見たいもんは大抵裏側にある



 二日ぶりに眠ったのである。修羅場明けであったのだ。そんな折に金縛りに遭った。人生で初めてのことであったが、金縛りも起こりうるほど疲れていたのだと思えば不思議はなかった。右足が伸ばせない。他は動くようだが足が固まっているせいか窮屈だ。そろそろ目を開けようか。どうせもう起きてるし。まぶたを開ける。
「おは」
「近っ」
 目を開けた瞬間町田の顔があった。非常に近くあった。超観察されていた雰囲気だが下半身方面にいたずらされた気配はないので近さに関しては言うことはない。それよりも目覚めてなお金縛りが継続されていることの方が気がかりだ。
「俺今金縛り中なんだけど、治し方とか知ってる?」
「あー…、金縛りっていうかさ」
 おもむろに差し出すガムテープ。ガムテープ?
「やっちゃいました」
 ニコッと笑う。掛け布団を引っぺがしてみれば俺の右足は折った状態で膝辺りをガムテープでぐるぐる巻きにされている。何故起きないんだ俺。そんなに眠かったか。眠かった。そんなに疲れていたか。疲れていた。だからって簡単にやられてるんじゃねぇよ!
「ハサミ」
「はいはい」
 差し出されたハサミをなんの考えもなしに受け取ろうとした、俺は完全に寝惚けていた。油断していた。何故拘束した相手に対して疑いを持たぬのか。前科何犯の相手だ。町田だぞ。あの町田だぞ。
「おっ! いっ!」
 差し出したてのひらはスルー。手首を握られた、かと思った瞬間にてのひらにはガムテープが貼り付けられていた。いかん、交わす。と思う思考の流れは遅い。間もなく一巻き、二巻きされて俺は右手の自由まで失ってしまったのだ。
「許さんぞ……」
「こわーい」
 ニヤニヤ笑って左腕を取られる。そうはいくか。肩を使って交わす。腕を捻って避ける。ガムテ巻きされた右手だって殴ることはできる。もちろん殴る。が、左手にもガムテープが貼られてしまった。ならば拳を握って回避。できるはずもなく、拳のままガムテープを巻き巻きされてしまった。
「……おまえすげぇな……」
 逆に感心する。なんという手管であろうか。なんという手際の良さであろうか。運送会社に勤めてもきっとそれなりに成果を出すことは間違いないだろう。目覚めて数分のうちに片足と両手の自由が奪われてしまった。
「あー疲れた」
「ね。面白かったね。じゃ、外そうか」
 ニコッと笑う。……そらそうだわな。
 狭いベッドの上に乗り上げてくる身体をガムテ巻きされて不自由な両手で押し退ける。が、すぐに両腕を押さえマウントポジションを取ろうとするので唯一自由な左足で腹を押す。
「あ」
「止める気になったか馬鹿野郎」
「足の裏見たい」
「は?」
「足の裏見せて」
「いっ、嫌だ!」
「いいじゃん見せてよ」
 言うやいなや左足首を掴んで持ち上げる。止めろ! キモイ! 水虫とかじゃないけど。足の裏コンプレックスなんかないけど。足の裏見たいという発言が嫌だ。意味不明さが嫌だ。マジマジと見ている。足の裏を。なんだっていうんだ。なにがあるというのだ。
「引籠もってるから? 柔らかいね。擦り付けていい?」
「限界だよ俺は! メンタル攻撃すんな!」
「じゃあ舐めていい?」
「嫌に決まってんだろ!」
「じゃ、擦り付けまーす」
「嘘っ! ……嘘だろちょっと」
 待て、と言う間もなく町田はビキビキに勃起したものを取り出し俺の足の裏に接触させる。熱い。熱い塊が土踏まずを擦過する。力が抜ける。足の裏まで汚されてしまうのか俺は。このまま蹴りつけてやろうか。でも病院沙汰になったら俺責任とれないしな。でもこいつのチンポは使えない方が世のため俺のためなんじゃないか。蹴ったろうか。ソフトキックでいってみるか。ソフトだったら大丈夫だろう。よし、いこう。
「っ、うぐっ……!」
 唇がいきなり塞がれた。足の裏にチンポを擦り付けられながらキスされるとか俺の人生最悪すぎる。足が濡らされている。感じているのか。昂奮しているのか。こんな変態的なことに。くすぐったい。引掻きたい。口の中で町田の舌は上顎を擦る。くすぐったい。涙出る。足の裏に強く擦り付けられる。ぬめりながら、くすぐったさを伴いながら、それは何度も行き来する。
「はっ…、あ」
 唇を離すと町田は溜めた息を吐き出して精液も出した。足の裏にぶっかけられて俺の心バリケードもぶっ壊れた。嫌だもう。涙がぽろり。
「昂奮する」
