真夜中のC.C.レモン


 五月にコンビニはもう冷房を入れているようで、湿った風にウンザリしていた矢先には丁度心地好く感じられた。
 アルバイトの気だるい声。立ち読み客の無関心。デザートコーナーへ直行する俺。プリンを掴んだらドリンクコーナーへ。冷蔵庫の中の色とりどりの博覧会。日付を超えようとして文明は途絶えることなく冷えた飲み物を俺に与えてくれる。
 孤独の縮図。と、一瞬頭によぎった言葉は無視する。
 コンビニとしてはそこそこ広めの店内を人が流れて行く。流れの中で俺は立ち止まっている。一瞬、ほんの一瞬。寂しさを感じたのと同じくらいの間。人の目を感じて辺りを窺う。気のせいか? 真夜中にまばたきの瞬間が重なることもあろう。冷蔵庫からC.C.レモンを取り出す。
 あ。
 ウソだ、まさか。だって、こんな偶然はありえない。だって、俺は、ちゃんと諦めたはずだから。
 レジを済ませて出て行く横顔。後ろ姿。よく似た他人と思いたい。二年前、思いを打ち明けることなく諦めた、可愛い彼女がいるという、ノンケ男。
 こんなことあるはずない。また会えるなんてことがありえない。見間違えただけだ、きっと。
 そう思っているのにレジへプリンとC.C.レモンと金を出す。早足で店を出る。たった今なのに。ついさっきまではいたのに。影は跡形もなく夜に溶けて消え去ってしまったようだ。
 あ。ウソだろ。涙? 鼻から目頭へ集まってくる熱がある。
 さっきの視線の正体を詮索している。彼だから、と思いたがっている自分が鬱陶しい。あるはずがない。あるはずがない。あっていいはずがないんだこんなこと。
 二年前、俺たちは両想いだった、と犯罪的な飛躍をもって思い込めるはずもない。二年の甲斐あって彼の名前すら思い出せもしない。ウソだ。七字の音が頭の中で響くたび胸が締め付けられる。好きだ。今でも好きだ。今なら好きだと言える。言わずに苦しんだこの二年が物をいう。孤独の地獄。誰も好きになれず、それでも死なない恋愛感情にどれほど苦しめられたか。
 湿りを含んだ風が頬を撫でる。
 残念でした。おまえは永遠にひとりだよ。
 風に優しく諭される。分かっている。分かっているさそんなことは。まぼろしの影を掴みそこなった時から分かってる。二年前から分かってる。バカじゃないから何一つ思い込めない。
 許されるならもう一度だけ笑顔が見たい。今が幸せだと言ってほしい。完膚なきまでに打ちのめしてほしい。
 朧月夜に栓を開けたばかりのC.C.レモンの炭酸が弾けながら喉を通っていく。酔ってもいないのにふらりふらりと千鳥足。泣いちゃおうかしら、男の子だもん。馬鹿馬鹿しい。
 道化るか、悲劇ぶるか、どちらにしても女々しいことに変わりあるまい。死なずくすぶり続ける感情の自覚を行って俺は改めて己の愚かしさを知る。
 この恋が炭酸の泡のように弾けて消えてしまいますように。嫌だ。嫌だ。会いたい会いたいんだよ俺は。抱きしめたいんだ。優しくしたい。愛されたい。
 無理だと分かっている。夢にもならぬことは分かっている。美しく、清浄で、健全な魂は俺の側に揺らぐはずがない。
 胸の内で呼んだ名前に応えはなかった。目の中に留まっていた水が弾みで落ちた。まぼろしにまで恋をした。まぼろしさえも逃がしてしまった。バカだな俺は。こんな実りのない感情が永遠なればいいと思ってしまう。今夜の月が普通じゃないからだろう。呷り飲むC.C.レモン。爽やかな香りが鼻を抜けていく。さよなら、さよなら。繰り返してみても実感が伴わない。必要としていないからだ、そんな言葉を。飲みかけのボトルを袋に突っ込んで夜道を歩く。家に帰ったらプリンを食う。もう俺はいいんだ。俺はいいよ。頭の中で繰り返してる言葉。自分でも意味を発見できずにいるのに、夜風は応える。
 おまえは永遠にひとりだよ。



(07.5.2)
置場