ビデオ鑑賞会



 テレビを眺めている。三角座りで眺めている。画面の中では四つん這いの男がケツをぱこぱこ犯されながら呻いている。というか喘いでいる。というか絵面が汚ぇ。なんだこの汚さは。スネ毛対スネ毛、ちんぽ対ちんぽ。ありえねぇだろ。四つん這いにされている男が汚ぇ顔でちんぽを咥えながらゴリゴリに犯されている。ありえねぇだろ。俺なわけだが。
 ふと自分が出演したビデオを観てみようと思い立ったのがそもそもの間違いだった。家主が大人の付き合いで不在という暇さもいけなかった。魔が差したとはこのことだ。金欲しさで出演したビデオであったが、どうやら俺は脳内で三割増記憶を美しく塗り替えていたようだ。現実は、薄汚い。なんというか相当汚い。こんなんでマスかけんのか? いや、というか販売していいのか? 人気あるんだっけ? 片桐人気で。よしならば片桐に大注目してみよう。あと音消して観よう。消音。にした途端妙な居た堪れなさが生まれたので音を戻す。何故だ。音声も大概汚いのに無いとなると落ち着かない。オッサンの言葉責めやピチャピチャ音、俺の色気のない喘ぎ声などが相まって汚いものが汚いものとして成立する据わりの良さがある。誤魔化しのない汚さとでもいうのだろうか。混じりっけなしの汚さ、純正の汚さがそこに在るように思う。これは汚さ追求のビデオだったのか? 違うだろ。
 画面にチラチラ映る片桐はといえば、ゴーグルをしているにも係わらずシュッとしている。頬から顎にかけて、鼻筋の通った横顔なんかはイケメンっぷりが途方もない。そら人気でるわ。薄汚さの中にあっては片桐の小奇麗さは清涼剤と呼ぶにふさわしいだろう。そんな小奇麗な清涼剤も今キャバクラなんかに行っているんだろうけども。
 いいなキャバクラ。キャバクラ接待とか超うらやましい。キャバい女の子がにこにこしながらお酒注いでくれちゃったりして。つまんない話にもやだー面白ーいとか言ってくれちゃったりして。いいな。お店だったらそういう子も優しくしてくれるんだろう。お店以外では俺みたいな金もない花もない借金だけあるクズは相手にもしてくれんしな。舌打ちとかされる。自分だって普段着スウェットのくせにウゼェとか言う。あーやだやだ片桐相手だったらオンもオフも変わらずギラッとするんだろうに。……俺は何故いま架空のキャバ嬢に憤慨したのだろうか。嫉妬? まさか。嫉妬。そうなのか。モテ男片桐に対する止め処ない嫉妬。うん。そういうことにしておこう。
 ビデオが終わったので別に撮ったもう一枚に入れ替える。路上を歩いている俺がワンボックスカーに拉致されてエロいことされるという内容のビデオだ。拉致なんて実際あったとしてもリンチかタコ部屋送りかマグロ漁船に乗せられるかのどっちかしかなかろうと思っていたが、まさかフィクションで経験するとは思いもしなかった。沈められるのに比べたら輪姦なんて平和的なものだ。と、思えるのはフィクションの輪姦しか経験したことがないからだろう。
 画面の中では俺らが揃って学芸会レベルの寸劇を演じている。やめてください、なんなんですか。半笑いで言っておる。これはいかんな。発売していいのかよ。
 玄関先から鍵を開ける音が聞こえてくる。片桐だろうか。思っていたより早い。とりあえず、玄関に向かっておかえりと叫んでおく。
「おー、……なに観てんの?」
 玄関からリビングへ直行してきた片桐はアルコールのためか力なくみえた。
「魔が差したっていうか……、ていうかキャバっすか?」
「なにが?」
「接待」
「違うよ」
「どこっすか? キャバっすか?」
「キャバじゃないお酒飲めるとこ」
「なんでキャバ行かんのですか?」
「なんでキャバにこだわんだよ」
「行きたいから! ですけど!」
『やめっ…、やっ! あっ、ぐっ』
「行けよ勝手に」
