神様の言うとおり!



 ある晩夢の中に七福神にでもいそうな人のよさそうな爺さんが現れた。爺さんはたっぷりと蓄えたヒゲを撫でながら俺にこう言った。
「儂はアナルセックスの神、明日から三日以内にアナルセックスをしなければおまえの家のガスコンロ、電子レンジ、ポットが同時に壊れるだろう」
「はあ?」
 なにを言っているのかまったく分からず、ああ夢かとすぐに合点がいった。アナルセックスの神という時点で、三日以内にアナルセックスという時点で、微妙に使用頻度の高い生活必需品が同時に壊れるという時点で、俺の頭がどうかしている証拠だろう。近頃忙しかったからストレスかなにかかな。
「ほほ、信じておらんな?」
「そうですねぇ」
「まあよい、アナルセックスをせずにガスコンロも電子レンジもあまつさえポットすら壊してしまうがよいよい」
 ふぉっふぉっふぉっ、と老人があまりしない笑い方をして爺さんはフェードアウトしていった。今度の休みは一日ゆっくりしてよう。目が覚めた俺はそう決めたのであった。

 仕事は向いていないと思う。ラッキーまぐれで勢いに乗ってる企業に入社できたものの俺は完全に勢いに乗れてない。コピーを頼まれると嬉しいくらいで、自分でも無能を自覚している。
「それ、30部」
「あ、はい」
 当たり前のように俺に指示を出したのは同期の丸川だ。俺とは違い有能で、多分そのうち俺より偉くなるんだろう。俺が30部かぁと思ってる間にも丸川は次の仕事に取り掛かっている。
 入社した頃は飲みに誘われたりもしていたが、お前には向上心がないのか、と説教をされて以来誘われなくなった。多分見限られたんだろうと思う。あの時見限られなかったとして、俺と丸川では仕事に対する価値観がまるで違うし話が合うタイプでもなかったからいずれ疎遠にはなっていたのだろうが。
 コピーをしながら夕飯はなにを食べようかと考える。明日の会議のことなんか俺は知らないし考えることなんか夕飯のことか転職のことしかない。転職なんて言って就活が面倒だから解雇されない限りするつもりはないが。
 吐き出される会議資料の中に俺がまとめたデータも使われている。ちょっと仕事してる感あるな。
「終わったらこれも頼むわ」
「あ、はい」
 先輩が部数を書いたメモを付け紙の束を置いていく。コピー機の番人という職があったら俺の適職なんではないか。恐らくそろそろ紙がなくなるから準備しておく。ほんと俺コピーだけは得意なんだけどそんなことは評価対象にならないのだ。

 いてもいなくてもいい感じで日々を過ごし、夢のことなどすっかり忘れて三日過ぎた晩、俺の家のガスコンロ、電子レンジ、ポットが同時に壊れたのである。
「ふぉっふぉっ、だから言ったであろう!」
 夢の中に現れたのは言うまでもなくアナルセックスの神である。
「どうじゃ、信じる気になったかの!」
「いや……、あの、待ってください」
 今月はゲームを買ったり漫画を買ったりBlu-rayを買ったりなにかと物入りだったのだ。ここで急な出費には対応できないし電子レンジがないのは死活問題だ。
 せめて電子レンジだけでも直してほしい。ごはんを毎日炊くのは俺には無理だからだ。
「ふむ、良かろう! 明日から三日以内にアナルセックスをしたら即座に電子レンジとポットを直してやろう」
「ガスコンロは……?」
「あれはもう着火装置がめげてるから買い替え時じゃ!」
 めげてる? 励ましてやったらいいのか。違うのか。ニュアンス的に壊れてる的な意味か。どうして俺の夢なのに俺に分からない言葉を使うんだこの爺さんは!
