間胃が痙攣したのが分かった。
 宮田のひそめる眉と握り締める拳を見て、佐竹は下腹に言い知れぬ熱を感じた。
 宮田の頭を撫で、佐竹はもういいと言った。洗面所の場所を教え、口をゆすいでこいよと気安い口調で言う。宮田は親しげな佐竹の口調にホッとし、洗面所へ向かった。

 戻ってきた宮田に、「じゃあ行こうか」と促し佐竹はさっさと事務所を出た。
 事情の飲み込めない宮田は佐竹に促されるまま車に乗せられる。
 困惑しつつ「どこへ?」と宮田が訊ねると、佐竹は楽しげに仕事場と答えた。
「仕事って……あそこでするんじゃないのか?」
「とりあえず今日は、ね」
「俺、まだ何も教わってないけど……」
「仕込んでやるって言ったろ?」
 微笑む佐竹の言葉に納得して、宮田はそうか、と呟いた。
 高級そうなマンションの一室に連れられ、宮田は落ち着きなく室内を見渡した。
 どう見ても仕事場には見えない部屋は、無駄なものを一切省いた殺風景な部屋だったが、少ない調度品はどれも質の良いものだということは目に明らかだった。
「仕事って一体……」
 宮田は不審気に佐竹を見詰めると、佐竹はそっと宮田の首筋に触れた。
 驚いて身を引いた宮田に、佐竹は冷たいような流し目を送る。宮田は内臓に恐ろしさを感じ、呼吸が乱れた。
「来いよ」
 言われるまま宮田は佐竹の後を追った。


