みだら


 エロビデオはたまにチョット観るから良いのであって、こんな風に何時間も耐久レースのように観るもんじゃない。仕事だ、という意識も手伝って乱れる女体を前にしても男の性が昂ることもない。
 これはマズイ。勉強のためと思って観たAVで女体に反応しなくなるってのは不味すぎる。編集の言葉を借りれば、近頃の俺の漫画はあとチョット足りないと言うのだ。「これじゃあ勃ちませんよぉ」とニコニコ笑う女編集の顔を思い出し脱力する。抜けないどころか勃たない……それも女子に言われるとショッパイ気持ちもひとしおだ。
 気合いをいれて画面を凝視する。なんかもうおなか一杯。そういう本音を押し退けて凝視する。芝居の下手なおねぇちゃんだなー、なんて思いながらボンヤリ画面を眺めていると、貧乏くさい音を立ててドアノブが鳴った。
 慌ててテレビのスイッチを切るが、狭い1Kアパートの悲しさかバレバレなのである。扉を開けた町田はニヤニヤ笑って「なになに」と部屋に上がりこんでくる。
「なに観てたの?」
 俺の答えなど待たず、町田はテレビのスイッチを入れた。画面一杯に映るおねぇちゃんの悦に入った顔とヘタクソな喘ぎ声の生む気まずさに俺は黙る。
「なんだぁ、溜まってんなら言ってくれればいいのに」
 町田はシナを作り背中に寄り掛かってくる。それを背中で押し返して「勉強だ」とキッパリ言う。しかし町田は俺のジーパンに手を掛けて「手伝ってやろう」と笑っている。これだから町田に知られたくなかったのだ。
「うざい! 離れろ」
「良いから良いから、祐ちゃんのイイ所は全部分かってんだから、あたしに任せて」
「カマ言葉止めろってんだろ! ホントに鬱陶しいな」
 言うと町田は手を止めて少し黙る。言い過ぎたかと思い内心慌てる。元々俺への嫌がらせのためだけに女装をしていたのだろうと思っていたが、本当はなんかジェンダーとか、そういうヤヤコシイ理由があったのか。町田は俺がしつこく言うものだから近頃は女装を止めていた。
「川井、俺は本当に川井のことが好きだよ」
 耳元で町田が言う。背中にくっついた町田の胸の鼓動が伝わってくる。
「……なんかそれ、本物っぽいな」
「だから本物なんだって」
 町田に耳を舐められて身体が震えた。寒気よりも性感が勝る、その事実を認めたくなかった。
「難しく考えんなよ、良くしてやるってんだから。……それとも縛った方がいい?」
「ふざっけんな! おいおいおい」
 町田の手が股間を撫ぜる。社会の窓から取り出された性器に指が絡みついてきた。巧みな手淫に息を乱され抵抗することを忘れてしまう。こういう中途半端な態度が良くないのだと分かっていても、町田がもたらす快楽に流され町田の胸に背中を預けてしまう。町田の荒い息遣いが左耳をくすぐって余計な性感まで煽る。
「ん…っ! ちょ、待て。分かったから」
「なに?」
「俺たちの間に愛はないよな? これは処理だよな?」
「……別になんでもいいけど」
 町田は呆れたように呟く。本音なんて考えたくもない。町田相手に愛してるだとか好きだとか、考えるだけでも馬鹿らしい。不毛な男所帯における処理だ。無理はあるがそう思えばまだ割り切れそうなものだ。そのことを早口で説明すると、町田は少し笑って「じゃあ舐めてくれる?」と言って昂った己のものを突き出した。
「……勘弁してください」
 流石にそこまで割り切れそうになかった。町田は笑って俺の手を取り己のものを握らせる。自分以外のものを握るのは初めてだった。右手の中で脈打つものに、不快感を感じる。町田は俺のものを握り、耳元で「手、動かして」と囁いた。
 互いに擦り合いながら、次第に息が乱れてくる。町田のものは手の中でどんどん硬度を増していく。俺自身かなり切羽詰っているのだが、町田の手はわざとはぐらかすような動きをしていつまでもトドメを刺してくれない。
「まちだっ…、おまっ…性格悪い…っ」
「コレじゃ、イけない?」
 町田の声もいくらか艶めいていたが、俺に比べたらまだ余裕があるようだった。身体を倒され町田の指が後腔を撫でた。待て、という制止を無視され俺が零した先走りを助けに指を進入させてくる。しかし僅かな湿りでは負担を軽減させるのには役立たなかった。
 町田は机の上に出しっぱなしだった俺のベビーオイルを空けて襞を伸ばす。それは、俺のカミソリ負けを癒すためのものであって、ローション代わりに、用いる、もの、では、ない!
 しかし、オイルの力を借りて内側を擦る指先が快楽を探りあててからは早かった。埋められた指を律動させながら昂奮したものも擦られる。下半身に集まる異常な快楽に流され、町田の首に縋りついた。
「良くなってきた?」
「んっ…! ごめっ…おれ、もう」
 耐える間もなく町田の手の内に放っていた。急激な虚脱感と後ろを出入りする指の感覚が合わさって緩やかな熱がくすぶり始める。
「次は僕の番ね」
 町田の言葉が耳をくすぐる。指が拡張を主目的とした動きに変わった。このままだとまた突っ込まれる、と分かっていたが今更抵抗するのもおかしいか、とボンヤリ思う。先にいかされたしなぁ……と変な義理を感じて、それ以上に内側の快に流されて、俺は町田に縋りつく。
「も…いいから、早くっ…!」
「ん…」
 町田の吐息を聞き劣情が身のうちを走った。片足を抱えられ犬のように晒された局部に羞恥心を煽られ死にたくなる。床に縋り腕の中へ顔を埋める。
 町田の掌が宥めるように俺の頭を撫でた。ああ……なんか俺カッコ悪いな。先に達して気遣わせて。別にもう、好きにしていいのに。
「まちだ…も、好きにしていいから……」
 言葉にすると何か様子がおかしかった。それは町田も思ったのか、喉の奥で笑って「えっち」と揶揄し笑った。
 奥深く熱いものを埋め込まれ、痛みや苦しみのほか何か奇妙なほどの満足感が沸き起こる。好きにしていいと言っても町田は俺を気遣うように動いてくる。ゆっくりと煽るような動きに焦れて恥ずかしげもなく強請る言葉を口走る。町田は何度も中で果て、うつろな意識の中で俺も何度も求めていた。
 二人して力尽きたのはどれほどの時間が経ってからだろうか。身体の節々が痛い。
 隣で眠る町田はいやに精悍な顔付きをしている。ああ、いやだ。そんなに悪くないかもなんて思っちゃってる。思う壺だよ。分かってるけど。
 町田が案外誠実な顔をしているから、思う壺でも良いかと思う。
 色々、間違ってるのは気付いているんだけどね、それはね。なるようになれば良いと思う。二十一世紀の感性で、自分が良いと思うほうに行けば、多分、間違いはないだろう。……多分。



(05.6.5)
置場