寝起きドッキリ



 夢の中でも悪寒がしたのだ。目覚めると隣で寝そべった片桐が腕をついた手のひらに頭を乗せてこちらを窺っていた。
「おはよう」
「あ……、はよう……す」
 まばたきを三回する間に片桐が何事か言葉を発することはなかった。なんだ。なんなんだこの空気は。
「寝過ごしましたかね、俺」
「今日土曜日だよ」
「あ、じゃあ」
 別に早起きする必要もなく起こされる必要もないわけか。起こされたわけではないのか? 普段の片桐の起こし方といえば頬を思いっきり突いてくるとか、まぶたを無理矢理開いて眼球に息を吹きかけるとかそういう痛覚に訴えかけるものだ。今日みたいに威圧感で起こす方法というのは初めてだ。
「寝てていいよ」
 と、言われてもこのよく分からん状況に目が冴えてしまった。起き上がろうかと思うけど、片桐に起き上がる気配がない。なんだ。なんなんだ一体。俺なんかやっただろうか。昨晩、は普通だったよな。寝てる間? 寝言でバカとか言ったかな俺。いや寝言でも言わんだろう。バカとか思ったことないし。
「俺なんかしましたかね……」
「なんもしてないんじゃない?」
「あ、そっか」
 なんか、なんだ。分からねぇ。なんだこれ。片桐の機嫌は悪くないようだ。むしろ良いくらい。だが俺が寝ている間にご機嫌になられても訳が分からぬというものだ。どうしよう。罠かこれ。怖い。調子こいた途端に冷や水ぶっ掛けられるとかそういう罠なんじゃないか。
「たまに甘やかしてみたくなるんだよね」
「えっ」
「でも眠たくなってきた」
「えっ」
「おやすみ」
 にっこりと、それはそれは爽やかに微笑んで片桐は目を瞑ってしまう。すぐに眠ってしまうということもないだろうが起きろとも言えない。俺の目はバッチリ覚めてしまっているけれど、片桐の呼吸がゆっくりになってくると身動ぎすらできなくなってしまう。別に起きてもいいんだけど。なんか、なんとなく。
 すうすうと聞こえる寝息を抱き枕みたいに抱えられながら聞く。これが甘やかしか。いや、眠っているのだから無意識か。恐ろしい男だ。ていうか俺早起きしてたらどんな甘やかされ方をしたのだろう。とか、なに言ってんだ俺は。
 眠っている片桐は普通っぽく見える。別にいつも普通だけど、歳相応の雰囲気になる。仕事をしている時や起きている間はキリッとしていてあんまり隙がないのだ。どことなく若返った印象の寝顔を眺めていると顔の筋肉がムズムズしてくる。なんか恋人っぽくねぇかこの状況って。
 とか、なんか。恋人とか、なんだ。そういうの違うんだろうと思うけど。片桐のこと好きで片桐に好かれたいけど、それが恋とかそういうのなのかはよく分からない。というか恋ってなんだよ。よく分からんし。片桐は俺のこと好きとかそういうんじゃないだろうし。だけどなんか、俺の好きっぽい気持ちとか、好かれたい気持ちを許してくれる。男同士で意味分からんけど、片桐に優しくされるとなんか胸の辺りがムズムズする。たまに、なんて片桐は言うけど、案外、結構、しょっちゅう甘やかされてるんじゃないか? と、思うと胸の中の謎の虫がジタバタ駆け回る。痒いぜ。
 片桐のまぶたがかすかに震える。薄く開かれた目にまだ眠りの気配が残っている。ゆったりとした仕草で微笑む。カッコイイ。なんか俳優みたい。
「息くすぐったい……止めて」
「ひでぇ」
 ふふと笑う顔は寝惚けているせいか甘ったるい。俺も笑う。なんかやに下がった感じで笑ってしまう。片桐のまぶたはまた下がっていく。変に笑いが治まらないし怒られたしでタオルケットで口元を押さえる。ニヤケ笑いも隠せて丁度いいかもしれない。



(10.8.20)
置場