U.F.O.アルゴリズム



「ちょっと出せよ」
 熱帯夜、蒸し暑い暑気を払うべく窓を開けて男二人家呑みに興ずる。吹き込んでくる風のおかげで汗臭さ男臭さは若干和らいでいるもののもてない、臭い、貧乏三重苦の先輩原田さんは上半身裸になってタオルで身体を拭ったり、拭ったタオルを放り出したり、放り出したタオルから異臭が立ち込めたり、視覚嗅覚からむさ苦しさを俺に強いてくる。俺なんでこんな人とつるんでるんだろう。ふと息を吐くまにまに考える。ああ、俺の青春なんか間違っている。
「金なら貸しませんから」
「バッカ、金じゃねーよ。ちんぽ出せや」
「……」
 ついに気でも狂ってしまったのだろうか。もてないあまり彼岸へ行き着くとは思いもしなかった。
「なーちんぽ、おいちんぽよー」
「……はぁあ?!」
「ちょっと出してみて」
「ちょっとじゃねーよ。バカじゃねぇの」
「年上の言うこと聞けや後輩」
「うるせー! あんた年上なだけだろ……っ、痛っ!」
 シャツの上からギュウッと乳首を抓られた。今日もか。今日もやんのか。抓った乳首に捻りを加えてくる。痛い。マジいらつく。今日はぜってぇやんねぇ。むかつくし。ていうか非合意なんだからレイプじゃん。ヤバイ俺レイプされる。ていうか、何故突然ちんぽ出せなんて発想になるのだ。意味が分からん。
「意味が分からん!」
 なので伝えた。原田さんに空気を読まそうと思っても無理なのではっきり言うに限る。
「なんかちょっと咥えてみたいんだよ」
「きっしょ」
「違う違う、そういう意味じゃなくて、なんかちょっと……、咥えてみたいんだよ」
「意味分からんし。説明になってねーし」
「おまえのちんぽなら咥えられそうっていうか、咥えてみたいっつーか」
「きっしょ」
「だからいいから出せや」
「いやだ! ……っ!」
 再度乳首に触れられる。今度はシャツの上から雰囲気を持って擦られた。愛撫と言わんばかりの擦りっぷりだ。立ち上がった乳首の輪郭を探るように、押し潰すように、ひっかくように。手汗にシャツが湿っていく。
「いいじゃん」
 耳元に声が忍ぶ。いいのか? いいか。いや、どうなんだ。ズボンのジッパーが下ろされていく。解放感。いや、解放感はダメだろう。ダメだけど、ひんやりと吹き込んでくる風が心地良い。パンツの上から形をなぞるようにされると意識に反して脈打ってくる。めくりあげられたシャツは肩に引っかかって、原田さんは乳首へ吸いつく。
「あっ!」
 とか言って。舌でなぶられる乳首とパンツ越しに擦りあげられる勃起の両方からくる刺激に身体は完全にその気になってしまう。
 すけべったらしい音を立てて乳首を吸われ、ちんぽを揉みながら片手で俺にズボンとパンツを脱ぐように促す。簡単に促された。歯痒いほど窮屈で、熱が籠もっていたから。
「乳首しゃぶんの良くてちんぽはダメってそれおかしくない?」
 いや、おかしくないよ。乳首と性器を比較対照にした挙げ句同列に語ることが間違いだろう。間違いだろうけどどこか舐められたい気持ちもある。確かに乳首を舐めるのを是としていること自体が異常事態だ。今更フェラくらい、という気持ちになってしまう。過去にしてくれた女の子のことを思い出す。快楽を思い出す。どうしてあの子と別れたんだったか。全然思い出せねぇ。そんなことより今目の前のおっさんが俺のちんぽをしゃぶろうとしていることについて考えないと。
「シャワーとか……」
「恥ずかしいんか!」
 喜々として言う。うぜぇ。
「恥ずかしいとかそういうんじゃねーし。ていうか洗ってないちんぽしゃぶりたいとかガチじゃん。ガチ系でホモってるじゃん」
「俺ホモなんかなぁ」
「知らねぇし」
 いけそうな気がするんだよなぁと呟いて原田さんの頭が股間へ寄せられる。