「でもでもアナルセックスなんて簡単に言うけど相手がいないんですが」
「そんなもん、あれじゃ、あのー誰だ、ほら、丸川とかいいんじゃないか?」
「丸川! なんで丸川なんですか!」
「ちんこでかそうだしやりチンっぽいじゃろ、どうせならやりチンとやった方がおまえもいいじゃろ!」
「嫌ですよ!」
「おっともう時間だ。よいか、明日から三日以内に丸川とアナルセックスしなければおまえは死ぬ!」
「ちょっ! ハードル上がってんじゃねぇか!」
 目覚め早々叫んでいた。窓の外には輝かしい朝が訪れている。
 丸川とアナルセックスすれば電子レンジとポットが直る。しなければ俺は死ぬ。どうするんだこれは。たとえどうにか丸川とセックスしたところで社会的には死ぬんではないか? いや、丸川とて俺とセックスしたことなど吹聴しないだろう。
 というかそもそもどうやって丸川に頼むのだ。丸川の性格的に親友に頼み込まれたら嫌とは言わない気がするが、俺は親友でもなければ同期としても軽蔑されている。いきなりセックスしてくださいと頼んだところで通る話だとは思えない。
 出勤してすぐに丸川を見つける。まずは朝の挨拶だな。いつもしてるけど。いざあんな夢を見た後だと妙に意識して言いづらいが言おうか。
「おはよう」
「あっ! おはよう……早いね」
 先に言われた。でも第一段階クリアだな。ここから三日以内にアナルセックスに持ち込まなければならないのか。無理だろ。どう考えても無理だよ。
「別にいつも通りだけど」
「あっ、そうだね」
 どう考えても無理だよ。トゲがあるよ。おまえももっと早く来いよって多分だいぶ前に言われた気がする。早く来たって仕方ねぇじゃん寝てたいじゃんって答えたな、俺は。無理だな。好感度低すぎ。
 だけど死にたくない。なんで? って理由もない。死にたくないから死にたくない。それだけだけど、俺はちょっと空気読まずに頑張るべきだと思う。
「あのさ、今晩、よかったら、飲みに……、どうかな?」
「今晩?」
 怪訝に問い返される。それはそうだ。俺は自分から丸川を誘ったことなんかないし飲みの席は極力避けている。めんどくさいからだ。
「ちょっと相談、とか、あるっていうか」
「明日でいい?」
「あ、うん。いいよ、明日。うん」
 じゃあ、って感じのうやむやで丸川はまた仕事に戻った。

 仕事を早々に終わらせ丸川が残っているのを後目にさっさと退社する。スマホで調べたアナルセックスに必要そうなものをドラッグストアに買いに行く。
 カゴの中にローションや浣腸、コンドームに痔の薬。ホモ丸出しだが仕方がない。もう二度とこの店にこないからいいだろう。
「ポイントカードをお持ちですか?」
「あ、ないです」
「お作りいたしますか?」
「いいです……」
 死にたい。いや、死なないためにこんな恥ずかしい思いをしているのだ。俺のアナルセックス道具一式は黒い袋に詰め込まれた。
 火照る頬に表情が浮かばないよう何食わぬ顔をして街を歩く。誰も気にしてないのは分かっているが、俺はこの後家に帰ってアナルを弄るが別に変態ではない、という顔をしていないと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
 帰宅してネットでアナルセックスのための準備の仕方や手順を学ぶうち、どんどん気が滅入ってくる。えぐい。想像以上にえぐい。浣腸を用意しろという時点で薄々感じていたが何故俺はアナルセックスの神なんかに見つかってしまったのだ。
 しかし明日は丸川にアナルセックスを頼まなければならないのだ。誘っておきながら俺がアナルセックスについて何も知りません、では話にならないだろう。
 嫌々浣腸を持って便所に籠る。何故俺はこんなに辛い目に遭わなければならないのだ。薬液のために痛む腹を抱え、脂汗を浮かべながら思った。
