季節柄の病気なんです。


 大学時代の仲間で集まろう、という連絡があってすぐに、不穏な感じはあったのだ。酒の勢いで元カノとメアドの交換をしちゃったりして。ギュウギュウに人の乗った終電で、後悔していた。
 焼けぼっくいに火が点きそうなのを未然に防いだ。それについては後悔していない。アカラサマに持ち帰れよと目で訴える彼女は、なかなか美しくなっていた。元々気持ちの折れやすい女だったが、仕事に疲れる時期なのか、眼差しに逃避の欲求があった。俺の職業に変な夢を見ちゃってる感じがした。今の生活を捨てたいのだろうな、と思ったらとてもその気にはなれなかった。第一、あの女別れた理由を忘れてやがる。
 家に帰りつくまでは気を強くもっていた。なんとかかんとか歩いていた。玄関を開けた瞬間、押し込めていた酔いがグワングワン脳を揺さぶって、何故かいる町田に小言の一つも言えず「お水頂戴」が精一杯。
「大丈夫?」
 水を入れたグラスを受け取り一息に飲み干す。一瞬なにか込みあがってきたが押し止める。
「なあに、色気ないなー」
「うるせぇ……」
 早々に、俺は寝る。邪魔をするなと言いつけて布団の中に潜り込む。ちょっと申し訳ないかな、と思ったがそれどころじゃない。起きていたら起きていただけ地獄。もうホント、酒なんて二度と飲まない。だから許してくださいホント。胸に込みあがってくるアレコレを和らげて下さい。神よ……!
 ――しばらく眠っていた。といっても一時間ほど。目の端にボンヤリとした影がある。
「起きた?」
 読んでいた漫画から顔を上げて、町田が言う。返事をしながら眼鏡を探す。
「俺コンタクト外してたっけ?」
「外してたよ」
「あー、そう」
 眼鏡を掛けて、みかんを食べる。まだ頭にモヤがかっている。携帯の着信灯がチラチラ点滅している。開くと、メールの着信。ミカちゃん。「今度ごはん食べよー」って嫌だよ。
 みかんを食べながら、フと思う。俺、みかん買ってない。じゃあ、町田が買ってきたのか。有難う、と言うと町田はキョトンとした顔をして、含み笑いみたいな変な笑い方をした。
「可愛いね」
「おー俺は可愛いんだよ」
「知ってるよ」
「ボケたんだよ」
 町田は変な微笑みを浮かべたまま身体を近づけてくる。何故だか俺は町田の顔を見続けていた。ああ、なんだ。目が笑ってないんだ。妙に真面目な目付き。変なの。
 思っているうちに唇を食われた。あ、と意識が回る前に心地好さにどうでもよくなってくる。大丈夫、まだ息が継げる。応えたら、少し苦しくなった。口で息をする方法が分からなくなった。吐息まで町田に奪われているような気になってくる。口内の性感を暴く術を知っているのだろうか。町田は次々と煽るように口付けを深くする。
「……抵抗しないんだ」
 驚いたような、呆れたような顔付きだった。ああ、そうか。抵抗か。ようやく頭が回ってくる。けれど、なんだか面倒くさい。
 町田の手が背中を直に触れた。冷たさに身体が縮んだ。
「手、冷たい」
「すぐ熱くなるよ」
 冷たい手が身体の上を行き来する。うちに段々温まってくるが、こちらの身体も熱くなる。そのうち温度の違和感さえ心地好いものに思えてくる。
 町田のてのひらがパンツの中に入ってきて、股間に直接の刺激が伝わる。少しだけ身体が竦んだ。
「酒飲んでるし勃たねぇよ」
 言うと、町田はからかうみたいな顔になって「ちゃんと気持ちよくさせるよ」と笑った。どっからくるんだ、その自信は。呆れとか色々で笑いが込みあがってくる。俺も大概どうかしている。