「ちょっ……!」
 ちょっと待て。ちょっと待てよ。なんだこれむちゃくちゃ恥ずかしい。ていうか有り得ない。なんで俺が一方的にくわえられなきゃいけないんだ。嫌すぎる。原田さんもされる立場になったら絶対分かるはずだ。するのは平気でもされるのは嫌かもしんないし。股間の手前で押さえつけた原田さんの頭を一端上向かせる。話をしようじゃないか。つまり。
「俺もやる」
「なにを?」
「フェラ」
「うわーフェラとか言うなよ下品!」
「え、抵抗ないの?」
「なにが?」
「男のおしゃぶり」
「だって俺がやってみたいんだからおまえもやってみたいって思っても別に不思議はなくね?」
 ねーよ。どういう発想だよ。この人マジでそっち系の人なんだろうか。行きすぎたおふざけだとばかり思っていたがもしや肛門をフル活用するような方向性で色々狙っているのか? うわーそこまでは付き合いきれんわ。
「俺が6やるからおまえ9な」
 とか、どうでもいいけど。マジでやんのかよ。ていうか6とか9とかどっちでもいいし。ていうかどっちも嫌だし。ていうか俺マジでしゃぶんのか。え? マジか。
 原田さんの身体の位置が変わる。マジか。え? マジなのか。眼前に股間が現れる。ズボンの上からでも分かる。もう勃起している。うわ。嫌だ。原田さんはズボンの前をくつろげる。うわぁ。嫌だ。無駄にでけぇ。ずんぐりズドンとして存在感半端ねぇ。使い道ないくせになんなの。ちんぽ臭がすごいくる。最低すぎる。口に入れるとかねーし。有り得ねーし。
「っ!」
 臭気の中で己がペニスにぬるりときた。横臥した片足を押し上げて、脚の間に顔を埋めている。視覚の暴力だ。
「結構やれそうだわ」
 股間に向かって喋る。風がくる。俺はやれそうにないわ。手コキで勘弁してもらおう。顔面の前のご立派様を握る。と、ビキビキと脈打ってまた育つ。マジかよ。擦るとカウパーが滲んでくる。カウパーとか。カウパーとか超マジじゃん。リアルゲイじゃん。リアルにちんぽしゃぶって男に手コキされて感じてんじゃん。
「んっ、……あっ!」
 俺も大概だけど。時折音を立てて、原田さんは俺のちんぽを隅々まで舐めたくる。舌先で探るような仕方は歯痒さが募る。自然に動く腰を邪魔がって原田さんは俺のケツを押さえ込んだ。いかんと思うのに、逃げ場のない快楽に異常に興奮を覚え始めていた。
「くっ……、ふ」
 散々舐め倒したものをくわえる。先っぽだけ。唇と舌の刺激がくる。けれどいかんせん浅い。もっと深く。もっと奥までしてほしい。吸ってほしい。圧倒的な経験のなさ故と分かってはいるがじらすようなやり方に欲求は高まっていく。すっかり忘れていた原田さんのちんぽを掴む。大きく脈打った。先走りが玉になって浮かぶ。最悪だけど。すっげぇ嫌だけど。したいことしてもらうためにはやるしかない。俺は原田さんのちんぽをくわえた。喉の奥まで深く。えづいた。おえってきたから一回出した。性臭に慣れるために舌で厳ついシルエットをなぞった。ちんぽって一体なんなんだろう。この肉の塊は一体。海綿体ってなんなんだろう。チン毛を押さえながら舐めていく。腰が跳ねるから押さえつけた。原田さんが鼻から息を出す。俺がするように俺に対してやってくる。そうだよ。それでいいんだよ。奥までくわえて舐めて啜って性臭の中で、与えたのと同じ刺激が下半身を痺れさす。したことがそのまま返ってくる。因果応報? 違うか。知らねぇよ。
「んんっ、ふ、んっ、く」
 出る。予感があったから。限界が見えたから。口の中のものを吐き出した。瞬間、原田さんがイった。顔面に降った。なにが? 精子。……精子。精子か。そうか。俺は今までなにをやっていたんだ。男の? ちんぽを? しゃぶるような? え? 今更言うこっちゃないけど、俺なんてことをしてしまったのだ。
