胸がこわれそう



 千鳥足。右左。路上で足滑らせてあら危ないとバランスを取る右足、左足。そして右足。止まらんでショウウィンドウに肩からぶつかる。危ないな。なんつって。もうどうにでもなあれ。なんつって。笑っていて、別になにが楽しいわけでもない。解雇通告って案外すぐ出るねぇ。怖いねぇ。つって笑ってたら喘息を誘発する勢いで笑いが止まらんで千鳥足。もうどうでもよくって本当に。寝ちゃう。歩くの止めちゃう。ぐらっときて膝から力が抜けていく。なんか小さい木の密集した上に覆いかぶさるとふわっちくっときて枝が顔に当たって痛いから小さい木はクッションにもならない。多分ツツジとかそういうあれ。寝ちゃうほんとに。もう色々しんどい。コンクリートの上頬を付ける。冷たい。両手を枕にする。寝れそうなんか。雪とか降ればいいのに。目が覚めなければいいのに。めんどくさい。再就職。できるかな。無理かな。親になんて言おう。ああ、やだな。どうせ俺が悪いってことになる。いっつもそう。昔っから、全部俺が悪い。
 ここから俺が挽回できるとしたら? 金持ったジジイババアに拾われる展開とかそういうのだな。養子にしたいわぁとか言われて、皺くちゃの身体を舐めて、飼い殺されて、なんかそういう人生でいい気がしてきた。俺なんもできないし。もうどうだっていいし。必要とされるならどんな下衆にだってへつらうのに。無理かなぁ。つうか、なんもできないなら需要がねぇか。あーらら。気付いちゃった。じゃあ働くしかねぇかぁ。もうなんもしたくない。眠たい。気持ちいい。すーっと落ちてくみたいに眠れそう。寒さもない。なんだろう。死ぬのかな。別にいいけど。

「……おい、……おい起きろ、おい……」
 はい、残念。そんなもんだよね。薄目を開ける。人のいい金持ちだったら良いなぁ。なんて、上手いことないですねー。お巡りさん。
「こんな所で寝るな。最近物騒なんだから」
「あーい、すいませーん」
「ったく、いいご身分だよな」
 吐き捨てるような言葉に、俺は笑ってしまった。どんなご身分だよ。そっちは公務員じゃねぇか。
「お巡りさんさー、俺ねー、俺今酔ってるんだぁ」
「ああ? しっかりしろ、帰れるか」
「酔ってるからさー、全部忘れちゃうの」
「おい、いいかげんにしろ」
「なんか、悪いことしちゃうかも」
「ふざけるのもいいかげんにしろ」
「一緒にしませんか、悪いこと」

