わるい男


 オーナーは悪い男だ。
 男も女も関係ない遊び人。恋人がいるって言うのにフラフラと遊びまわっている。質が悪いのは、みんなオーナーが遊び人だって知りながら遊んでしまうことだ。バイトを始めて半年、オーナーの一夜の恋人が店に乗り込んできても驚かなくなった。
 本気にならない人を相手にキリキリするのはさぞ大変だろうなぁ。なんて思うのだけど、別に僕には関係ないことだ。
 ある日の閉店準備中、オーナーは眉間に皺を寄せて見るからにイライラしていた。古参のバイトたちは不穏を察してさっさと帰っていく。一番の下っ端だった僕は要領悪く帰りそこなった。
 着替え終わってエレベーターを待っていると、オーナーが隣に立った。オーナーももう帰るのか鍵の束をチャリチャリいわせている。お疲れ様です、と言うと不機嫌そうな返事があった。小さな箱の扉が開く。
「飯食った?」
 エレベーターの壁に寄りかかってオーナーが訊く。だらしなくしていても絵になるひとだと思った。まだですと答えるとオーナーは少し笑った。
「じゃあ付き合え」
「いや、金ないっす」
「ばかやろお、奢りだ奢り」
 じゃあ良いか、と思う。オーナーも笑っているし、僕も空腹だった。

 車に乗った時点で間違いだった。空腹が満たされた後で、送ってやるなんて、女の子じゃあるまいし断れば良かったのだ。
「あの……、ココは……?」
 薄暗い地下駐車場内には僕でも分かる高級車が並んでいた。オーナーはエンジンを切って「俺んち」と言う。
「なんで!」
「まあ、付き合え。いい酒があるんだ」
 オーナーが車を降りたから慌てて僕も降りる。オーナーの自宅がどの辺りなのかも分からないから、自力で帰るのは中々しんどそうだ。それに、只で夕飯が食べられた上にオーナーが言ういい酒にも与れると思うとそんな無理に帰らなくても良いかと思えた。
 二人掛けのソファに座るよう言われて座る。オーナーがお酒の準備をする間キョロキョロ部屋の中を見渡すが、調度品のどれもが一部の隙もないほどおしゃれでカッコイイ、いかにも都会です、という感じのものだった。笑いも妬みも起こらないほどオーナーに似合う部屋だった。
 なんか面白いものある? とオーナーは笑う。二つのグラスと氷、あとブランデーが載った盆を持っている。なんだか妙に恥ずかしい。こんな会話を昔の彼女としたことがあるぞ。
 オーナーがソファに座る。多分、恋人同士が座るのに適したソファなのだ。男二人で座るにはなんだか窮屈だ。
 氷を入れたグラスに琥珀色の液体が注がれる。ぎこちなく乾杯をして一口のむ。味わったことのない高級な香りが鼻を抜けていった。口当たりは良い。
「うまいっすね」
 言うと、オーナは笑って「そうだろう」と満足気に言った。おいしいけれど、これは注意が必要な類だと思った。僕にはウーロンハイとか、そういう酒が身体に合っている。調子に乗って飲んでいたら悪酔いしそうだ。
 オーナーはソファの背もたれに腕を伸ばしてグラスを傾けている。学校の話だとか、仕事の話しとか、何となくしても盛り上がるはずはなくて、特に話すこともないし居心地が悪い。オーナーは変な速さで酒を飲む。僕の顔をジッと見る目付きが怪しくなってきた。
「あの、僕もう帰ります」
「なんで?」
 背もたれに乗っかっていたオーナーの腕が僕の肩を抱く。驚いて立ち上がろうとすると、オーナーは身体全体でのしかかってきた。退いて下さい、と言おうとした口を塞がれる。熱い舌が性感を煽るような動きで僕の舌を絡め取る。ブランデーの良い香りがした。
 一方的に主導権を握られたキスは今まで感じたことがないほど下半身に響いた。いや、単にオーナーが上手いんだろう。舌を吸われ甘く噛まれる。オーナーを押し返そうとしていた手は知らないうちに彼のシャツを握っていた。