「……っ、あ、うっ!」
 俺が俺という存在の見つめ直しを始めようという先から原田さんはしゃぶりっぱなしの俺という存在の一部を吸った。微かに歯を当てられてビクついた瞬間に俺も射精に至っていた。口の中に。射精を。……射精だ。イったのだ。男の口の中で。
「うえっ」
 原田さんはティッシュの中に俺の精子を吐き出している。飲まれるより余程マシだ。俺にもティッシュを差し出してくる。そうだった。顔に精子が付いたままだった。拭う。
「なんか……」
「なんすか!?」
 言葉が嫌でつい声が大きくなってしまう。できれば会話をしたくない。そういう心理が威圧的な返事に繋がったのだろう。
「なんだよ」
「別になんでもないっすけど!?」
「あれだな、結構やりがいあるな」
「なにがぁ」
「いやいや、ゴールが分かりやすいじゃん。育てて発射」
「知らんし」
「怒ってる?」
「別に……、別に怒ってないです」
 しゃぶらんでいいところを自主的にしゃぶったのは俺自身だし。顔射も発射も全部俺自身に責任がないわけじゃないし。ただ暗黙のうちに存在していた見えない一線を越えてしまった実感がある。アホの原田さんでもあるまいに、賢い俺が越えていい線ではなかった。原田さんに対する以上に俺自身に対して苛立ちがあった。これから俺らはどこまで行ってしまうんだろう、そういう不安もあった。伊達や酔狂でちんぽをしゃぶる俺らなのか、ということだ。
「大体なんで……、くわえられるとか、なんだとか……」
 訳の分からんことを言い出したのか、という理由から解明していくべきだ。起こってしまったことを今更なかったことにはできないのだから先を見ていくべきだ。金輪際悪ふざけでちんぽをしゃぶらないように。
「なんか、付き合わないかって話になって」
「はぁ?」
「同僚の女子と」
「ああ」
「そんでしばらく遊んだりなんだりしてたんだわ」
「それが?」
「なんかおまえのちんぽくわえてみたいなって」
 どういうアルゴリズムが発生したんだよ。非モテに女ができた、からの、フェラチオ。どういうことが脳内で起こったらそこに行き着くんだよ。物理学か。全部物理学が悪いんか。
「意味分かんねぇ」
「実際できるとも思ってなかったんだけど」
「まさかと思うけど女捨てて俺選ぶとかないっすよね」
「それはないけど」
 即答かよ。選ばれても困るけど。
「でも、しゃぶりたいのもしゃぶれんのもおまえだけだと思うぜ」
 くそ真面目な顔をして思うぜ、とか言う。ぜってなんだぜって。むかつく。言うこっちゃねぇだろ。でも俺も原田さん以外のちんぽだったらまかり間違っても口には入れなかった。……どういうアルゴリズムが働いているんだ。俺自身も分からん。
 熱帯夜。夜風は冷えない。部屋に蟠った汗のにおいはゆっくりと攪拌され薄まっていく。カーテンのない部屋。網戸だけ閉めて開けっ放しの窓。すうっと背中が冷えていく。野郎同士の乳繰り合いを夜中とはいえ世間様に垂れ流したという揺るぎない現実が横たわっている。もう二度と、もう二度とこの部屋を訪ねるのは止めよう。こんな意味の分からない男とつるむのは止めよう。一人でできないオナニーは最早セックスであるだなんて認めたくはない。今日のはオナニーでないにしろまだペッティングだから。いやペッティングも嫌だ。行きすぎたオナニーで止めておこうか。行きすぎたオナニーだから。オナニーは一人でするものだから。だから俺はもう二度とこの部屋を訪れない。固く誓った今日の俺を二週間後の俺がすっかり忘れているだなんて、このときは思いもしなかったのである。



(11.7.12)
置場