まいごGO!GO!



 「俺思うんだけどさ、鬼子母神って子供が鬼で母ちゃんは神様ってことなんじゃないかなって」
「……」
「神っていうか、子供は超ワルで厳ついのに母ちゃんは超優しい、みたいな」
「……すっげーどうでもいいわ」
 男二人。熱帯魚など見ながら。過ごす。日曜日は。思いがけずしょっぱかった。
 都会人ぶってる田舎者、であるはずの幼馴染み竹井総介はポケットに手を入れてなんかすかした感じで水槽を見ているんだかいないんだか。適当に力の抜けた塩梅で綿のズボンなど履いている。俺は穴の空いたジーパンだ。なんというか、違うのかもしれない。都会の水族館には綿のズボンでなければならなかったのかもしれない。こぎれいな感じが良かったのかもしれない。なんか、周りデートとか、家族とか、そんな感じだし。空気が見える。俺には見えるぞ。俺なんか違うって空気が。
 熱帯魚は、まあ普通に熱帯魚だった。もう普通。すっげぇ普通に綺麗。小さいな、泳いでるな、くらい。俺が水槽を眺めてる斜め後ろで竹井がポケットに手を突っ込んですかした感じでいる。デートかよ。彼氏かよ。ぬいぐるみとか買ってくれんのかよ。いらねぇよ。
「見た?」
「見た」
「帰る?」
「帰る」
 竹井の彼氏っぽい佇まいがなんか嫌で魚にテンション上がらんし、駅からの道も覚えたし、今度一人で来ようって感じで今日はもういい。竹井に促されて水族館を出る。だからおまえは彼氏かよ。先導するなよ。誘導するなよ。段差あるよとか超助かるけど。俺は彼女か。
「なんかホモカップルって感じじゃないっすかぁ」
「はあ?」
「なんでもないっす」
「手ぇ繋ぐ?」
「すみませんでした」
 水族館から出て飯食って、竹井の住むマンションへ。持ち帰られたな完全に。俺が彼女だったら三十分後にセックスしてるな。おお怖い怖い。華麗な都会人の手口だわ。
「酒足らんし買ってくるわ」
 冷蔵庫を覗いて竹井は財布を持って出ていった。おうちチェックだな。建物探訪だわな、そりゃあそうです。やりますとも。
 まずはベッドの下から。チェック! 雑誌発見! オシャレ雑誌! ふざけんなよ。エロいの隠しとけよ。表紙にイケメンいても全然テンション上がらねぇよ。DVDラックをチェックしてもエロいのがない。あいつ大丈夫か。それとも都会のオシャレ人はエロ禁止か。都会に染まるってそういうことなのか。有り得ない。無理。オナニーとか。オナニーだってしたいし俺は。シコりたい。シコりたい方だしでも都会にも染まりたい。彼女がほしい。彼女が! 俺はほしい! 待てよあいつ彼女いるのか? いるからこんなに余裕なのか? 三次元がおりますしってことか。ふざけんなよ。なんの報告もないぞ。父さんそんなの認めないぞ。
 洗面所へ行けば答えが出るか。どうせ置いてあるんだろ、ピンクの歯ブラシとか。なんか女っぽいものが。チェック! なし! しかしまだ安心はできない。相手が巣作りしないタイプなだけかもしらん。長い毛なり落ちてないのか。チェック! よく片付いてます! 嫌っ、これだから潔癖入った男って嫌なの。部屋にコロコロ二本あったし。……コロコロ二本。完全に女と一緒にコロコロしてる! 絶対にそうだ。コロコロしながら会話するんだ。潔癖カップルなんだ。見て見てすごい埃取れたよ、とか女が言うんだ。そんで竹井がははっ、こいつぅとか言って……ないな、それはない。この家にはそもそもハウスダストの気配がない。引くぐらい綺麗に片付いている。
 玄関が鳴る。もう帰ってきやがった。
「どうせ家捜ししてんだろうと思ったけどさ……」
「するだろ! 普通に!」
「するなよ……」
 台所へ向かいながら竹井は片付けてと言う。言われたら俺だって片付けますけども。引っ張りだした雑誌を元の位置に戻し、DVDも戻す。というか。
「おまえエロいの全然ないとかどうかしてるんじゃねぇの?」
「あるよ。隠してるだけで」
「出せよ」
「やだよ」
「なんでだよ」
「出してどうすんだよ」
「シコったり……シコったりするんだろうが」
「やだよ」
「なんでだよ」
 地元にいた時はお互いエロいの持ち寄ってシコったり、シコったり、シコったりしたじゃねぇかよ。気取ってんじゃねぇよ。尻が好きとか叩きたくなるとか……すげぇ変態だった竹井はどこへいってしまったんだよ。怖いよ俺は。東京が怖い。人を変えてしまう。忙しさに心をなくしてしまったんだろう。すけべを愛する心を。