 直接肌を撫でられて身体が震えた。何にもしないでこんなに気持ちよくなって良いのかな、と頭の中では思っても、僕はオーナーのされるままになる。僕の足の間に顔を埋めて、オーナーは口でしてくれる。今まで経験したことがないくらい物凄い。あんなにキスが上手いから、口でするのも上手いのだろうか。声を堪えながら、そんなことを考える。
 オーナーは音を立てて僕のものを吸い、更にその下を触った。ハッと現実に帰る。
「あっ…ダメです、止めてください」
 頭を押し退けると、オーナーは不満そうな目をした。
「なんで?」
「すみません! ごめんなさい! 僕、明日も学校があるんで帰ります」
「明日車で送ってやるよ」
「いえ! 帰ります」
 情けない恰好のまま僕とオーナーは帰る帰るなの押し問答を続けた。利害が一致しない以上、いつまで経っても平行線なのはお互い気付いていた。
「今更いいじゃねぇか!」
「なんて言われてもお尻は無理です!」
 睨み合う。こうなったらオーナーを殴ってでも帰らなければならないだろうか。オーナーは眉間に皺を寄せ溜息を吐いて「分かった」と言った。帰れるのかと思ったら、オーナーはまた深いキスを仕掛けてきた。何が分かった、だ。騙されないぞ、と思うのに僕はまたキスに夢中になってしまう。
 オーナーの吐息が耳元にかかる。誰にも言うなよ、と囁いてオーナーはローションを指に絡め自分の身体の中へ指を埋めた。一瞬わけが分からなくて目を見張った。オーナーは自らの指で身体を開き苦しそうに息を吐いている。頭とは別のところでマズイと思う。眉間に皺を寄せ息を吐く、その姿は今まで見てきたどの女の子よりも卑猥で魅力的だった。
 卑猥な音を立ててオーナーは中を掻き回している。苦しそうで、少しでも良くなって欲しくて立ちきらないものを握ると、オーナーは高い声を上げた。
「あっ、ん…触んな…」
 それでも構わず扱くと、色めいた吐息が返ってくる。さっきまで強引に僕にのしかかっていたとは思えないほど弱々しく快感に震えている。
「誰にも言うなよ」
 また言って、オーナーは僕の昂りの上に跨った。苦しそうに息を吐いて、ゆっくりと埋めていく。すべて納めてもすぐには動けないようで肩が大きく揺れていた。けれど僕も、きつく締め付けてくる中に我慢ができそうになかった。
「動いていいですか…」
「待て、まだ…」
 オーナーは息を整えると、ゆっくりとした動きで腰を動かし始めた。オーナーのものを握って扱くと、オーナーはビクリと身体を強張らせ僕の肩にしがみついてくる。中がみだらに動いたのを、オーナーは気付いたろうか。堪らず僕も腰を動かす。扱かれながら早い突き上げを受け、オーナーは今まで見せたこともないような艶めいた顔をしていた。
「ああっ、…はっ、んんっ!」
 中がキュッと吸い付いてきて、堪らず放った。繋がってる所から卑猥な音が溢れてくる。僕の上で腰を振るオーナーを無理やり押し倒す。繋がったまま体勢を変えると、引き攣るのか痛いと言った。
 一度放ったのに僕の理性は戻っては来なかった。オーナーを見下ろしながら腰を押し付ける。僕に主導権を奪われ恥部を晒すのが恥ずかしいのか、オーナーは腕で顔を隠してしまう。
 顔を赤くして声を堪える姿は、なんだか可愛らしく思えた。


 オーナーは悪い男だ。
 寂しいからって、一人じゃ眠れないからって誰でも引っ掛ける。挙句に恋人にふられるのも無理ない話だ。
 布団にくるまって「誰にも言うなよ」とまた言う。いくら寂しいからって女役までやるのは初めてだったそうだ。そんなこと、誰かに言えるわけないのに。笑うと、ぶっきらぼうに「なんだよ」と言って少し睨まれた。
 可愛いですね、なんて言ったら、殴られるかな。



(05.6.16)
置場