 便所で用を済ませシャワーを浴びる。なにもしないうちからもう疲れ果てている。初めての浣腸のせいなのか少し気持ちが悪い。身体を洗いもう寝てしまいたいが、本番は明日だ。予習しないわけにはいかない。
 ローションを手に取り適当に指に馴染ませてアナルに触れる。ローションのひんやりした感触に身体が震える。洗ったせいか思ったより頑なさはないが、指先より先を入れるのは大変そうだった。抵抗なく入る範囲まで指を出し入れさせたり周辺をなぞってみたりする。むずむずと変な感じがするが、これにも慣れなければなるまい。
 時間をかけてどうにか人差し指一本が入った。とはいえ丸川のちんこが人差し指サイズなわけがないのだからこれで終わるわけにはいかない。丸川のあの自信満々な性格を思えば絶対にそれなりのサイズなはずだ。ちんこがでかい奴は大体偉そうだったり自信家だったりするのだ。自信の根拠がサイズなのだ。
「うっ……、うっ」
 人差し指をゆっくり出し入れし中指の挿入を試みる。気持ち悪い。涙出てくる。なんでこんなことしないといけないんだろう。むずむずした痒みのような気持ちよさのようなよく分からない感覚と苦しさと痛みと綯交ぜになって気分が悪くなってくる。下半身を丸出しにしているせいで身体が冷えてきた気もする。
「いっ……!」
 無理矢理中指を押し進め即抜いた。抜け出ていく瞬間ゾクッと快感のようなものが走ったが、もう一度指を入れてみようという気にはならなかった。これ以上は無理だと思った。抜いた二本の指を眺める。ローションでぬめった指は生々しくてすごく嫌だ。それに、絶対質量が足りてない。あんなに頑張ったのにまだまだ序の口だというのか。
 疲労を覚えながらケツを洗いに風呂場へ向かう。なんで俺がこんな目に遭わなければならないんだ。何度となく感じた憤りに溜息は尽くせず出た。

 翌日、ほんの少し丸川の好感度を上げておこうといつもより早めに出社した。とは言え丸川はもういて、おはようと声を掛けるとなんでもなく応じた。
「今日早いな」
「あっ! うん、ちょっとね」
 普通にスルーされるかと思ったが早さに気付いてもらえて嬉しい。特に好感度が上がった様子はなかったが、俺がいつもより早いことには気付いてもらえたのだ。
「あの、今晩」
「おお、今晩な」
 なんだか上手く事が運びそうな気配にホッとする。俺がどんなに自己鍛錬に励んだところで期限までに丸川のちんこを入れないことには解決しない問題なのだ。
 幸先の良い一日の始まりに揚々としていたが、午後になって雲行きは怪しくなってきた。
 丸川の周りで騒がしいな、と思っていたら俺にも普段回ってこないような仕事が回ってきたのだ。バタバタとざわついた雰囲気は言うまでもなくなにか問題が発生しているからで、丸川は携帯や固定電話をフルに使って電話をしている。
 これはもしかしたらまずいんではないか、と思っている間にも丸川は出掛ける準備を始めている。
「あの……」
「ああ、悪い。今晩無理そう。来週でいいか?」
「あっ! 明日!」
 バッグとコートを抱え今にも飛び出していきそうな丸川に俺も咄嗟に言葉が出た。明日は土曜日だ。休みの日に丸川を誘ったことなんか一度もないし、休みの日に会うほど俺たちは親しくない。急に休日に誘うこと自体丸川にとって気味が悪いことかもしれないが背に腹は代えられなかった。
「メールする」
 考える時間も惜しいのか短く言って丸川は出て行った。
 日が暮れても丸川は帰ってこなかった。頼まれた仕事を終え、やることもなくなったから帰っても良かったがなんとなく帰る気になれず上司のもとへお伺いを立てに行く。
「なにかお手伝いできることがあれば……」
「ああ、いいよ。おつかれ」
「あ、はい。すみません、お先に失礼します」