 摩擦の手は止まることなく、町田の顔が近付いてくるから目を閉じた。また口の中を撫でられる。ゆるい愛撫とぬるい口付けに眠たくなるような心地好さがある。町田に全部任せてしまおうと考えるでもなく思い込んでいた。
「……っ、あ」
 しつこく続くうち震えるほど快楽が身体を満たしていた。甘く噛まれた耳たぶに「勃ってる」と揶揄する声。ムカツク反面、腰の辺りにピリっとした欲情が走る。目の前が白むような、酷い刺激が欲しいと心のどこかで望んでいる。
 町田はあれやこれや急いたような言葉を吐いて、俺の脚の間に指置く。広がる違和感と冷たい液体の感触に呻きが漏れた。中で指を動かされると背骨を抜けるような刺激が走る。奥歯を噛んでも喉の奥が鳴ってしまう。身体を捩ってむず痒い按摩から逃れようとするが、叶ったのは上体だけで腰は固められたまま動かせなかった。
 うつ伏せたら鼻水がたれてきて、されるままになりながらティッシュに手を伸ばして鼻をかむ。町田はちょっと笑って、でも続いていて、なんだか変な気がした。非日常の中に日常を持ち込んでしまった、というか。……逆か? 日常の中に非日常が馴染んでしまったのか? ぐらぐらワケが分からなくなりながら、何にせよマズイというのだけはよく分かった。
 指が出て行く感触と背中に町田が被さってくる気配が同じにあって、耳元で確認だか報告だか分からないが入れるよ、だかなんだか言われて頷いて、あ、と思う間に窄まりを押し広げるような圧迫があった。
 背後から耳を甘噛みされてくすぐったい。伏したまま押されたり引かれたりかき回されたりして内側の感受するところは些細な刺激をも取り零すことなく拾っていく。だけど、それだけでは男の性を満たすことはない。俺のはダラダラ涎を零して震えるが、肝心の到達に漕ぎつけない。みっともないのを承知で自分で擦ろうにも、両手は町田に取られてしまってままならない。
 町田の動きには確信があった。恐らく、俺が内側の器官だけで果てることを期待しているのだ。しかし、その前に頭がおかしくなる。
「もっ…、や」
 息も絶え絶え、上半身だけ向き直って町田に縋る。こうでもしないと、と打算が働くあたりもうどうしようもない。知らず俺も慣れたものだ。
「うっ…あ、あっ」
 繋がったまま体勢を変えて、正面から。町田の切羽詰った顔は案外真面目で意外な気がした。目を見ているとまたキスされて、キスされたまま腰を動かされるから俺も自分のを擦って、俺が果てんのと同じくらいに町田も出して、その後ダラダラして、メンドクサイから俺は眠気に任せて眠ってしまった。

 一時間くらい眠っていたらしい。
 目が覚めたとき、俺のせまっくるしいベッドに町田と二人引っ付きあっていた。記憶は、全部ある。意識も普通にあった。ただちょっと、別にいいかって気持ちになっていただけだ。
 今、正気になって頭が回るようになったせいか、分かる。大失敗。そう、大きな失敗である。酒のせいと言ったところで起こったことは変わらない。俺は、俺の意思で、流されてしまった。
 起きた気配に気付いたのか、町田が俺の顔を覗いてくる。今、俺は今年一番の後悔を顔に浮かべていることだろう。それに気付いてか町田はニヤニヤと底意地の悪い笑顔を浮かべている。
「川井は本当に可愛いねぇ」
「うっさい! バカ! 帰れ!」
 言いつつ、俺は己の正当性をちっとも主張できなくて、枕に額をこすり付けてひたすら後悔していた。頭を撫でる手も振り払えない。ううっ…、もう二度と酒なんか飲まない! 年明け一番の書初めに「禁酒!」。初詣では「流されない心!」。クリスマスなんて、俺は知らない!



(05.12.19)
置場