爪先の行方



 高らかに鳴るファンファーレ。勇者ご一行のビルドアップ完了のお知らせだ。新しい魔法を覚える。力も三上がる。これでここらの敵はワンターンキル確定だろう。でもまだ上げる。四天王なんて倒さない。現時点で最強の武器防具を装備して、村から離れすぎない原っぱでモンスターを狩り続ける。
「あんまりレベル上げすぎてもつまんなくない?」
 隣で雑誌を読んでいたよしあき君は言う。
「全滅したくないし、俺レベル上げ好きだから」
「低レベルプレイも面白いけどね」
 そうは言われても物心ついた頃からのプレイスタイルだ。今更変えようもない。
「レベル上げとか、あんまやりませんか」
「俺ぇ? 俺ねーさくさく進める方かな? あんまロープレやらないから」
「宝箱取り逃しても平気ですか?」
「すぐ取れるなら取るけどさぁ、隠してあんのとか分かんないじゃん」
「……なるほど」
「なんか分かった?」
「いや、なんも」
「なんだよそれ」
 笑っている。よしあき君の家に入り浸ってゲームをするようになったけど、俺は未だによしあき君が笑っていると安心する。一緒にテレビを観ていても、よしあき君が笑っているか確認してしまう。この癖に気付いたのは図らずも目が合ったよしあき君が笑ってくれるからだ。うざいかもしれない。けれど、うざい? なんて訊く方がよほどうざいことを知っているので黙っとく。
「なんか他のことします?」
「え?」
「いや、なんか俺だけゲームしててもアレかなって」
「どれかな?」
「いや、なんか……、なんていうか、……なんでもないです」
「キスする?」
「えぇ?! えぇっと」
「冗談だよ」
 なんだか、なんだこの空気は。変になってないか。気のせいか。気のせいなわけないか。犬歯辺りに力がこもってくる。変だな、なんか。よしあき君はストレッチなのか首を回して身体を伸ばしている。怒っているのか。えー。怒っているのかよしあき君は。切れられているのか俺は。
「……」
 なにか言おう、その気持ちだけはある。だが言葉がない。俺がなにか気に障ることをしたなら謝りたい。だが俺はなにもしてなキスか、キスを承諾しなかったからか。なんてことだ。そら何回かしたけれども早々慣れるものでもない。童貞を舐めないでもらいたい。しかしキスくらいでよしあき君の機嫌がよくなるならやぶさかでない。しましょう、キスの一つや二つ。でも今更、どのタイミングでキスするんだよ。分かんないよ。分かんないよよしあき君!
「なんかさぁ……、悪いことしてるんじゃないかって気になるんだよね」
 今日はまだされてないです。そういう話じゃないか。なんの話だ。いつもよしあき君はへらへらっとしてて考えてることがよく分からないから今もよく分からない。
「俺もさー、昔友達いらねーとか、ひとりでいいって思ってたんだけど」
 真面目な話か。なら俺は真面目に聞く。
「きぃちゃんに初めて会ったときさ、友達と遊んだりするのも楽しいんだぜって言いたい感じっていうの? 兄貴ぶりたくなっちゃって」
 どうでもいいことだが俺のことをきぃちゃんと呼ぶのはよしあき君とお袋だけだ。かなりどうでもいいことだから俺はよしあき君が言葉を吐き出す間にいらんことを言わないように口を噤んでおく。
「でもメールしたりしてさ、なんか、……好きになちゃって」
 あれ、好きって言われるの初めてじゃないか。意外と言葉にしてなかったんだ。いかん。にやけてしまう。でもよしあき君は俺の方を見てないから平気だろう。
「兄貴ぶるどころか手ぇ出して、……ホント最悪だと思うんだよ俺」
 だから、と言って俺を見たよしあき君は目を細める。
「なに笑ってんだよ」
「嬉しくて? ていうか、なんだろ」
「なんだよ」
「よしあき君のこと好きかもって思ってたけど、もしかしたら超好きかもしんないって、今思いました」
「誤魔化されたんだよ俺に」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
「そうかな?」
「信じていいよ」
「好きってことを?」
 言ったらよしあき君は照れたように顔を逸らし、でもはにかんで、言った俺もなんだかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきて、前髪を払うふりをしてさりげなく顔を横へ向けて空気が通常の状態へ戻るのを待った。
「それも、信じていいよ」
「そっか」
 お互いそっぽを向いたままなにを話しているのやら相当な恥ずかしさに耐え切れなくなって最初に笑いが噴出したのは俺だった。いかん、我慢しないと、と思えば思うほど笑いが堪えきれなくなってきて、喉で押さえた笑いはククとスタッカートを駆使したような不細工なものだった。
「笑うなよー」
 そう言うよしあき君も笑っている。なんだかよしあき君のことがすごく好きに思えて、好きだと大声で叫びたくなってきて、でも叫ぶのは恥ずかしいから口を押さえたらそんな自分がおかしくて笑いは止め処なく溢れてくる。俺たちもしかしたらすごい恥ずかしいかもしれない。
「キスしていいですか」
「イヤでーす。絶対イヤ」
「冗談冗談」
 笑っていたら肩を引き寄せられて、笑うのを止めたら口の辺りにぬるっときた。えっちすけべって俺もそうか舌を出す。脳内で高らかに鳴り止まぬファンファーレ。どんだけレベル上がってんだろ、俺。わかんないな。どうでもいいか。人差し指と中指でよしあき君の人差し指を挟む。逆に中指を挟まれてしまう。指先の遊びをしながらキスをする。一瞬唇を離して大きく息をして、よしあき君は微笑んでいて、あれ俺超幸せなのかもしれないと思ったら自分からまた唇を寄せていた。




(09.8.28)
置場