 確かに俺が残っていても仕方ない。丸川とはやっている仕事が違うし、俺がいても足手まといなだけかもしれない。全員が残っているわけではないが、まだ忙しげに仕事をしている先輩や後輩たちを残して帰るのは自分の使えなさを再認して心苦しい。
 俺がもう少し仕事ができるやつだったら世界は変わっていたのだろうか。丸川とももっと上手くやれていたのだろうか。
 考えても仕方のないことがふと兆す。努力しなかったのは俺だ。丸川から早々に逃げ出したのも俺だ。自己嫌悪が育っていく。
 買って帰った冷えたコンビニ弁当を食べ丸川のメールを待つ。そろそろ日付を超えようかという時間になってもメールはなく、まだ仕事をしているのか忘れられているのか分からなかったが覚悟を決めてメールを打った。
『お疲れ様です、明日何時になってもいいので会えませんか』
 書きは消し、消しては書きを繰り返してしてようやくできたメールは結局用件だけのものになった。
 それから数十分過ぎて、丸川から着信があった。慌てて出ると起きてた? と疲労の気配が感じられる声音が耳に飛び込んできた。
「あ、うん。今終わり?」
「まー、なんとかな」
 普段聴きなれない雰囲気の声は外の気配を伴っている。まだ帰宅してないのか、と申し訳ない気持ちになる。
「悪いな、メール打つのしんどくて」
「ああ、全然。こっちこそごめん」
「明日な。何時にする?」
「何時でもいいけど……、昼くらい?」
 適当な時間と待ち合わせ場所を提案すると丸川はすぐに頷いた。声の端々から伝わる疲れに考えることも億劫なのだろうと感じられる。
「あの、悪い。無理言って」
「なにが?」
「えっと、休みの日に誘ったりして」
「あー、いいよ、気にすんなよ」
「ごめん」
「他に用事ある?」
「えっと、ない」
「ん、じゃあおやすみー」
「あ、うん。ありがとう、おやすみ」
 通話を終えると胸に溜め込んでいた息が一気に吐き出された。丸川とこんなに話すのはいつぶりだろうか。普通に対応できただろうか。おかしなところはなかっただろうか。
 妙に目が冴えてなかなか寝付けなかった。明日、丸川にする頼みごとが憂鬱になってくる。言いたくないな。普通に飯食って仕事の話だとかなんでもない話をして終わりたい。けれど火のつかないガスコンロやうんともすんともいわない電子レンジが重く心に圧し掛かる。急に俺が死んだら丸川も驚くだろうな。
 目を閉じて明日の段取りを考える。どうしたって協力してもらわないといけないのだ、考えられる限りのシュミレーションをして策を講じる。もう丸川は家に帰りついただろうか。もう眠っているだろうか。考えるうちにいつしか眠ってしまった。

 翌朝は少し早く起きて万全の準備を整え待ち合わせの時間より早く行った。休日昼間の繁華街は若者で賑わっている。
 待ち合わせの人間が集まる辺りに紛れ込み、連絡が来るかとスマホを眺めている。デジタル表示の時計は秒数を刻々と刻んでいく。段々と気が重くなってくる。親しくもないのに休日呼び出して頼むことがアナルセックスか。絶縁されてもおかしくないレベルの話だ。
 溜息を吐き出すと視界の隅にこちらへ向かってくる足が目に入った。顔を上げると丸川がよおと変な声で俺の前に立った。
「早いね」
「あ、うん……。なんか、カッコイイね」
 なにを着ていいか分からず適当な恰好をしている俺と違って丸川はこじゃれた着こなしをしていた。社会人になってから彼女がいない俺と違ってモテるだろうし、服を買いに行く時に着ていく服がないという感覚はないのだろう。歳相応に落ち着いた身綺麗な恰好に妬みすら忘れ素直に褒め言葉が出たが、丸川はうるせーとふざけたように笑った。
「どうする?」
「あ、飯食いながらでも」
「どっか行きたいとこある?」