「金が! ないんですけど!」
「貯めろよ」
「人の金で行きたい!」
「知るかよ」
『あっあっあっあっ、ああぁっ!』
「うるせぇ」
 画面の中の俺がうるさい。テレビを消す。
「いいよ点けとけよ」
 片桐がテレビを点ける。
『あ! そこっ! そこっ…、あぁっ』
 うるせぇ。ていうか絵面が汚ぇ。
「キャバとか楽しいか?」
「楽しいとか楽しくないとかじゃなくて、俺キャバい子大好き」
「へー……」
「そら相手にはされませんけど」
「だろうねぇ」
 だろうね、とはどういうことだ。そういうことか。キャバ嬢に相手にされないことを納得される俺ってことか。たとえ話しをしてもらってもいい人止まりで終わってしまう俺ってことか。
『ふぐっ、う、んぅ…ん、ん』
 ちんぽを咥えておる。ねっとりとアナルを犯されながらちんぽを咥えておる。ゴーグルをした片桐はちんぽを咥えさせながらも俺の乳首を擦っている。うーん、器用ですね。さすがの手腕といったところですか。ていうか。
「……これ画面汚すぎじゃないっすか」
「そう? こんなもんだよ」
「絵面が。売っていいんすかこんな絵面で」
「大体こんなもんだよ」
 マジか。この劣情を催さない画面の汚さは特異なものかと思ったが、そうではないのか。なんだ。俺ってまだノンケなんじゃん。ノンケ? ノンケだよなぁ。画面の中ではあんあん言っているけども。実際気持ちよかったけども。えー、ノンケ? だよなぁ。えー?
「俺って博愛主義かも」
「快楽主義なんじゃん?」
「ちょっと主義とかよく分かんない」
「自分で言い出したんだろ」
「あー」
『あっあっあっあっ!』
 うーん……座位だ。背中を抱かれながらガツガツに掘られている。いいっ! とか言っている。うーん……、良かったですけども。それはハイになってたからとかそういう、いや、俺普通に男とやれるしな。男とっていうか片桐と? なら、いいよ? みたいな。いいよ、とか言う立場だったか俺?
 二人隣り合ってテレビを眺める。犯してる人、犯されてる人で黙って眺める。なんなんだこの状況は。片桐はソファに肘をついててのひらに頭を乗せたまま遠目に画面を眺めている。
「まぁ、俺もどうかと思うよ」
「え?」
「これ販売するの」
「ああ、汚いっすもんね」
「いやいや、ていうより、俺とおまえが一緒に住んでるのってみんな知ってんじゃん」
「あー、ですね」
「俺が、これを抱いてるってみんな思うわけじゃん」
 これと言って指さされた画面上の俺はアホ面晒して涎をたらしていた。
「まぁ、抱いてますわな」
「きっついよな、正直。プライベート晒してるわけだし」
「プライベート……」
「でしょうよ、お布団の中のことなわけですし」
「でも普段こんなんじゃな」
 いじゃないですか、とか言うのもなんか、なんだ、変だな。なるほどこれがプライベートの恥ずかしさというやつか。テレビの中ではお金欲しさにあんあん言ってる俺がいる。プライベートじゃ俺も片桐もビデオとは違うし、けれどビデオ上でプライベートの断片が顔を覗かせてるのも間違いではないし、つまりこのビデオは俺が思っていた以上に恥ずかしい代物であることは間違いないわけである。
「なんか……軽く勃起してんすけど俺」
 自分主演のAV観て勃起って俺は変態なんでしょうかね? と問うと片桐は片眉を上げる。
「欲求不満じゃね?」
「そうなんですかね?」
「俺風呂入ってくるわ」
「えっ、ちょ、えっ」
 片桐は風呂へ行ってしまった。これはこの後待ってろよゲヘヘ的なそれなのか、それとも一人でシコってろ的なあれなのか、甘勃起した俺に判断力はない。とりあえず冷水など浴びて冷静になるのが先決かな。とかなんとか。苦しいか。冷静じゃないんだからわけ分かんないこともしでかすだろうだろうさ。風呂場へ向かう。



(10.3.21)
置場