パイの実と馬



「ちょ、止めてくださいよ原田さーん……」
 飲みの席ですっかりお馴染みとなってしまったセリフを今夜も言う。原田さんは俺の背中を抱き、泣きながら俺の乳を揉む。
「痛いっす。痛い。ほんと勘弁してくださいよー」
「揉ませろよ! 女の胸なんかどうせ一生揉めないんだおまえの胸くらい揉ませろよ!」
「そんなら俺じゃなくても良いっしょ。谷中さんにしてくださいよ」
「谷中はぽっちゃりしてるだろうが」
「あるじゃないですか胸が」
「怒るんだよ! 谷中のぽっちゃりはアンタッチャブルネタだから」
「いや俺も怒ってますよ。揉まないでくださいよ」
「おまえは良いんだよ!」
「良くねぇよ!」
 胸を揉む原田さんの手に力が込められる。最早揉む、というよりもつねるという方が正しい。
「痛い!」
「このイケメンが……今までどんだけ乳を揉んできたんだ、え?」
「星の数だよっ!」
「許せねぇ! 太れ! 太れ俺のために! Bカップくらいになれ!」
「無理っす!」
「じゃあAカップでも許す! Aカップになれ!」
「他当たってください!」
「おめーの乳が良いんだよ!」
「……」
「……」
「なんでっすか」
「えっ! なんとなく」
 なんとなくで揉まれていたのか俺は。ふざけんな。怒りがふつふつ沸いてくる。
「なんとなくで揉まんでください」
「どうせ揉むならイケメンの乳が揉みたいんだよ!」
 一瞬弱まっていたてのひらの力が再度こめられる。上半身を前傾させ抱きとめる腕から逃れようにも背中に覆い被さるようにして胸を揉んでくる。しつこい。わけの分からん動機で何故こんなにも一生懸命になれるのか。
「いいかげんにしてください!」
 体勢を変えようと身体を捻った瞬間、乳首と原田さんの指の接触面に何事か起こったのかくすぐったいような刺激が走る。詰まった息に変な声が絡んで、俺は恥辱に口を噤む。
「な……なに変な声出してんだよっ!」
「出してねぇよ!」
「出しただろうが! 感じたんか。乳首が良かったんか」
「感じてねぇよ!」
「喘いでた! 完全に喘いでました!」
「うぜぇ」
 原田さんは俺の身体を上向けるとシャツを首まで捲り上げる。押し止めようとする俺の左手を片手で押さえつけ左手は乳全体ではなく乳首を摘むような動きになる。阻止すべく俺はその手を右手で押さえつける。
「感じろ! 俺の愛撫に!」
「バカか!」
 俺の制止をものともせず原田さんの指はぐにぐにと俺の乳首を揉みしだく。次第に妙なくすぐったさが這い上がってくる。何故だ。何故こんなにも乳首で感じてしまうんだ。わけ分からん。むかつく。原田さんの手の甲に強く爪を立てる。痛いくらい強く。もてない鬱憤晴らしで感じさせられてたまるか。俺はなにを言っているんだ。原田さんの頭が動く。
「……っ! な! ばっ!」
 意地になっているのか摘んでる乳首と反対の方に舌を這わす。
「バカかっ! バカ! 全然面白くねぇんだよ!」
 ふへへと笑う。止めろ。吐息がくすぐったい。片方を指先に転がされ、もう片方を舌先に転がされる。俺の乳首は今まで転がされたことなんかないはずなのに、そうされるとそこから下半身へ刺激の波が走っていく。おかしい絶対。変に熱くなっていく。変に力が抜けていく。もっと欲しい。一瞬浮かんだ惑乱はすぐに打ち消す。気の迷いだ。
「……あっ! ……ん」
 歯の厚さを知ったのと、吸い付かれて水音が爆ぜたのは同時だった。俺の変な声が絡んだのも。思わず口を手で覆ったが、その必要はなかったようだ。原田さんは身体を離す。
「……なんか、ごめん」
「あ……っ! 謝ってんじゃねぇよ!」
「だってなんかマジっぽくなっちゃったし」
「全然マジじゃねぇし! 遊びだし」
「え? 遊ばれたの俺?」
「俺だろうが! 遊ばれたのは!」
「ごめーん」
「軽いんだよ!」
 へらへら笑って変な空気を中和していく。そのまま消し去ってくれこの変な雰囲気を。原田さんの手の甲には俺が抓った跡が赤く残っている。俺の胸にも原田さんの指の跡が残っている。俺が落としどころさえ見つけられたら、怒っている体から日常に以降できたら後はもういつも通りに戻れるはずだ。
「でもさ、悪くなかったんでしょ」
 と、言って向けられる眼差しは俺の股間へ。頭に血が上るのが分かる。
「俺はいいんだよ! てかなんであんたが勃起させてんだよ!」
 原田さんの股間も常態とは異なるサイズで隆起しているのだ。身体をいじくられていたわけでもなく、いじくっていた立場で。
「変態じゃん!」
 言うしかない。勃起指摘なんてされて平静で終われるはずがないのだ。喧嘩しよう。それしかない。俺の立つ瀬がない。
「……あのさ」
 湿った空気をかもされて、濡れた眼差しを向けられて、数分後、俺は原田さんのちんぽを擦っていた。なにがどうしてこうなった? 熱いものは手の中でぬめりを増していく。原田さんは俺のを擦りながら乳首も摘んでくる。なんか乳首キャラみたいになってる俺。ものすごく不本意だが痺れるくらい気持ちいいのも事実だ。黙って終わらせよう。
「あっ! それいい……」
 とか、原田さんが言うから俺は手首のスナップを意識する。乳首に置かれた原田さんの指も熱ばんでいく。原田さんの手の中にある俺のも搾るみたいな強さで擦られる。二人して変態みたいな呼吸をして、手のひらを汚した時には後悔しかなかった。
「……結構よかったな」
 のは、俺だけだったようで、原田さんはあっけらかんと手のひらとちんぽをティッシュで拭っている。
「よくねぇよ……」
「いやっ! 男も結構ありかもしらん」
「ねぇよ!」
「感じてたくせにぃ!」
「うるさい! うざい!」
「またやろうね」
 ありえない。金輪際二度と二人っきりで家飲みはしない。乳を揉まれるだけならまだしも乳首つままれてちんぽ擦りあうなんて、まるでホモじゃないか。絶対ありえない。と、心に誓った一週間後、まさかまた二人で飲んでいるなんて、その時の俺は思いもしなかったのである。人間万事塞翁が馬とかそんな感じ。意味は知らん。



(10.7.25)
置場