「別に」
「あー、じゃあこっち」
 丸川に促され人込みを抜ける。メイン通りから一歩外れると喧騒は遠退いて、話すことがなくて気まずいかと思ったがそんなこともなかった。
 階段口にメニューが書かれた小さな立て看板が立っているところで足を止め、ここでいいかと問われる。下り階段の先の店先は見えないが、看板の雰囲気だけでオシャレ感が凄まじい。こんなところで俺はアナルセックスの相談を持ちかけるのか。
「なんかオシャレな店だな」
「そう?」
 丸川は階段を下りていく。あ、決定なんだ。そう思ったが否も言えず後を追う。
 店内は雰囲気のある薄暗い照明で、昼時だからか混みあっていた。メニューから察するに創作和食の店らしい。メニューにはなんだかんだと難しい漢字や形容詞が踊っているが、結局は和食なんだろ。なにかにつけて湯葉とかいってるが結局湯葉を添えてみました程度なんだろ。
「なににする?」
「えーと、ランチでいいかな」
 結局湯葉使ってんだろ。湯葉とか柚とかいって結局なに食っても美味いに決まってんだよこんなオシャレな店は。なら今日のおすすめのランチでいいだろう。
 丸川も今日のランチを頼み、料理を待つ間俺はなんとなく昨日のトラブルについて訊いてみた。丸川はあーもう全然解決、と軽く言うが結構大変だったんじゃないかな、と思う。昨夜は随分疲れていたようだが、そんな素振りはおくびにも出さず話していく。俺に愚痴を言っても仕方ないと思っているのかもしれないがあっけらかんとした丸川の様子はトラブルすら受け流してしまう余裕を感じてうらやましいと思う。
 なんだかんだと話しているうちに料理が届いた。和風パスタだ。驚くべきことに湯葉の影はない。じゃこだ。そうきたか。どうせ美味いんだろ、と一口食べればこれが美味い。
「美味い」
 あえて言葉にするほど美味い。
「ここ薄味で美味いよね」
「美味い」
 もうそれしか言えない。醤油とお出汁のハーモニーがなんかすごいことになってる。ふんわりと奏でられている。
「それで? 悩みとか?」
 食事が済み、温かいお茶を啜っているタイミングで丸川は水を向けた。そうだ、今日はこのために来たのであって美味いパスタを食うために来たわけじゃなかった。
「あの、変な話だと思うけどふざけてるわけじゃなくて、なんていうか、夢の中に神様が出てきて」
「……はぁ」
「あ! 別に壺売ろうとかそういう話じゃないから!」
「うん、続けて」
「その神様が……あることをしないとガスコンロと電子レンジとポットが壊れるって言って、馬鹿馬鹿しいって俺無視してたんだけど」
「壊れたの?」
「壊れた。それで、今度は三日以内に丸川とあることをしないと死ぬって言われた」
「で、あることって?」
 言うのか。今このオシャレな店内で。しかしここ以外だってこんな話題が適切な場所なんて早々ないだろう。言うしかない。言ってしまえばいいのだ。
「ア……、あの、ア……、セッ、あの、耳貸して」
「えー恥ずかしいなぁ」
 そう言いつつ耳を傾けてくるので俺は口を寄せひそひそと声が外に漏れないように注意してアナルセックスと囁く。
「は?」
「意味が分からないだろ」
「ああ、うん。でもそれで電子レンジ壊れたんでしょ?」
「そう。どうしよう」
「どうしようもこうしようもないから相談してきたんでしょ?」
「そうだけど、いいの?」
「えっ、だってしないと死ぬんでしょ。いいよ」
「そうだけど」
 そうだけどさ、そんな簡単にオッケー貰えると思ってなかったし本当に丸川とセックスするのかとか思ったらなんかわけ分からん感じの気持ちになるのも仕方ないというか、え、本気かよ。

 わけ分からんまま店を出て、真昼間からラブホへ向かう。わけ分からんまま丸川と入れ違いにシャワーを浴び、気が滅入る準備を済ます。