「おまえ変わっちまったよ」
「おまえは変わんねぇよな」
「変えてよ!」
「は?」
「染めてよ! 都会色に!」
「……そのままでいいよ」
 なんでだよ。俺もなんかオシャレになりたい。なんか髪型オシャレにしたい。ワックスとかつけて。ギラッとしたワルい感じになりたい。
「髪の毛どうやってんの? ワックスつけてんの?」
「ええ? あー、ワックスつけてるよ」
「どうやんの?」
「別に普通に……」
「出たよ普通に! 普通にやってできねぇから訊いてんだろうが!」
「ワックスつけて立たせたいとこ立たせて流したいとこ流せばいいだろ! 他にどう言えっていうんだよ!」
「……すみませんでした」
 なんで怒んだよ。オシャレ独り占めかよ。ちょっとオシャレになったくらいでなんだよ。モテたいだけなのに。俺、モテたいだけなのに……。
「ごめん」
「いや……」
「……飲もうか?」
 すっかりほったらかしになっていた酒を思い出す。ちょっと待ってて、と台所へ行きすぐに戻ってきた竹井の手にはアサヒスーパードライ。覚えててくれたんだぁ。俺がスーパードライ好きだって。
「うれしいっ!」
「一本だけな」
「なんでだよ」
「なに飲んでも同じなんだから発泡酒でいいだろ」
「なんだよう」
 でも嬉しい。なんだかんだ言って俺のために買ってきてくれたんだから。乾杯はスーパードライで。ぐびりと一息、このキレ、喉ごし。いいね。
「いいねっ!」
「……よかったな」
 よかったとも。ちびちび飲んでる竹井をおいてぐいぐいいく。空いた缶をテーブルに置くとカンと高い音を立てた。いいね。二本目を戴く。第三のビール。構わん! 酒に違いはない。アルコールに貴賤なしだ。
 そんなこんな夜が更けた。よく飲んだ。よく便所へ行った。仕事の話を訊いても竹井はあんまり喋らない。多分俺への配慮だろう。そんな気遣いをさせてしまう俺はやっぱりふがいないな。この微妙な距離感も、エロを隠すのもきっと俺への配慮なんだろう。仕事が順調なやつがエロもすごいの隠してたらなんかやりきれないしな。彼女とか、いるかどうか知らんけど、隠すのも同じことだ。
「あんさぁ、彼女とか」
「なに」
「彼女とか、おらんのぉ」
「おらんよ」
「なんでよ、総ちゃんモテるんでしょ」
 大概酔っていた。竹井はオシャレソファに背中を預けてぐにゃぐにゃだったし、俺も同じようなものだった。明日が祝日じゃなかったら大概まずい飲み方だ。
「もっかい言って」
「なにがぁ」
「総ちゃん」
「言ってねぇーし」
「言った言った」
「言わねぇーしガキくせぇ」
「もっかい言って」
「そ……、やっぱヤダなんかハズい」
「はずくないよ」
 ソファに腕を乗せて俺を見る竹井の目はとろとろにとろけてる。なにこいつやだ。高校が分かれて以来呼ばなくなった昔の呼び方は妙に照れくさい。なのに竹井はまた囁くようにもう一回と言う。
「そ……総ちゃん……」
「あっくん、……えへへ」
「うるせぇ! 寝ろ!」
「やだー」
 顔が熱いのは酒のせい。酒のせいに決まってる。竹井のえへへ、うふふと止めどなく出る気持ち悪い笑いも酒のせい。
「ならばエロいのを出せ、今すぐに!」
 酒のせいなら勢いだ。エロDVDで元気を出そう。酔った竹井はアホだ。なんでも隠さず出すに決まっている。
「えっちなのあるよ、えっちなの」
「それだ!」
「えーでもあっくん気に入るかなぁ」
「大概のもんは食える!」
 待っててね、とアホ丸出しに言って竹井は部屋の奥へ消える。すぐに戻ってきてDVDをセットする。
「ストーリー部分見る?」
「飛ばせ」
「わかったぁ」
 画面に映し出されたのはアナルセックス。お尻好きが高じた結果かな、と好意的に解釈すればいいのだろうか。入れられてる方にもちんぽ付いてるけど。
『あっ、あっ、あっ、んんぅ……』
 3Pか。きっついな。画面上すね毛まみれ。お尻好きが高じてここに辿りつくか普通。ケツ穴にちんぽを入れられた兄ちゃんはパシーンパシーンと小気味良い音を立てて尻を叩かれている。ピストンアンドスパンキング。ある意味竹井の夢の集大成なのか。いやしかし。
「これ絶対ノンケって嘘だよねぇ」
「ノ……」
 なんか怖い言葉出たぞ。専門用語みたいな。なのに平然と缶チューハイをぐびりぐびりと呷っている。もう酒は止した方がいいんではないか。なんか……、なんか違う! 地元にいた頃と違う子になってる! 総ちゃんこんな子じゃなかった! 怖い! 東京怖い!
