切花



 週に一度か二度、呼び出されるだけで生活に困らなくてすむ。時には共に酒を飲み交わすだけで終わることもあるのだ。それは考えようによっては楽でオイシイ仕事なのだろう。 ……いや、仕事なんて大層なものではない。愛人である。それも、同い年の男の。
 妻は以前に比べ生活が安定したことを喜んだが、内心は不信が拭えぬようで以前と同じだけ働きに出る。自分の夫が何をして金を掴んでいるか知ったら、妻はどんな顔をするのだろう。佐竹の別邸へ向かう電車の中で宮田は考えていた。
 必要性の問題から鞄の一つも持たず、手ぶらでポロシャツにスラックス姿の宮田は一体世間からどんな風に思われているのだろう。ポケットにはチャリ銭と、佐竹の所有物だという証しの首輪。

 佐竹は不貞腐れたような顔をする宮田の頬を撫で首筋に口付ける。
 毎回決まったように佐竹は宮田の首を愛する。所有の証しを飾る部分であるからだろうと考え宮田は首筋に埋まる頭を疎ましく思う。
 呼吸に滲んだ色欲。ポロシャツの中に差し込まれた手は熱い。
 苦痛だけなら良いのに……、宮田はそう思いながら佐竹の指が動くのに合わせて息を乱していく。乳首をいじられて身体を震わすようになったのはいつからだった? 佐竹によって暴かれたのは間違いないが。
「宮田」
 佐竹が宮田を呼ぶ声はいつも甘く艶めいている。宮田はポケットから首輪を出して佐竹に手渡す。宮田自身の手ではめることは出来たが、佐竹はそれよりも己の手で宮田を拘束するのを好んだ。
 貧弱な宮田の身体には黒革の首輪だけ際立っている。

 口淫を強要されて、宮田はあからさまに嫌そうな顔をする。若い頃の気骨が戻ってきたと佐竹は内心喜んでいたが、表にはそれを出さず冷酷な風情を装う。
「俺がやってるようにやれば良いんだ」
 そう言って首輪を撫でてやれば宮田も馬鹿じゃない、自分の立場を思い出す。眉間に皺を深く刻み、半ば反応を始めたものへ顔を近づけていく。
 他人のものだというだけでも嫌悪感は大層なものなのに、それが佐竹のものだと思うと余計にイヤだ。震える指先で佐竹のものを握り、舌を這わす。嫌でも佐竹が自分にする時のやり方を思い浮かべてしまい、宮田は眉間の皺を深くする。
「ヘッタクソだなぁ」
 笑いながら宮田の髪を撫でる。どうせ気がすむまで終わらないのだ。そう思って宮田は口淫を深くする。佐竹がいつもやるように……、そう考えるうち、身体の奥に熱が燻り出す。佐竹のものが形を変えるのに合わせて熱が全身を燃やし尽くすようだった。
「宮田?」
「ちっ、違う! 違うんだ」
 佐竹は抵抗する宮田を抑え、下半身で反応しているものを暴き立てる。宮田のものはすっかり立ち上がっていた。
「咥えてて思い出した?」
 宮田の耳元に、ゾッとするほど艶めいた声で佐竹が囁いた。
 佐竹の手がやわやわと宮田のものを扱く。宮田は息を詰め身を強張らす。
 いつまでも慣れない宮田に佐竹は苦笑し、愛しく思う。宮田のもと一緒に己のものも握る。擦り付けるように扱いてやれば、宮田は悲鳴のような声を上げた。
「やっ…ァ! 気色悪い……」
「ビクビクしてるぜ」
 掌に煽られる感覚とは違う刺激に宮田は惑う。佐竹の熱い脈動が宮田自身にも伝わってくるように快感を呼んだ。
 次第に水音が増して猥雑な呼吸が堪えられなくなってくる。
 宮田は細い声を漏らし、腹の上に精を放った。佐竹もすぐに後を追い、宮田の腹の上に白い溜まりを作った。



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 宮田は佐竹に引っ張られ浴室へ連れられる。喉に入り込んできた湯気に噎せ、宮田は背を丸めた。その背を慈しむように撫でる手に宮田は居心地の悪さを感じる。
「大丈夫か?」
 笑う声がいやに優しくて宮田の胃を攻撃する。
(どうして悪人になってくれないんだろう。)
 佐竹を憎みたくとも、先ほどまでの自分が裏切る。そんな資格はないじゃないか。佐竹に組み伏せられ、息を乱していたのは誰だ。
 佐竹は宮田を椅子に座らせ身体を清めていく。その手は壊れ物を扱うように慎重だ。
「宮田、膝で立て」
 佐竹に促されるまま浴槽の縁に上体を預け膝立ちになると、先ほどまで佐竹を受け入れていた箇所に指を差し込まれ、佐竹は宮田の中に放ったものを丁寧に掻き出していく。
「なっ…、止せって……」
 力なく抵抗する宮田の言葉を聞かず佐竹は手を止めようとしない。数十分前まで快楽を与えられていた場所だ。わずかな刺激をも拾い上げ、下半身から妙な疼きが走る。しかし佐竹の指は快感を暴くような動きをしなかったので宮田は奥歯を噛み締め快感を遣り過ごそうとした。
「宮田」
「ん…」
「抜いとく?」
「うるせぇよ」
 泊まっていくかと佐竹に訊ねられ宮田は断る。強要されるのかと思えば、佐竹はあっさりと承諾する。宮田が高校時代から培ってきた佐竹像は次々と破壊されていく。
 全身を清められた後で佐竹の頭を洗ってやる。宮田が泡立てた佐竹の頭は、なんだか小さく見えた。
 心地良さそうに息を吐く佐竹は無防備なのにやけに色気があった。多くのものを手にした男の余裕だろうか。
 もう昔のように付き合えないのは分かっていた。宮田と佐竹の間には、大きな隔たりがある。
 今、自分がどんな顔をしているか、宮田は知らなかった。

 ゆっくりしていけよ、と言う佐竹の言葉を辞して帰る夜道。店仕舞いを始めた花屋を横目に眺め、妻に花でも買って帰ろうかと思う。
 取って付けたようにそんなこと、自分のためじゃないか。安い切花ひとつで罪悪感が拭えるはずがない。
 風呂上りでポロシャツにスラックス姿の男は背を丸めて花屋の前を通り過ぎる。ポケットにはチャリ銭と、首輪が一つ。



(05.5.8)
置場