 丸川はくつろいだ感じでAVを観ていた。丸川とAVのテンションが違いすぎてその空間に入って行きづらい。どんな感じで行けばいいのだ。やっほ! とかか。意味分かんねぇよ。
 とりあえず丸川の隣に座った。丸川はちらりとこちらを見た。
「あ、そのまま」
 テンションの高いAVをご覧いただいたまま丸川のご子息の自立を促しインしてフィニッシュ。恐らくこれが一番イケてる方法だろう。
「触るね」
 失礼しまーすって感じでそっとバスローブの裾を割り丸川の股間へ手を忍ばせる。触れた瞬間ぴくっときた。うう……、ちんこだ。ちんこじゃなければ困るのは俺だ。まだはいはいという段階のちんこを撫でて育てる。他人様のお子さんは褒めて育てる以外にどうしろというのだ。
 AVからのエロい喘ぎ声や下品な感じの水っぽい音、肉の触れ合う音がBGMになり丸川のちんこは順調に育っていく。握りこんで摩擦するとどんどんでかくなっていく。やめろ、これ以上でかくなるな。なに考えてるんだ。今日中に挿入しないとどうにもならんのにあんまりでかいと無理目にインするのだって無理になってしまう。
「俺なにもしなくていいの?」
「あ、うん。いいよ……ってテレビ観てろよ!」
 丸川は美女の御開帳セックスをまるで無視してこちらを見ていた。いつからだ。いつから見られていたのだ。俺がちんこと戯れている様子を見られていた、と思うと恥ずかしさで顔から火が出る思いだ。
「真剣だなって」
 やべぇ辛い。俺は別に訳もなく他人のちんこに真剣になるような人間ではないけれど、他人のちんこに興味津々、大好きな変態に思われたかも分からん。そもそもこんな頼み事をしている時点で変態と思われててもおかしくないのだ。やばい。涙出そう。
「ごめん」
「謝らなくていいし」
「えっ」
 あれ? って間に俺の背中はベッドの上に着地した。
「俺ばっか準備しても仕方ないでしょ」
「いやっ、俺はいいから!」
 起き上がろうとする肩を押し止められバスローブを肌蹴られる。
「萎えてんじゃん」
 萎えてるよ。そりゃ別に興奮してないもん。丸川の手が俺のちんこに触れる。ま、ままま待て待て待て。俺は別に触ってほしいわけじゃないんだ。
「準備した! してあるから! いいから!」
「準備って……、ああほんとだ」
 丸川の指がちんこの下へ伸び準備万端なそこへ触れる。触んなよ。
「待って、嘘! うそうそうそ、待って」
 指が。指が入ってくる。
「嘘ってセックスするんだろ?」
「だって」
 そうだけど、だって、違う、こんなセックスみたいなことするつもりじゃなかったし。もっとサクサクッと終わるはずだったし。こんな恥ずかしいはずじゃなかったし。
「落ち着いて」
「だって」
「止める?」
「……止めない」
 俺が頼んだのに俺が止めたいなんておかしな話だ。抵抗しないよう覚悟を決めて横になる。
「そんな緊張しないでよ」
 どうしろと言うのだ。指が入った状態でリラックスなどできようはずがない。しかしリラックスを強いられた状況だというならばどんなことをしてでもリラックスせねばなるまい。リラックスリラックス。アロマとか。アロマ的ななんかを想像するんだ。スパ。スパリゾートハワイ。リラクゼーション。
「うっ! うう……無理っ」
 指が。グッと入ってくる。一本くらいなら入るけどそんなあっさり入れるなよ。
「結構入るんだね」
「訓練したから」
「自分で?」
「そうです……」
 自分でやる以外どうしろと言うのでしょうか。指が浅く抜かれるような感じと入ってくる感じが交互にくる。ぞわぞわむずむずしたくすぐったい感じに力が入り、力んではいけないと力を抜く。結果的にすごく恥ずかしいことになり行き場がない気持ちに涙が出そうになってくる。泣かないようにきつく目を閉じる。
「止める?」