「なんか……、興奮してきた」
「落ち着きなさい!」
「ねぇねぇ、あっくん」
「深呼吸!」
「シコっていい?」
 なんか。完全に。ハァハァしてるし。勃起してるし。許可を求めるわりにベルトを緩めているし。やる気だし。やる気の前屈みだし。
「……どうぞ」
 屈した俺は。そんでシコった俺も。なんでか分からん。あっくんも! と言う竹井のわけの分からぬ熱に押された。男の三連結を聞きながら脳内におっぱいを描き、頑張りに頑張った。早々に終了しなければ、おっぱいでフィニッシュしなければ、そんな焦りばかりがあった。
「あっくん……!」
「ひっ!」
 竹井の手が俺のちんぽへ延びる。先っぽを掴まれる。いやっ! このままでは俺のちんぽは盗られてしまう! 俺オナニーは俺イニシアチブの元行いたい。それが俺の揺るぎないご自愛メソッドであるからだ。という思いは早々に打ち砕かれる。くびれを捻っていた指が力を込めて竿へ降りてきて、俺はついついその軌道を譲ってしまった。絶妙にエロい力加減で、他人にされるってなんか雰囲気変わるよね、やばいよね。あーあって溜息吐きたい気持ちは快感に塗りつぶされる。
「あっくんもぉ」
 とか言うから。バカみたいに言うから。いつものすかした顔が全然ないから。昔々あっくんあっくん言って俺の後をついてきた時と同じように俺に頼りきった顔をするから。言い訳は全部後付けだった。俺は竹井のちんぽを握った。シコり合った。シコりにシコった。あ、イく、とか言った。イっちゃうとか言った。
 この夜は明けるのだろうか。
 なんて思ったけど普通に明けた。普通に朝。竹井は射精した後ちんぽを出したまま眠っていた。中学生かよ。それをパンツ履かせて片付けして、と全部やったのは俺だ。母ちゃんだってそこまでしない。朝起こしに来てもあらあら出してるわね、でスルーだ。息子は見られたかもしれない、いや見ていないかもしれないという疑心暗鬼に駆られるのだ。見られてるに決まってんだろ。母ちゃんは大概のもんを見てるんだよ。そらっとぼけてるだけで。
「おはよ……、俺いつ寝てた?」
「おぼ、おぼ、覚えてない、です……」
「途中から記憶消えたなぁ」
「マジっすか」
 DVDは隠し場所が分からなかったから通常のDVDと同じ場所に混ぜてしまっているけど、どうかばれませんように。三日後くらいに気付きますように。
「片付け任しちゃった?」
「お、おお、うん。いいよ」
「ごめんね」
「お、おお。……あのさ」
「なに?」
「おまえもう酒飲むなよ」
「なんで? 暴れた?」
 ある意味大暴れだったぜ、とは言えないので曖昧に頷くと竹井はまた軽い感じでごめんと言った。
 シャワーを借りてメシ食って、竹井が髪をセットするときにやり方のポイントを教わった。俺が思っていたよりワックスの量が違った。後なんか仕上げにスプレーとかしてた。思えば水族館とこれだけが目当ての休日だったのに随分遠回りした気がする。
 竹井の見よう見まねで作った髪型は、なんか俺には似合ってなかった。毛の長さが違うから、髪質が違うから、顔の作りが違うから、色々理由はあるんだろう。俺は髪型だけで持ち上げられる限界を知った。雰囲気イケメンも研究の賜物なのかもしれない。
「いつものが似合ってるよ」
「俺もそう思う」
「これ、参考になると思うからよかったら」
 と言って渡されたのはイケメンが表紙の雑誌。
「まあ、ほんとに参考程度だろうけど」
 そう言って指し示されたページにはワックスの使い方やらなんかが細々書いてあった。そうか。竹井もこういうの見て普通にできるくらいにレベルアップしたのか。努力の課程をすっ飛ばしてイケメンになろうという俺の根性がいけなかったのだ。
「あと実家から野菜届いたんだけどちょっと持ってってよ」
「あ、そうなんだ。ありがと」
「あと餅もあるんだ」
「おう。助かる」
「あとね」
「おまえは母ちゃんかよ!」
 照れたように笑って竹井は車出すよ、なんて言う。私服とか雰囲気とか、東京に染まりまくっていけ好かねぇけど、本質的には変わってないのだと安心できる。この際シコり合いは横に置いておいて。
 どっさりとお土産を持って助手席で、ガソリンだとか駐車場代だとか車周りの銭の話に終始する。結果オーライ。なんて気は全然しないけれど。発車オーライ。行けるとこまで行っちゃえ。どうせ道なんか知らないし。




(11.3.1)
置場