嗜好性ライナス/後



 シャツを肌蹴て見えた肌は白く引き締まっていた。きめ細かく触り心地が良さそうだ。浅ましくも荒い息が押さえられない。この人をどうにかできるのか。寒さのためだろうか小さな乳首が起ち上がっている。築き上げた信頼と引き換えに、手に入るのか。ほんの一瞬だけでも。人差し指を置く。真下さんはほんの少し身じろいだ。心臓が痛いくらい鳴っている。起きるな、いや、起きてくれ。今ならまだ引き返せる。指先に力を込める。芯を持った肉の粒が指の腹を滑っていく。
「んっ、う」
 寝返りを打とうとする身体を押さえつける。起きないのか。まだ眠いのか。指の先で押し潰した乳首を捏ね回し淡く撫で爪を立てると、真下さんは色づいた吐息を漏らした。
 ヘソの下へ自然と目が行く。ああ、ベルト外さないと。善人ぶって自分を誤魔化せる訳がなかった。俺はただ見たいだけだ。触りたいだけ。下腹に集まる熱を解放したいだけ。だってこんな無防備な真下さんが悪い。いや、俺が悪い。分かってる。胸への刺激がなくなって、真下さんは指を咥え毛布を抱いて横向きに眠っている。この人は一体、本当はどんな人なんだろう。
 ベルトを外しスラックスの前を開ける。チャックを摘む指先は震えていた。今すぐ揉みしだきたい真下さんが目覚めることすら気にかけず、欲望のまま弄んでしまいたい。どんな風に感じるんだろう。どんな風に欲しがるんだろう。逆三角形から覗くボクサーパンツ。ほんの少し、膨らんでいるように見える。
 人差し指と中指で輪郭をなぞる。パンツの中で一体どんな風になっているのだろう。指先で、爪の先で、外郭を撫でる。形を探る。血が集まっていく気配がある。卑猥に脈打ちながら体積を増していく。上下の擦過運動でいやらしいとこ浮き彫りにしたい。
「うぅ、…ん、なに……なんだ」
 起きたか。そりゃな。真下さんはおしゃぶりも外して目を瞬かせている。まだ寝惚けている。
「河野?」
 そうですけど。口を塞ぐ。さっきまでしゃぶってた指の代わりに俺の舌しゃぶってよ。強張る身体を押さえつけてパンツの上から摩擦を続ける。逃げる舌を追い駆けて追い詰めて全部投げ出すまでくすぐり続ける。早く全部ぶちまけたい限界なんだよパンツの中身。首筋鎖骨胸の上まで食べてしまいたい。唇舌歯全部使って征服したい。
「なに、なにしてんだよ……、おい、止めろ、おい、河野」
 止められるわけない。今更止めてなかったことにできないなら、全部台無しにしてもいい、欲しい。人差し指の先にパンツのゴムを引っ掛けて下方へ下ろす。抵抗をいなしずり下げたパンツの中から先走りに濡れたものが恥ずかしい状態で赤づいていた。
「お互い隠しておきたいことくらいあるでしょう」
「おまえなに言ってんだ」
「俺は真下さんの秘密は守る。真下さんにも俺の秘密守ってほしい。それなら共通の秘密を作ってみませんか、って感じで」
 詭弁だな。分かっている。だから真下さんの剥き出しのペニスを握り泡立つほど擦るのだ。誤魔化されるとは思わないけど。先っぽ、括れを抉り、親指の腹に力を込めて擦る。搾るみたいに。
「あっ! んっ、ん」
 震えている。逃げるようにうつ伏せに体勢を変える。関係ない。続ける。皺だらけのワイシャツから覗く背骨。浮き出た頸椎に唇を寄せる。舐めて擦って愛撫をやると肩甲骨がみだらに跳ねる。
「はっ、あっ、あ……、くっ、う」
 震える身体を緊張させて、真下さんは精を放った。一体どんな顔して吐精したのだろう。枕に額を擦りつけたまま身体を弛緩させる。濡れた先を撫でると高い声を上げた。泣いてるみたいだ。可哀相に。
 パンツの中から取り出した俺のはもうベタベタに汚れていた。痛いくらい張り詰めている。解き放ちたい。ぶちまけたい。真下さんの肌の上に全部。
 小刻みに脈打っている腿の間を割り開き、アナルの上に先っぽを置く。小さな窄まりに入りそうもない。
「は、入るわけないだろっ」
「分かってますよ。擦りつけるだけ」
「なに……」
 言ってんだよ、と小さく呟いて真下さんは黙ってしまう。まさか自分がこんな目にあうなんて思いもしていなかったのだろう。
 アナルの上に滑らせるように俺のもので撫で付けていく。濡れて震えるそこが誘っているように思えてくる。入りたい。入らないだろう。真下さんは恐れからか強張っている。ペニスを擦ると喉の奥から押し殺した声が響いてくる。ぶち込みたい全部注ぎ込みたい一滴残らず。