「ごめん、止めないで」
 指を挿し込まれたままちんこを擦られると気持ちがよくて、恥ずかしさと申し訳ない気持ちと気持ちよさがぐちゃぐちゃになってくる。てのひらで顔を覆うと耐え切れないなにかが誤魔化せるような気がしてそうする。多分俺は丸川の視線が怖い。みっともなく脚を広げちんこもケツ穴もおっぴろげている状態が本当に無理な感じがする。なんで丸川は平気なんだろう。
「ふっ、あ」
 丸川の舌が乳首を舐める。そこまでしなくていいのに。唇の感触と歯の感触と舌の感触が乳首をぐりぐり弄ってくる。
「しなくていいよ」
「やだ?」
「別にやじゃないけど」
 変な気分になるからちょっとどうしようって感じだ。わざと音を立てるように乳首をされて内臓撫でながら先っぽ擦られるともうわけ分かんないくらい気持ちがよくて背骨が浮き上がる。爪先が丸まって太ももが震える。
「気持ちいいんだ」
「あっ、ごめっ」
「謝んなくていいけど」
「あっ! んんっ!」
 二本入ってきた指が拡げるみたいに中でぐるっと動くとずんっと重たい快感が走った。先走りが漏れたのが分かる。ぬるついた液体をまぶすように亀頭を刺激されると腰が本能的に跳ねる。
「も、いいよ、中、入れて」
「まだ無理でしょ」
「いい、いいよ、も、指、ゆびやだ、あっ、あっ」
 やだって言ってるのにぐるってしたときキュンときたとこばっかりするから頭変になってくる。ふわっとくるのにギューってきて破裂しそうな寸前がずっと続くみたいな感じになってくる。
「もうちょっと我慢」
「むり、むり、も、分かんない、あ、むりって」
「こっちいっとく?」
「あっ! ダメ、だめそれ! あっ!」
 指で中をされながら射精するようにちんこされるともうダメだった。丸川の手を押し止めようにも間に合わず、俺は背をしならせて丸川のてのひらに精を放った。
 張りつめていた糸が切れたように身体は緩み、しかし身体の中を撫でる指は未だ存在感を強くしてある。異物感を感じたのは一瞬で、ぬかるみをかき混ぜるような指の動きにすぐに熱が高まっていく。
「ちょっと緩んだかな?」
 指が増えて少し痛みを感じたがすぐに気持ちいいところを刺激されてうやむやになる。ひきつれるような痛みがあるのに気持ちいい。
 浮ついてバラバラになりそうな身体を繋ぎとめようと枕を抱きしめる。涙も涎も止まらなくて恥ずかしくて枕に顔を埋める。
 ローションを注ぎ足され、指は中で蠢いたり抜き差ししたりする。俺の括約筋は俺の混乱と同じくおかしな挙動をするからなにも言わなくても丸川には俺の快感は筒抜けだった。空いた手で身体中肌を撫でられると淡い刺激がくすぐったくてそこを締めてしまう。
「やらし」
「あっ、ごめ、ごめんなさい」
「褒めてんだよ」
「なん、あっ」
 枕に縋りついてた腕を引かれ丸川の視線を直接受けて顔が赤くなる。裸の丸川に裸の俺で、本当にただ単にセックスしていると改めて感じると恥ずかしくてたまらなくなった。
「しがみついていいよ」
「いい」
「なんでだよ」
 笑っている。丸川のちんこの先がさっきまで指でぐちゃぐちゃにされたとこにくっついている。入れるんだな、と思ったら丸川も入れるよ、って言った。そうなんだな、って思った。
「あ!」
「力抜いてろよ」
「ん」
 入ってくる。先っぽ。意外と入る。けど、裂けそう。ゆっくりした進行で入り込んでくる。息を吐かなきゃとか、吸わなきゃとか、意識しないと変になる。力が入らないようにそこから意識を逸らそうにも異物感がすごい。
「はっ、あ、あ、あんっ」
 入ってきた先端が微かに抜け出ていく感触に背骨の中をくすぐられたみたいな感じがして変な声が出た。思わず丸川を見ると、丸川もこちらを見ていた。
「見ないで」
「なんで? 恥ずかしい?」
「んっ、あっ、恥ずかし、から」
