寝起きドッキリにドッキリしない強い心持ちであたるべき


 ボロアパートは秋が冬へと移行していく最中にさっそく隙間風を忍び込ませて、精神的なものなのかもしれないが、日が差す外よりも薄ら寒いような気がする。この先本格的な冬を迎えることを思うと暖房器具も取り出せない。むしろ電気代が跳ね上がる冬を前にしてこそ節約せねばならない。
 よって、寝る。冷えた布団に包まって、早く温まれと丸くなる。心なしか腹も減っていたが、それも眠れば万事解決である。一食分の節約だ。凍死したらそれまでだが、単に俺が寒さに弱いだけで実際はそんなに寒くないのだろう。大丈夫。俺は死なない。死ぬはずがない。そうだ。

 目が覚めると部屋の電灯が点いていた。点けっ放しで眠ったのだろうかとボンヤリした頭で考える。寝返りをうってうつぶせになり目覚まし時計に手を伸ばす。起きぬけで霞む目をこらし時間を確認する。十八時。……一回分の睡眠をとってしまった。まあ別にいいか。仕事があるわけじゃないし。枕元においた眼鏡をかけて、起き上がる。
「わ」
「おはよう」
 町田がいた。それはもう普通に。ごく自然に漫画なんか読んでいた。存在感を消しすぎだろう。驚いたせいかちょっと心臓が痛い。
「いつ来たんだよ」
「五時くらい? 鍵あいてたよ」
「あーマジか」
 そういえば鍵を閉めた記憶がない。アクビが出る。腹減った。
「俺メシ食うけどおまえどうする?」
「なに、作るの?」
「チキンラーメンな」
「ああ、たまごポケット! っていうのがあるらしいね、今」
「くぼみな。卵はねぇけどな」
「……外へ食べに行く?」
「奢りなら」
「奢りだよ」
 じゃあ、ってんで勢いをつけて布団からでる。ヒヤッとした空気に身体が縮んだ。その勢いのまま台所で顔を洗う。コンタクトもはめる。まばたきしてると町田がなに食べたい? と尋ねてくる。
「なんでもいいよ」
「イタリアンとか……」
「メンドクセェとこはパス。ファミレスとかで良いし」
 着替えようと思ったが寒いので部屋着にしているパーカーだけ脱いで、中に着ていたTシャツはそのまま着ておく。が。
「うぉ、冷てぇ!」
 腰に直に当てられる冷たい感触。町田の手がシャツの中に忍び込んでいた。
「あー寝起きの子って温かいなぁ」
「バカ! 触んな冷てぇ」
 頭をぶん殴るとようやく手が出て行く。ハッと不安になる。まさかとは思うが。
「俺が寝てる間、変なことしてねぇよな……?」
 ブーッとギャグ漫画みたいに吹き出して、何それと言って町田は笑った。それで、どうなんだ。したのか、してないのか。
「頭から布団かぶってる奴に何ができんだよ。気付くでしょー」
 そらそうだ。しかし、このアホは色々と前科がある。それこそ俺がポリス沙汰にしたら本当に前科がついてしまうだろう深き罪の数々が。考えてみたら俺って超善良じゃない。心の広さは太平洋クラス。実は弥勒なんじゃねぇの。とかなんとかバカを休まず考えていると、町田は早々に靴を履き玄関に立っている。
「着替え終わったんなら行こうよ」
 目が早く、と言っている。ジャケットを着て靴を履く。狭い玄関だから、町田は身体を半分外に出している。吹き込んでくる風が冷たい。
「ホントに奢り? 財布持ってかないぞ」
「稼いでる稼いでる。川井よりずっと」
「チョコパも食うぞ」
「食べればいいよ、好きなだけ。ビールも飲んじゃえ」
「飲まねぇよ」
 というか、飲めない。だが、町田には言わない。脇を締めておかないとどこで墓穴を掘るか分からない。酔った勢いでアレコレ――なんて、漫画の中だけで充分だ。
 駅前のファミレスまで歩いていく。十分ほどの道程をたらたら歩きながら割合しょうもない話をしたりした。
「川井が眼鏡かけてんの久し振りに見た」
「そうだっけ?」
「高校の時以来じゃないかな」
「あー…眼鏡のが度が弱ぇんだよ。テレビ観づらいくらい」
 それでも在宅中は眼鏡だったりするが、町田が来るのがたまたま仕事をしてる日に重なるのだろう。そうでなかったらわざわざコンタクトを入れたりしない。
「結構悪いんだ」
「おー裸眼じゃ何も見えないよ。人の顔も判別できねぇ」
「……ふうん」
「なんだよ」
「別に」
 釈然としないままファミレスについて、二名です喫煙席で、と言った時に、あ、とようやく気付いた。町田は何?と不思議そうな顔をしている。
「なんでもねぇよ」
 五分ほどのタイムラグの後やっと頭が追いついた。やっちまった。墓穴が一つ出来上がってる。後悔とムカつきを発散させるべく一番高いご飯セットを頼み、更にご飯を梅ジソご飯に替えた。無闇にサイドメニューのほうれん草のソテーも頼み尚且つチョコパも食った。
 人がチョコパを食ってるのを頬杖ついて見詰めてくるから軽く苛立って、満足しても決して注意を怠らない鉄の心を持つべし、と内心で固く誓った。



(05.11.5)
置場