まいごごご



 大人なのに半べそかいて歩いている。
 ここはどこだ。さっきまで繁華街だったはず。気付いたら住宅街の迷路に迷い込んでいた。お墓。都会の真ん中に広大な墓所。怖い。ホラー世界に迷い込んだか俺。とりあえずお墓に沿って歩いてみる。元来た道を戻ろうにもどこから来たのか分からない。分かれ道のマジックか。もうどうしたらいいんだ。電話してみようか。そうだ。電話だ。俺には携帯という文明の利器がある。勝てる。帰れる。帰りたい。
「もしもし助けてくれ」
「おまえ……、またか」
 電話した先の友人は東京は俺の庭と言って憚らないただの営業マンだ。おそらく俺が今いる場所を即座に当ててくれるだろう。
「GPSで俺の居場所を探知してくれ頼む」
「ないのかよおまえの携帯にそういう機能は」
「知らん。そっちでは分からんのか」
「オレはおまえの母ちゃんじゃねーんだよGPSとか知らんよ」
「ほしたら俺はどうしたらいいの。都会のビル群に野垂れ死にしてしまうよ」
「うざいわぁー」
「ごめんね」
「とりあえず最初にどこ駅に降りたん?」
「池袋! なんか突然熱帯魚とかみたくなってさ。あるじゃん? そういう時。寂しいのかな俺」
「知らねーけど別に。で、なにか今いるところにシンボルはあるか?」
「シンボル? ねーよ。ただの住宅街。あ! お墓があった」
「雑司が谷霊園?」
「知らねーよ」
「確認しろよ迷子なら。そこに夏目漱石の墓あるぜ」
「へーすげー興味ないけど」
「そこが雑司が谷霊園なら……」
「待て、お墓はもう通り過ぎたよ。戻れないよ」
「じゃあおまえは何処にいるんだよ今」
「知らん。あ! 線路あった」
「じゃあもう線路沿いに歩けよ。そのうち駅につくよ」
「おまえすげぇーな」
「おう、すごかろ? じゃあもう切るぞ」
「おう! ありがとな、助かった」
 目処が立ったらもう安心だ。じゃあね、で切っちゃう通話。歩くぜ線路沿い。駅に着いたら電車に乗るぜ。今日はもう熱帯魚を諦める。帰宅を第一目標とする。
 東京に越してきて半年。思いつきだけで居を移して都会人を気取ろうにもいかんせん都会は便利すぎた。電車に乗るのも一杯一杯。遊び歩くのもままならず最寄駅からふたつまでが行動限界だ。東京で遊ぶ、となると先んじて東京人と相成った幼馴染におんぶに抱っこで任せきりだ。
 線路沿いには季節の草花が咲いている。住宅街に細い線路は趣深くどこか懐かしい気持ちにさせる。ノスタルジーとか言っちゃう。東京のビルビルしさも好きだけど、こんな風に懐かしい雰囲気も残っているんだな。さすが東京にはなんでもあるわ。
 歩き続けた先に駅舎のようなものを認め早足に向かう。しかしなにか違和感がある。線路を見つけた時の高揚を裏切るように段々不安になってくる。駅名を記した細い看板を眺め、ひとつ深呼吸をして携帯電話を耳にあてる。
「もしもし俺はもしかしたら地獄に連れて行かれるかもしらん」
「大体予想はつくかな……」
「鬼子母神って一体なにをしてくる鬼?」
「知らん。神様じゃね?」
「道に迷った挙句こんなとこに連れてくるのかよ! 神様が! 狐かなんかだろ」
「知らねぇよ。どうせ都電沿線歩いてるんだろうと思ったよ」
「券売機が見つからないんだよ!」
「あーいいよ、そこにいろよ」
「おまえが鬼か! この鬼子母神!」
「迎えにいってやるってんだよ」
「神! 鬼子母神さま!」
 バカか、と切り捨てつつ幼馴染は待機を言いつけて通話を切ってしまう。けれど俺は安心して待っていられる。小学生の頃から頼りがいのある奴だった。誕生日は俺のが先なのに兄貴のように思ってた。思春期のいつだったかはそんなところが嫌いだったのに、大人になってからこんなに助けられるとあの頃の自分をぶん殴ってやりたいくらいだ。
 プッと短いクラクション一つ。プラットホームのベンチに座っていた俺は若干の恥ずかしさを感じつついそいそと車へ向かった。
「早いね」
「近く回ってたからな。じゃなきゃ来ねぇよ」
「ありがとう」
 普段仕事中の姿を見ないから、スーツを着た友人の姿は新鮮に見えた。営業をやっているからか清潔感もあって、着の身着のまま適当な格好をしている自分が恥ずかしい。
「とりあえず駅前に落としてやるよ」
「うん」
「熱帯魚見たの?」
「見てない。連れてってくれんの?」
「一人で帰れんの?」
「あ、どうかな。自信ないけど大丈夫」
「迷われても迎えに行けんし諦めろ」
「迷わないと思うよ、さすがに」
「そもそもサンシャインとま逆の方向に歩き出しておいて言うか」
「不思議だよね」
「日曜でよかったら連れてってやろうか?」
「マジで? いいの?」
「そんなに見たいのかよ、熱帯魚」
「魚っていいよね」
 池袋駅前で車は止まる。日曜の約束をしてさっさと降車してしまう。どうせ日曜に会うのだ、今日のお礼はその時にすればいいし大袈裟にすることはないのだ。
「ありがとう、助かった」
「おう、寄り道すんなよ」
「しねーよ」
 じゃあ、と言って車は発進する。このあと会社へ戻るのだそうだ。車列にまぎれて車はやがて視認できなくなった。
 駅周辺でちょっと遊んでやろうか、なんて気持ちもあったが素直に券売機に向かった。こういう時に友人の言に逆らって痛い目を見るというのが俺の人生だ。人ごみの中で電車を待つ。今日はなにもしてないようで成果はあった。久し振りにあった幼馴染は髪をワックスでかっこよく固めていた。あれのやり方を日曜日に教えてもらう! 俺も都会に染まりたい。絶対!



(09.5.23)
置場