情動迷子


 俺は苦しいような心地好いような気がしていた。布団に染み付いた煙草の香りと欲情した人間の体臭が混ざり合って嫌な感じがする。高尾の中は熱く収縮し俺を全部搾り取ろうとする。肉奴隷。俺は俺を肉体のみの存在にする男を憎む。両手を挙げたまま拘束されているので両の腕が脇がピリピリ痛み鈍重な感覚がだるくて敵わない。意識が死ねばいい。いや心臓が死ね。みんな死ね。
 高尾の体内に埋まった俺の体の一部は快楽を拾おうと敏感になる。いやだ。むかつく。鼻を鳴らして俺の腰骨に腰を擦り付けてくる。さっき放った体液が卑猥な音を立てる。ケダモノのような息が絡まりあう。こんなことは嫌だ。高尾の放った精が腹の上にたれる。
 高尾が俺の上から降りてようやく解放された。疲労に両腕を拘束する紐に体重を預ける。肩が抜けるかと思うほど痛んだが、構うものか。抜ければいい。
「もう立たない?」
 高尾の目はまだ濡れている。無理だと言うと高尾は笑って俺の膝を割り開く。どちらのものか解らないが、たれた液体を使って俺の内部にザラザラしたものを塗りこんでいく。痛いと言っても高尾は止めない。心得ているのか、高尾の指が内側を擦るうち言いようのない快感が襲う。身体の内部に性器でもあるのか。異常なほど昂ってくる。
「あっ…んぅ」
 吐き出した息に色が混ざってしまう。我ながら驚いて抵抗しようと身体を捩る。だが、上手く力が入らない。身体中、頭の中、脳の隅々までクラクラする。気持ちが悪い。吐き気が込み上げる。ボンヤリ霞んでいくのに何故だか感覚だけが尖っていく。ああ……。
「よくなってきた?」
 高尾は笑い犯す指を二本に増やす。苦しい。悪い薬のせいで苦しみと快楽の違いが解らなくなってくる。ザワザワと下半身を覆い尽す虫のような快楽。クチュクチュと音を立て出入りする指をもっともっとと求めて腰が揺れる。意図していない。そんなことは。
「ああっ、ヤッ…!」
 目が回る。放り出された性器が痛いほど張り詰めている。自分が零した液体の流れに震えて高尾に触ってくれと乞う。高尾はニヤリと笑って指を引き抜くと俺の昂りに紐をかける。汗が頬を伝っている、と思ったら涙だった。涙も汗も、同じようなものだ。勝手に流れる。痛い苦しいと言って高尾を呼ぶが、高尾は電動のオモチャをひく付く入口に宛がい差し込むと、それが自然に落ちる事がないようにガムテープで穴を塞いだ。コントローラーを太ももに宛がいガムテープで固定される。さっきからずっと強。
「た…かぉ、頼む…もう」
 高尾は服を着始めている。俺を見て、目を細め口付ける。笑いながら「飯食ってくる」と言って部屋を出て行った。
 腹の下で振動するオモチャにかき回される。頭の中に振動音が羽虫の騒ぐように響いてくる。目の前にチカチカした光。音が光に変わったのか。ケダモノの本能でシーツに腰を擦り付ける。過ぎる快楽を逸らしたかった。息と声と唾液とが一緒に零れて俺を欝に追い込んでいく。汗か涙か分からない水分が顎を伝って落ちた。
 俺の気は狂う。もしくはもう――。


 どれだけ時間が経ったか分からない。俺はグッタリと力なく部屋へ入ってきた高尾を眺める。ただいまと言って笑う顔が子供の頃と同じだった。苦しいような腹立たしいような気がしたが、何より悲しいような気がした。
 高尾の体重が上半身にかかる。舌が口内で遊んでいる。シャワーでも浴びてきたのか、石鹸の匂いがした。服の布地に汗が吸われてガサガサする。高尾の掌が熱く昂るものへ触れる。指先の感覚がやけにハッキリとしている。
「こんなに濡らしてんのかよ」
 高尾が言う通り、先走りが昂りを戒める紐まで湿らせていた。
「たかお…」
「ヤるよりヤられる方が良いみたいだね、兄貴は」
 戒めと入口を塞ぐ栓を外される。身体が振るえ猛る火を消して欲しく思う。高尾が指を突き立てる。そんなことは必要ない。もう充分に解れている。高尾は笑っていた。俺の鎖骨に歯を立て、そんな痛みにも快感を見出す俺を蔑んでいる。
「あっ…はやくっ…!」
 高尾の性器もすでに昂っていた。指でもオモチャでもない高尾の質量に苦しみながら、ようやくこの狂気染みた快楽から解放されるのだと思った。電動とは異なる突き上げの振動に内臓をかき回されるような感覚に囚われる。発情中のケダモノのように打ち付けられる腰と擦りつける腰。俺たちは間違っている。けれどこの闇雲な快楽から逃げ出すには仕方ないのだ。
「ああっ! んっ、も…イッ…!」
 ドクドクと堰き止められていた精が腹の上に散る。しかし、高尾の中に放った後だったせいかそれほど量は多くない。俺が果てた後も高尾は出入りを続けている。額に光る汗を拭ってやりたいけれど両手が自由でないのでそれも出来ない。高尾が果てるまでずっと喉を嗄らし、妙に艶めかしい鼻梁を眺めていた。


「言い訳した方がいい?」
 腕の拘束を解き、俺の身体を拭いながら高尾は言った。どうせツマラナイから止めろと言う。高尾は笑いながら「考えてきたのに」といじけたふりをする。
 例えば高尾の言い訳に怒ってみたところで、一体。滑稽を晒すだけじゃないか。シーツを汚す白濁液が俺を馬鹿にしているようだ。どうせ受け入れられる話じゃない。
 高尾はデジカメを取り出して、その中の数ある画像から一つを俺に見せつける。オモチャを咥えて喜ぶ俺の姿があった。
「これ、どうしたら良いと思う?」
 高尾が笑っている。昔から変に意地の悪い子供だった。
「好きにすればいい」
 写真を撮られていたことは解っていたし、その写真を餌に高尾がどうしたいのかも知っている。
「俺はもう、どうでもいい」
 疲労が酷くて汚れた身体のまま、汚れたシーツの上で眠ってしまおうと目をつぶる。高尾が小さな声でゴメンと言った。



(05.5.15)
置場