「大丈夫大丈夫」
 おまえの大丈夫さなんか関係ないだろ。どうせすごい不細工な顔してんだよ。変になってんだよ。筋肉わけ分かんないもん。洟出るし涎出るし泣いてるし。
「俺も恥ずかしいから」
「嘘、嘘だよぜったい」
 だって汗かいてるだけだもん。ちょっと渋い顔しててもカッコイイもん。全然恥ずかしくないじゃん。絶対嘘じゃん。
「ほんとほんと。てかこれすげぇきついけど大丈夫なの?」
「ゆっくりなら、大丈夫」
「ほんとかよ」
「ほんと」
「ゆっくりな」
 ゆっくり、また入ってくる。出ていく。じれったいほどの繰り返しに段々身体は慣れていくが、きっと丸川はきついだろうな。腿に食い込む指と脂汗を浮かせ深い息を吐く姿は同じ性を持つ者として申し訳ない気持ちになる。
「いっ、いいよ」
「えっ」
「もっと、あの、速くしても」
「無理でしょ」
「あ、分かんない」
「もうちょっと奥まで」
「えっ、あっ、うん、いいよ」
「おまえ適当に答えすぎなんだよな」
「あっふ、んんんっ」
 入ってくる奥まで。出て行く先まで。管の中を擦る肉の脈動がより近付く。丸川の腕に縋ると身体が近付く。角度が変わる。変な息が出る。変な声になる。丸川のてのひらが布団について、腕が布団について、深いところを暴き立てられる。腰骨変になる。脈打ってる。擦られてる。突き上げられる。意味の分からない衝動が突き上がってくる。ダメって。やだって。もっととか。気持ちいいって爪先が跳ねあがる。丸川の顔が迫ってくる。
「あっ、んむっ、あ、なっ、なんでぇ」
 チューとか。チューとか。なんですんだよ。分かんない。
「ごめん、勢い」
 勢いとか。勢いって。なんだよ。ずんずんくる。腰が勝手に動く。丸川の身体がすぐそばにあるから、それだけの理由で、縋りついたら浮いた背中に手を回され抱き込まれたせいでもっと深く入ってくる。これ以上ひっついたらもう元に戻れなくなるんじゃないかって気がしてくる。頭変になって言葉も喋れなくなってしまうんじゃないかって気がしてくる。
 ガツッと深く突き上げられて悲鳴みたいな声が出た。中で丸川のものが跳ね上がった感触がする。痙攣する身体を抱きとめられて、触れ合う肌の上に浮かんだ汗が混ざって落ちた。
 動きが緩やかに収束し、俺たちは性懲りもなくキスをした。勢いも誤魔化しもないまま舌を絡め合った。唾液を混ぜながらまた高まっていく動物の本能に任せて腕を絡め腰を蠢かせた。

 結果。
「歩ける?」
「大丈夫大丈夫」
「全然大丈夫そうじゃないんだけど」
 ぶっちゃけ歩けない。とは言えラブホに一泊したくらいでこの歩けなさが改善されると思えない。早く家に帰って自分のベッドに横になりたい。明日休みでよかったが、明後日なんとかなるのかこの歩けなさは。
「送る送る」
 日の暮れた街に出て駅前でタクシーを拾い、丸川に付き添われ家まで帰る。
 何故か一泊した丸川は朝、俺の冷凍ピラフを勝手にチンして食べた。チンして食べた。チン! と軽妙になった電子レンジのベルに歓喜の声を上げた俺に丸川は微笑んで良かったね、と言った。
「おまえも食う?」
 そう言って差し出されたピラフは元々俺のものだ。もちろん食う。

 その日の夜に、夢に七福神にでもいそうな太ったおっさんが現れた。おまえもアナルセックス神の一味か、しかし最早俺に初アナルセックスを要求しようと無駄だ。
「儂はフェラチオの神! 明日から三日以内に……」
「もーいいよ!」
「丸川にフェラチオをするのだ!」
「もーいいって!」
 言っても無駄だった。フェラチオの神は俺のテレビを盾に丸川へのフェラチオを要求してくる。ガスコンロを買わなければならないのにテレビなんて絶対無理だ。月曜の朝早々から俺はまたしょうもないことに頭を悩ますのであった。



(13.11.26)
置場