続・わるい男


 店に入ってきた女性は、店内へと案内をしようとした鹿島さんを真っ直ぐ見据え、「オーナーはいる?」と問うた。
 鹿島さんに限らず僕らも何度も見てきた光景だから動じることなく「少々お待ち下さい」と言えるだけ肝が据わっていた。
 内線が繋がらないというので事務所まで呼びにいく。じゃあ僕が、と言うと何だか微妙な目を向けられた。僕とオーナーの関係は、薄々ばれている。それも、ちょっと誤解されて。
 今までのタイプと違うわ、なんて更衣室で話してるのは聞こえていた。僕と付き合いだす前、オーナーが男性と遊ぶ場合、大体線の細い美少年とか、美青年とかそういうタイプが選ばれていた。それに比べたら僕は役不足だろう。ま、でもやることが違うしな。
 と、思って顔がにやけるのを抑えた。そうだ。今までのオーナーの恋人たちは多分、オーナーの可愛さを知らないのだ。
 事務所でパソコンと向かい合っていた店長に声をかける。
「まだオーナーいます?」
「喫煙所にいると思うけど、何かあった?」
「はぁ、……いつもの」
 言うと店長は溜息を吐いて深く追求しなかった。
 喫煙所でボンヤリ煙草を吹かしていたオーナーに事情を説明すると、ああ、とボンヤリ頷いて灰皿に煙草を揉みつけた。もう少し動じるかと思ったが、オーナーにそんな心配りがあったらこんな風にはなってないのだろう。ちょっと面白くない。
 オーナーと一緒にエレベーターへ乗り込む。二つ階を降りるだけだから僕は階段でも良いのだが、折角だからオーナーと一緒に降りようと思った。けれどオーナーは何か誤解したのか、僕の首根を引き寄せて、強引にキスをした。
 煙草の苦味と熱い舌のぬめりが口内を這い回る。舌の動きに応えようとした時に、下に沈みこむような重力を感じた。扉が開く寸前に身体を離され、オーナーは何事もなかったようにエレベーターを降りていった。
 待ってください、と言う間もなくオーナーは女性を連れて店を出て行った。店内は何事もなかったように動いている。鹿島さんがちょっと気にしたように僕に目配せしただけで、みんな自分の仕事に戻っていた。
 なんだかなぁ。

 てっきり今日はあの女性とよりを戻してくるものだと思っていたら、店の前にオーナーの車があった。まさかなぁ、と思う。ウィンドウを軽く叩く。
「駐禁ですよ」
 言うとオーナーは笑いながら、今退けますと言った。なんだかなぁ、と思いながら車に乗って、オーナーの家へ行く。
「あの人とよりを戻してくるのかと思いました」
「別に…おまえが側にいてくれんだろ?」
 ああ…、もう。何なんだろうこの人。本当に、人の気持ちを揺さぶるのが上手い。僕なんか喜ばすのは簡単なんだろう。
 なんとなく、思うことはとても簡単で、僕もオーナーも、覚えたての快楽に嵌っているだけなんじゃないかってこと。お互いすごく焦がれた相手ってわけじゃないし、成り行きで一緒にいるけど、繋がりは脆弱だなぁって、思わざるを得ない。
「怒ってんの?」
「怒ってはないですけど」
「けど?」
 車が駐車場の中へ滑り込んでいく。怒っていないのは本当だ。今更、ちょっとやそっとで怒っていたらこの人と付き合っていられないだろう。思うのは、一つだけだ。
「オーナーって淫乱だなぁ…って」
 言うと脇腹に拳が入った。……本当のことなのに。

 部屋に入るとオーナーは上手なキスで僕を翻弄する。濃密な舌の動きに煽られて昂り始めた僕のものをジーンズの上から撫で、「どっちが淫乱だよ」と卑怯なことを言う。
 技で勝てないのは仕方ない。仕方ないから力づくで勝負しなければならない。オーナーも、それを望んでいるような節があった。
 組み伏せる時は合意なのに無理やりみたいに乱暴に服を脱がす。オーナーもちょっと嫌がる素振りをする。いつもこんな風なんですか、と問うと「そんなわけあるか」と怒られた。分からないひとだ。
 乱暴なやり方で身体を撫でていく。オーナーは声を堪えるのが上手いから、本当に感じているのかよく分からない。逆に、オーナーに触れられて僕が追い詰められたりする始末だ。
 オーナーの足を強引に開かせる。オーナーを昂らせているのは、自身の想像力なのではないかと思う。先端をなぞると色っぽい息が漏れた。
 指にローションを絡ませて身体の中へ差し込む。浅いところを刺激し続けると排泄感が勝るのか、身を震わせて嫌がった。
「もっと奥?」
「んっ…」
 眉間に皺を寄せる。この顔が好きなのだ。
 中の悦ぶところを擦りながら昂りも扱くと、身体を跳ねさせて制止する。待てと言った声がかぼそく頼りなかった。
「ま…てっ! あッ、ああっ」
 二本の指を律動させるとオーナーはきつく拳を握って取り乱さないように励んでいる。今更恰好付けることないのに、大きな声を出さないように、みだらな言葉を口走らないように堪えている。
「も…いいですか」
 僕自身、限界が近かった。オーナーが小さく頷いたから埋めていく。柔らかく緩んだそこはいくらかの抵抗と水気を含んだ卑猥な音で僕をすべて飲み込んでいく。オーナーは苦しそうに呻いて、両腕で顔を隠してしまう。それを無理やり引き剥ぐと、色欲に濡れた目が避難するようにすがめられた。
 声が高く極まるまで力技で続けると、オーナーは少しずつ素直になって僕の背中に手を回してしがみついてくる。でもキスはやっぱりオーナーの方が上手いから注意が必要だ。
 達する寸前にオーナーの名を呼ぶと、オーナーも僕の名前を呼んで一緒になって放った。もう一回? とか目で通じ合っちゃうあたり、僕らの関係は爛れてるとしか言えないよなぁ。

 まだ見たことのないオーナーの顔が見たくって夢中になってる僕も、ベッドの中でしか名前を呼ばせてくれないオーナーも、同じくらいずるくて悪い男なんだろう。でもこの困った人が可愛くて、甘やかしたいと思ってる僕のほうが、いくらか良い人かな、多分。



(05.7.1)
置場