翩々シーソー/6



 嫌だったら言ってね、と高坂は言い置いて唇に触れるだけのキスをした。今更なにも嫌なことなんかねぇよ。と、思うが素直に頷いておく。言われたとおりじっとして動かないでいると、高坂の瞳は右左に細かく揺れた。やがて意を決したように唇は優しく頬に触れる。くすぐったいくらい優しく、丁寧に唇は首筋へと下りていく。普段からこんな風なのだろうか。てのひらは肩をなぞるように動く。じっとしたまま、というのも気恥ずかしいものだ。指先が乳首を押した。高坂の目がちらりとこちらに向けられる。
「大丈夫?」
「いいよ、大丈夫」
 含み笑いを噛み殺し先を促す。どうにも大事にされすぎているようだ。ちょっとくらい雑にされたって平気だが、多分言ってもどうしようもないことだから黙っておく。これが高坂なりに一番納まりのいいやり方なんだろう。
 舌先も乳首に触れる。くすぐったい。だが声を出すほどでもない。嘘でも声を出した方が良いのだろうか。止めとこう。俺が高坂の立場でも多分、乳首は弄る。感じる感じないは別として、そういうものだ乳首というものは。だからきっと、さほど意味はないのだ。
 舌と指とで捏ねられる乳首に対する感慨はないけれど、伏目がちな高坂のまつげに目を落とす。ぞくぞくと背中を走る官能があった。そうか。俺の乳首は今、性感帯として愛撫されているのか。と意識した瞬間に下腹に熱が籠るのを感じた。そうか。される方なんだ、俺。今更ながら実感して妙に気恥ずかしくなってくる。なんだか呼吸が変になってくる。高坂の指が腹の上を辿ってヘソより下で止まる。
「焦らすなよ……」
 冗談っぽく聞こえなかっただろうな。実際変な感じで熱が溜まっているのを感じる。高坂はクソ真面目に頷いてパンツとズボンを同時に引き下ろす。妙な恥ずかしさと涼しさを感じてすぐに、高坂の指が絡まってくる。喉の奥からひしゃげた息が漏れた。
「んっ、……くっ」
 摩擦する手はそれまでの柔らかさとは違い速度と強さがあった。息が詰まってくる。高坂の呼吸も荒んだものになっていた。擦られながら身体を撫でられる。ここまで一辺に身体を触られることなんか今までなかった。される方ってこういうものなのか。高坂に唇を塞がれる。息が苦しい。舌が口の中の柔らかいとこなぞるみたいに動く。絡まってる。擦過する手が手首を返すような動きをする。搾るみたいなきつさになる。あ!
 こめかみの辺りから白くなる。キスをしながら俺は高坂の手の内に精を吐き出していた。抱き締められる。なんか、こういうの、なんだろう。恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。高坂はティッシュでてのひらを拭っている。妙に男っぽい顔で微笑む。眉間だとか頬だとか構わずキスしてくる。なんていうかこういうの、めちゃくちゃ恥ずかしい。無理かもしんない。一方的にいかされてお仕舞い、みたいな空気。今のところ五分五分なんだろうけども。
「……嫌じゃなかった?」
 不安そうに訊いてくる。嫌じゃないけど釈然としないのは接触厳禁のルールのせいではなかろうか。と、答えたい気もするが止めておく。一発抜いたおかげか身が軽くなって頭の方も余裕を取り戻せてきているようだ。
「あのさ」
「なに?」
「入れなくていいの?」
「……えっ、あの、あ……」
「勉強したんだけどさ、しなくていいの?」
「……なんで……」
 高坂は眉を寄せ戸惑うように呟いた。そりゃあ訳分かんねぇよな。俺も分かんない。性別とか常識とか貞操だってボーダーになるんだったら全部取っ払いたいだけ、だって。高坂の耳元に唇を寄せる。
(全部知りたいんだよ)
 囁くと、高坂は口元に手を置いて赤くなる。俺だって恥ずかしいよ。