 なんつって、俺はまったくシラフだと思う。お巡りさんのちんぽに喉の奥を突かれながら、人間って怖いねーと他人のように思っていた。時折えづいた。お巡りさんはそれが嬉しいようだった。何度も喉の奥を突こうとする。路地裏で俺は正座して自分のちんぽを擦りながら仁王立ちの男に喉を性器のように扱われている。ああなんて可哀相な俺だろう。悲壮感一杯。心にもない。
「んっ、んくっ、う、ふっ」
 お巡りさんは俺の頭を掴んでガンガンくる。容赦ないねー。ストレスですかねー。吸うように言われて吸ってみる。あー無理。苦しいこれは。喉を開いた瞬間粘膜を擦られる痛みがあって、その瞬間に液体が変な方向から喉に流れた。噎せた。噎せながら、抜かれるちんぽに舌を出した。お巡りさんは笑っていた。これでいいのかね。頭と身体がバラバラで俺は俺の求める正しさがなんであるか理解できずにいる。
「欲しいか?」
 お巡りさんはねっとり笑う。楽しそうで結構だ。
「はめてください」
 もうメチャクチャだな。ビルの狭間でケツ丸出しで壁に手をついて犯されている。俺はバカのような声を出している。揺らされながら、バカのように涎をたらしている。もう訳が分からん俺はなんでこんなことをやっているのだろう。寂しくて? 豚かよ俺は。
 どうでもよくてなんでもよくて知ったこっちゃなくて俺はただこれ以上酷い目に遭わないように今考えられる一番の酷い目に遭おうという俺自身理解しかねる俺理論の実践を図っているにすぎない。ケツの中でお巡りさんが精を吐く。熱い。気持ち悪い。俺は言う。
「もっとください」
 何度でも言う。限界まで酷い目に遭いたい。生きたくないくらい。それに付き合わされるお巡りさんも大概被害者だ。可哀相に。もっと嗜虐心をもって俺をズタボロにしてくださいなんて、言えたものか。
 三回中出しをされた後、何故だか俺はケツを叩かれていた。お巡りさんも訳が分からなくなっていたのだろう。痛い熱い痛いと感じる一瞬集中力が途切れてしまい笑ってしまう。笑うと、お巡りさんは俺の頬を張った。彼も一生懸命だったのだろう。
「いいかげんにしろ」
 関心が途切れた声だった。何故だか涙が溢れてきた。泣くんだ、俺こんなタイミングで。お巡りさんは身支度を整えている。俺はなんだかボンヤリして、この後どうしようかと考える。
「帰れるか?」
 笑ってしまう。帰れそうもない。だから答えられない。黙っていると、お巡りさんもしばらく黙ったままだった。ビルの狭間は精の臭いとゴミの臭いが混ざり合った臭気に汚れていた。俺は泥まみれで、ケツからお巡りさんの精子が垂れ落ちてくるのを嫌だなぁと俺の実感として感じている。ここは地獄の三丁目だろうか。もっと酷い所へ行きたい。本当は、まっとうな人生を歩きたい。

 俺は多分、どうかしているんだと思う。シャワーを浴びると身体中擦りむいていたのか湯が沁みた。自分で思っていた以上に汚れていたのか排水溝へ向かって流れて行く水は濁っていた。
 硬いタオルで身体を拭き、用意された着替えに腕を通す。なにしてんだろ、俺。部屋へ行くと制服を脱いだお巡りさんが濡れたタオルを寄越す。使い道が分からず受け取ったままでいると、お巡りさんは頬、と短く呟いた。言われたとおり、先ほど殴られた箇所にタオルをあてると腫れていたのか冷たさが心地好かった。
 俺たちはただじっとしていた。俺はタオルに頬を寄せたままじっとしていた。お巡りさんはお巡りさんという役職を脱ぎ捨てて、ただ一個として俺の傍らにあった。
「これからどうする」
 どうしようか。捨て身になっても世の中捨てきれるほど冷たくない。見放されるほど俺とお巡りさんとは親しくない。これからどうしようか。清く正しく生きるのはしんどいことだ。またあんな疲れる日々に戻るのか。花実のない生活をするのか。
 お巡りさんは俺の背を撫でる。そんな弱って見えるのか。なんて、思っていたら俺は泣いていて、涙腺壊れてるなと思ったら止める方法が分からなくなった。
「頑張る」
 言うと、お巡りさんは微笑んだ。これでいいのか。分からないけれど、お巡りさんが認めてくれるなら構わない。お巡りさんにとって俺が得体の知れない誰かであって、俺にとってお巡りさんが誰でもいい誰かであって、実体のあるおばけのようなお互いがお互いの眼球上に映っている今が余程おかしな状況であるとしても、俺は構わない。明日になったらさようなら。もう二度と会わない。それでも構わない。それは嘘か。俺はもう誰かのために生きるなんてことが出来なくて自分だってどうでもよくて出来ることならお巡りさんのために生きられたらと思うのだ。俺の目の前にお巡りさんしかいないから。
「頑張る」
 嘘でも言う。二本の足で立てるふりをする。お巡りさんが優しくしてくれるから、俺は大丈夫を装う。大丈夫。大丈夫。段々そんな気分になってくるはずだから、俺はまったく大丈夫。明日のことを考える。



(10.4.27)
置場