 佐竹は宮田を寝室へ連れて行くと、まず首筋を舐めた。
「なっ! なにしてんだ!」
 抵抗する宮田をきつく抱き締め、暴れるなときつく命じた。
「オマエの身体にどれだけ価値が付くか……オマエ次第だぜ」
 酷薄に笑う佐竹に宮田は沈黙した。俯く宮田の顎を上げ、佐竹は首筋から喉までキスをする。くすぐったいのか怒りのためか、宮田の身体は小刻みに震えていた。
 宮田の首に黒い革のベルトを巻くと、不健康に青白い肌に際立って佐竹はそれだけで欲情を覚えた。高校時代、支配したくて堪らなかった身体が今こうして己の意のままになるのだと思い、佐竹は昂る気持ちを生唾と共に飲み込んだ。
「脱げよ」
 焦っていると思われないように、佐竹はできるだけ落ち着いた声音で命じた。
「……嘘だろ?」
 引き攣った笑みを浮かべながら、宮田は上手く冗談にできないか考えているのだろう。探るように佐竹の目の色を窺っている。
「言ったろう、俺のために働かないかって。
 オマエができないなら奥さんに代わってもらうか?」
 佐竹が心にもないことを言うと、宮田は奥歯を噛み締め、ジャケットを脱いだ。
 震える手で一つ一つワイシャツのボタンを外していく宮田に堪えきれず、佐竹は細い身体をベッドに押し倒した。
 急なことで宮田は咄嗟に抵抗するが、佐竹によって両腕を封じられた時に、はたと自分の置かれている立場を思い出した。しょうがねぇなぁと笑いながら、佐竹は宮田のしてきたネクタイで宮田の両腕を縛り上げた。
 はだけたワイシャツの隙間から覗く乳首に吸い付き舐めあげると、宮田は息を詰めきつく奥歯を噛み締めた。
「上手く鳴けよ、宮田」
 頑なな宮田の様子に笑みを浮かべ、佐竹は無駄な肉の付いていない腹筋を撫でさする。粘着質なやり方で触ると、宮田の腹がビクビクと反応するのが面白くて佐竹は舌先を這わせた。不揃いな息を吐く宮田に佐竹は抑えきれない情欲を感じていた。
 佐竹は着たままだったジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくると宮田のスラックスのベルトを外し下着と一緒に脱がせた。
 あらわになった宮田のものを佐竹は躊躇なく口に含む。宮田は一瞬身を竦ませて、拘束された両腕で顔を隠した。佐竹は亀頭を舌で嬲りながら、立ちきらぬ竿の部分を扱いた。
 奥歯を噛み締める宮田の鼻から甘い息が漏れ、佐竹は満足気に口淫を続ける。
 次第に硬さを増していくものから口を離し、佐竹は宮田の足をM字に開かせた。
 急に口淫を止められ、足を開かされたことに宮田は不審がって佐竹を見た。今にも達しそうな所を放り出されて、内心焦りがあった。
 佐竹は宮田の情欲に濡れる目に満足し、用意していたローションで宮田の窄まりを濡らした。入口付近をなぞるように撫で、ローションに濡れる指を一本差し込む。
「ひっ…あぁっ!」
 宮田は殺しきれなかった小さな悲鳴を上げ窄まりをキュッと締め付けた。
 佐竹は宮田が苦しまないようにと丹念にそこを解していくが、その緩慢なやり方が宮田にとっては地獄だった。
「も…っ、やめ……」
 苦痛に声を震わす宮田の太ももに口付けし、佐竹は探るように指を動かした。ある部分を掠めたとき、宮田の身体がびくりと跳ねた。
「はぁっ! …止めろ、離せ……っうぁ」
 感じたことのない刺激に宮田は恐怖していた。身体を捩り、後腔から這い上がってくる刺激をかわそうともがいた。
 佐竹は暴れる宮田を押さえつけ、指をもう一本差し込んだ。しつこくそこを擦り続けると、宮田は全身を快楽のために震わせ、甘くないた。
 宮田のものは再び硬さを取り戻し、内部からの刺激によってたらたらと先走りを零していた。佐竹はそこを扱きながら、宮田の耳元へ囁いた。
「後ろいじられてお漏らしなんて……すけべだなぁ宮田は」
 佐竹のえげつない言葉に感じるのか、佐竹の手の内で宮田のものはびくびくと硬さを増した。今にも達しそうなそこをきつく握ると、宮田は切なげに佐竹の名を呼んだ。
 宮田に名を呼ばれ、佐竹はこれ以上の我慢は無理だと悟った。宮田の両腕を戒めるネクタイを外し、目の端に溜まる涙を拭ってやった。
「いくぞ」
 低く囁いて、佐竹は宮田の熱い窄まりに自らのものを埋め込んでいった。
「んんっ! いっ痛い…抜け佐竹っ…」
 苦しげに眉を寄せる宮田に、佐竹は股間が熱くなるのを感じた。ローションの滑りを借りても容易ではない挿入を半ば無理やり行って、宮田は苦しげに悲鳴を上げた。
 仰け反る宮田の喉に口付け、両腕を肩の後ろに回させる。佐竹に取り縋るようになった宮田はすぐには動かなかった佐竹にボンヤリした目を向ける。
「キスしていい?」
 額に汗を浮かべながら不敵に笑って自分を気遣うような佐竹に、宮田はなんだか分からなくなっていた。頷くと佐竹は触れるだけのキスをして、ゆっくりと腰を使いはじめた。
 無茶な抽挿はしないものの、元々受け入れる器官ではないそこは引き攣れるように宮田を苦しめた。
「力抜け……宮田」
 切羽詰った状態で自由にならず、佐竹は苦しげに息を吐いた。宮田もこの状態から逃れようと息を吐くが、身体は緊張したまま思うように力を抜くことができなかった。
 佐竹は深く息を吐くと、萎えかけていた宮田のものをゆるゆると扱き出した。
「あぁ…っ!」
 急な性器からの快楽に宮田は震えた。後腔を穿つ苦痛が前からの快楽と合わさって、宮田の腰に妙な疼きが走った。
 高い悲鳴を上げて佐竹に縋りつく宮田を見下ろし、佐竹は乾いていた唇を舐めた。突き上げを早くし、中を深くえぐり宮田を絶頂まで追い詰めていく。
 二人は獣のような息を吐きながら、共に果てを迎えた。


 やわらかなダブルベッドの上で、宮田はうつろな目をしていた。初めて与えられた快楽に流され、絶頂を迎えてしまったことを今更後悔していた。
 左手薬指で鈍く輝く指輪が、宮田の心を落ち着かなくさせた。
「逃げるなよ」
 隣に横たわる佐竹が宮田の顔も見ず言った。
「逃げなければ、煙草代に困るようなことはないぜ」
 佐竹は茶化すように笑い、宮田の首に巻きついたままの首輪を外した。
「毎日来いとは言わんさ。……だが俺が呼んだときは必ず来いよ」
 宮田の手に首輪を握らせ「それを持ってな」と佐竹は念を押した。
 薄っすらと赤味が残る宮田の首筋にキスをして、佐竹は宮田を抱き締めるようにして眠った。
 宮田が男のオモチャになった、初めての夜だった。



(05.4.11)
置場