 ぬめりを継ぎ足しながら指は何度も出入りした。最初は違和感だけのものだったが次第に不自然な感覚を覚え始めていた。気を紛らわすように背や脚を撫でられ、キスされ、吸い付かれ、段々と皮膚感覚もおかしくなってくる。一皮も二皮も剥けたみたいに些細な刺激に身体が震えてしまう。
「もう入る……?」
「まだ……、もうちょっと」
 そんな問答を続けて散々、俺はうつ伏せたまま高坂に恥ずかしいところをさらしている。恥ずかしさもどうでもよくなってきた。アナルって結構入れるのも大丈夫な器官だということが身をもって分かってきた。ペニスへの刺激とは違うむず痒いようなじれったい感覚が身体の中で反響するみたいだ。
「もういいよ、入れようよ」
「でも……」
「いいよ、大丈夫。入れて」
 とか、言ってしまう俺も大概だな。バカ。以外に言いようもないかもしれない。というか、これ以上時間をかけたら俺というより高坂が限界なんではないかと思う。なんのかんので計二回出してるはずの高坂のペニスは今もまた力を取り戻していた。三回目まで予期せぬ放出をしてしまうのはなんというか男として防いでやりたい気持ちになる。それに、今のままでは高坂が得た快楽分が少なすぎる気がする。それも流石にどうにかしたい。俺のケツでどうにかなるのか、というのも問題だが好きなやつの体内でいけたらそれだけで満足だろう。とか、もう俺はなにを考えているのか分からん。思い上がらないことにはことが一向に運ばないのだから仕方ない。
「……痛かったら、言ってね」
 こんな時まで可愛いやつだ。ちょっと笑っちゃう。大丈夫、ともう一度言う。引き抜かれた指の代わりに熱いものがあてられる。先っぽが入ってくる。息を詰めた高坂の吐息に胸がざわつくのを感じる。ゆっくりと押し開かれていく。痛みよりも、開かれている感触の方が強かった。じれったいほど時間をかけて、高坂はすべて埋め込んでいく。背中を抱かれる腕の強さも全部、俺には初めてのことだった。首筋にキスをされる。
「大丈夫?」
「大丈夫」
 なんか変な感じがするけど、きっとこれが正解なんだろう。正しいことなんか知らないけど、俺らの間で正しいんだから間違いじゃない。高坂の呼吸を耳の横で聞く。動いていいよ、と言うと高坂はでもと口ごもる。
「痛くてもいいよ」
 とんでもないこと言ってる。自覚はあったけど別にいい。恥ずかしくて当たり前だ。お互い裸なんだから。
 気遣わしげな動きの中で、俺は引き抜かれる官能と、押し込められる懊悩を知った。変なとこで変な風に感覚を覚えてしまう戸惑いも、高坂の息遣いを聞いたらどうでもよくなった。ゆっくりと高められていく。重なった皮膚の上に湿度が籠るのさえ俺は心地好く感じていた。
 身体の中で高坂のものが震えた気がした。高坂自身も大きく息を吐いている。か細く声が漏れている。いけたのかな、と思うと安心する。抜け出ていく感覚に身体が震える。仰向けに体勢を変える。キスをする。なんとなく、高坂の顔が男らしく見えた。……気のせいか。ふにゃふにゃだ。
 一線越えたら覚えたての猿みたいに、歳も考えず歯止めも利かず何度もやった。慣れが出てきたのかほんの少し強引さを覗かせた高坂のやり方が妙に嬉しかったりした。
 終えた後も引っ付いたまま眠り、明方一瞬目を覚ましたときに高坂が口を開けて眠っているのが幸せなのかなと思ったり。幸せかどうかは知らないけど、笑ってしまうんだから不幸ではないだろう。もう一度眠る。

 昼頃起きると高坂はもう仕事へ出た後だった。身体のあちこちに違和感が残るがそれが普通だろう。あんなことやってへっちゃらな方が嫌だ。喉が乾いたのでリビングへ出る。小林は頬杖ついて雑誌を眺めている。
「おは」
「あ、おはようございます……、お赤飯でも炊きましょうか」
 起き抜けに笑ってしまう。怖いもの知らずかバカなのか。
「……ケンタロウレシピよ、おまえ死刑な」
「あ、俺シンジっす。生きたいっす」
「ケンタロウ知らんで料理人の道目指してんの、おまえ」
「目指してないっすよ別に」
「ケンタロウっていうのはな」
「あ、いいっす。めんどいんで」
 生意気な野郎だ。これがいまどきの若者っていうやつなのか。まぁ、小林がバカで安心した、というのが本音だ。コップに注いだ麦茶を一口煽る。
「なに食いたいっすか? なんでも用意しますけど」
「そうだな……、まぁ、……お赤飯かなぁ」
 ボケてみせたのに小林はめんどくさげに相槌を返すだけだった。携帯片手に必要な材料の手配なんかをしている。俺の携帯には高坂から気遣わしげなメールが届いていて、麦茶を啜りながら返信を打つ。ああ、なんだって日常になってしまうんだなぁと思いながら、それも悪くない気がしている。



(10.6.6)
置場