「入れないから、挟んでいかせてくださいよ」
 酷い声を出してる。欲にまみれて思いやりもないような。真下さんの足を閉じさせて、太ももの付け根に差し込んでいく。ぬめってる。張り詰めた陰嚢を押し上げるように刺す。引く。刺す。引く。真下さんは息を詰めて、肩や背中が時折乱れる。高まっていく。犯してる気分になってくる。じっとしている真下さんのペニスを擦ると太ももに力が籠る。締め付けられて、腰の動きを早くする。息が変。頭バカになる。濃いので汚したいだけあんたの全部。
「あっ、うっ……、は、あ」
 しばらくは息をしていた。息をしていると考えながら呼吸していた。真下さんはうつぶせたままぐったりと虚脱している。
「……信じらんねぇ」
「すみませんでした」
「謝って済むことかよ」
「……すみませんでした」
 起き上がった真下さんは全体的に汚れくたびれていた。そんな真下さんを見て下腹の熱を意識してしまう俺はどうかしているのだろう。真下さんはベッドから降りるとシャワーを浴びに浴室へ行ってしまう。俺はなんだかボンヤリして、現実味を帯びない現実の中で着替えを用意する。このあと俺たちはどんな会話をするんだろう。携帯電話の中の真下さんの写真。盾にするつもりだったが、なりうるものだろうか。確証はない。乱れた布団周りを片付ける。
 出てきた真下さんは濡れ髪を拭きながら、俺が言葉を発するより先におまえも入ってこいよと言った。言われた通りにする。浴室で、俺は一回精を放った。
 身体を洗い部屋へ戻ると、真下さんは煙草を吸いながらボンヤリとしていた。隣に座る。意識したわけではないが正座だ。真下さんが煙草を吸っている間、沈黙は長く続いた。
「……おまえさ、俺のこと好きなの?」
「はい。……すみません」
「うん、まあ、謝られても困るし応える気もないんだけど」
「はい。すみませんでした」
「うん、まあ……、ていうかずっと気になってたんだけど、俺の秘密ってなに?」
「は?」
「いや、なんか言ってただろ。俺の秘密とかおまえの秘密とか」
「……あのー、指……」
 親指を翳して言うと、真下さんは顔を固まらせて、かと思うと赤く染めて、唐突に視線を逸らした。
「やってた……?」
「あ……、はい。やってました、ね、なんか……」
「忘れろ」
「あ、はい。忘れられないとは思いますが忘れたことにはしようかと」
「あ、今回のこれ全部?」
「どうでしょう」
「別にいいよ。俺もおまえのこときめぇって思ったけどおまえも俺のこと思ったろ」
「いえっ、昂奮しました」
「こ……、ああそう、変だよなおまえ」
「彼女とか可愛いって言いません?」
「いらんし彼女とか」
「……もしかしてど」
「童貞じゃねぇよごめんな夢壊して」
「いえ、……あ、もしかしてばれるの嫌で?」
「嫌だろー普通」
「そうですか?」
「嫌だよ俺は」
 ああ、そうか。そうなんだ。彼女だろうが誰だろうが、真下さんは誰にも自分の弱味は見せたくないんだ。寂しかろうがなんだろうが抱き締める腕を拒むのか。体面のために。ああそうか。だから俺、こんなに真下さんを抱き締めたくなるのか。大丈夫だって教えたくて。
「付き合いませんか、俺たち」
「どうしてそう斜め上なんだよ」
「斜めじゃないです。真ん中ですよ。だって俺、真下さんの癖とか嫌味っぽいとことかいけ好かないとこも全部好きですもん」
「おまえさぁ……」
 真下さんは大きく溜息を吐く。いつもの人をバカにしたような顔だ。
「だって真下さんには俺しかいないと思う」
 言い切ると、真下さんは呆れたような顔をして、ベッドに背中を凭れて天井を見上げる。
「あー……、まあ、考えとく」
 考えるまでもないだって、あんただって俺のことちょっと気になってるんでしょう。言わずに抱き締める。押し返す手も全部、俺が真下さんにできること、したいこと、しなきゃいけないことはきっとこれだけなんだ。あんたの全部を肯定するための両腕なんだ。
「なんなんだよ」
 笑っている。それでいいよ。愛されて、怖がらないで、自分自身のことも好きになって、笑っててよずっと。
「愛してる」
 そのためだったら何度でも言うよ。愛してる。あなたの全部。



(10.4.18)
置場