 知るかよもう。ありえねぇよ。ありえねぇだろ、おまえ。出した精液と俺の足をじっと見詰めている。きめぇ。っていうか怖ぇ。
「もういいだろ……」
「またまた」
 ニコッと笑う。笑うところじゃねぇだろ。笑えねぇよ。怖ぇよ。ドン引き。していると町田は俺の股間を掴む。
「立ってるよ」
「いや、立ってないです。気のせいです」
「じゃあ、立たせまーす」
「やめろ! ていうか足拭け!」
 足の裏でガビガビになった精子洗い落とすとか考えたくもねぇ。町田ははいはいと言って素直にティッシュで足を拭う。そしてそのティッシュをゴミ箱へポイ。速攻ゴミ出ししよう。明日ゴミの日なのは神様のわずかなる温情といったところか。なに言ってんだ俺は。神に温情があるのなら、俺こんなことになってねぇだろ。そらそうだ。
 さて、おしまいおしまい。ベッドから降りようかね、と左足を床に着地。できるはずもなく、腰で掴まれたスウェットズボンを引き下ろされる。
「おいっ! いいかげんにしろ!」
 おまえもう一発抜いたんだからいいだろ。いくつだよ。中学生かよ。そろそろ性に飽きろよ。恐ろしいよ俺は。
 右膝を固定されたまま体勢を変えるのは筋肉に多大なる負荷を与える。イタタタタッ……言っても構わず俺の乳首を直に触ろうとトレーナーの中に手を突っ込んでくる。優しさがない。思いやりがない。摘んでくる。不愉快なので身体を捩って回避。しようという俺の思惑は俺の身体が裏切った。
「って、痛っ……ちょ、いてぇ攣った」
「脚?」
「ふくらはぎと腿と腰」
「ださっ」
「おい誰のせいだと思ってんだおまえ」
「ごめんごめん、揉んであげるね」
「触るな! いいから膝のやつを外せ!」
「その言い方酷くなーい」
「お願いします外してください」
「僕のこと愛してる?」
「うざっ……」
 にっこり笑って乳首を嬲る。油断していたせいでくすぐったさをもろに受けてこむら返ったふくらはぎ、腿、腰全体に痛みの波が走る。
「すいませんでしたマジ愛してるんで」
「じゃあフェラでき」
「ねーよ! それはねぇよ。ありえねぇよ。っていうかおまえもう萎えてんだろ。やる気ねぇだろ。じゃあ止めようぜ」
 止めようぜ! と強く言うと町田はごめんと言って膝に巻きついていたガムテープをハサミで切って解放してくれた。良かった。ようやく話が通じたか。
「やる気ないなんて思われた自分の不甲斐なさ、恥ずかしく思うよ……」
 どことなししょげてみせる。言ってる意味は分からんが恥を知るのはいいことだろう。
「ほんと、もう二度とそんなこと言わせないから」
 俺の顎を持ち上げて宣言する。違うだろ。なんか違うだろこれは。唇が迫ってくる。顔を背けて避ける。すると首筋に唇が接触する。違うだろ。腹を直に撫でて胸まで上がってくる。いやいや違うだろこの流れは。
「据え膳食わぬは……なんだっけ?」
「知らねぇよ!」
 据え膳食わぬは男の恥だとか! 俺の知ったことじゃないんだよ! 恥を知れ恥を! 据え膳食わねど高楊枝で行けバカが!
 しっかり食われた。俺の馬鹿野郎! どうして油断してしまったんだ。というか。
「寝込みを襲うとかフェアじゃないんじゃないですか」
「布団から膝が飛び出していたので……」
 犯行動機は膝が飛び出していたので。通じねぇだろ。通じねぇよ。
「膝かわいいなって眺めていたらつい……やっちゃいました」
 肩を竦めて舌を出す。許しがたい。その仕草がなにより許しがたい。絶対許さねぇこいつだけは。
 チャイムが鳴る。普段人が訪ねてこない家で、唯一訪ねてくる男は目の前にいる。なんだ。訪問販売だとかそういう気配もなかったが。不審がって思わず町田と目を合わせる。町田ははいはいと声を出して玄関へ向かった。
 戻ってきた時には大きな丸い寿司容器を両手に抱えていた。
「お寿司とっちゃった」
「いつ?」
「川井が風呂で泣いてるとき」
 泣いてねぇよ。むかついてただけだよ。泣くわけねぇだろこの俺が。
「おなか空いてるかなぁって思って大きいの頼んじゃったんだけど」
「構わんよ。食えるよ」
「じゃ、食べよっか」
「おう」
 いただきまーすってんで割箸を割りアジから食す。うん、いい寿司だ。って俺はバカか。バカだもう。とりあえず寿司が美味いから反省も追及も全部後だ。今俺がすべきことは寿司をどういう順で食べていくかを考えることだけだ。



(10.2.26)
置場