にんにんは許さない!



 捨て去りたい過去の一つや二つ、誰にだってある。
 品行方正に忍者修行に打ち込んできた俺にだって、一つや二つあるのだ。
「えーなになに、紅月影残夢斬? なんて読むんだよこれ」
「貴様……、なぜそれを……」
「二影十字回転斬みたくダブルシャドウクロスローリングアタックってルビ振っておけよ」
「なぜそれをぉぉぉー!」
「とある忍者を使って」
「畜生ぉお! 親父かぁあ!」
「なに、この特殊装備? ブレードアーマータイプ? 作ってやろうか?」
「くっ、殺せ!」
 ひょんなことからいけ好かない金持ちの坊ちゃんの護衛の忍者になった俺は今、何故か小学生の頃にこさえた黒歴史ノートを紐解かれている。
 小学生の頃の友人、服部くんの家でゲームをさせてもらいその素敵な世界観にうっとりした俺は独自に必殺技や特殊装備などを考案しニコニコとノートに描きまとめていた。
 服部くんは服部くんという名だが別に忍者ではない。ごく一般的なサラリーマンの家庭の子だった。服部という苗字にちなんで僕も忍者になろうかな? と俺の修行に一緒に付き合ってくれたりしていた。
 当時俺が唯一学校外でも遊ぶ友達だったが、我が家の夜逃げ同然の引越しとほぼ同時期に服部くんも引越しをしたらしくそれ以来疎遠になっている。
「ねぇねぇ、この小鳥遊毒殺丸とか鏡野光溢夫ってなに?」
「う、うるせー仮名だバカ!」
「仮名! 忍者のくせにこの目立って仕方ないアホみたいな名前が仮名ときたか!」
「ぐっ……」
 殺そう。クライアントだとかそんなこと、最早関係ない。黒歴史ハラスメントに抗するには命を取るしか方法がない。
 懐に潜ませた得物にそっと手を伸ばす。
 その瞬間、にゃーんと我が家の愛猫が。あら可愛い、と思った矢先、春原の小脇に潜り込んでカリカリを食っている。
 おのれ春原卑怯なり。左手にカリカリを載せ、左腕で我が家の愛猫イヌ丸を挟み、あろうことか右手で撫でているのだ。
 イヌ丸という絶対的な盾を得て春原は余裕の表情だ。というか夢中。どんだけひとんちの猫可愛がる気だこいつ。やめてよ。
「柊吾くんよかったらお夕飯食べていかない?」
「いえ、今日は母も帰ってくるので……また誘ってください」
「あら、お母様帰国されたのね。ご挨拶に伺わなくちゃ」
「母も裕子さんに会えるのを楽しみにしているようです」
「まあ、嬉しい。秋子さんと今度二人で温泉に行こうって話なのよ」
「それはいいですね」
 アハハハハ、と笑っている。この猫かぶりめ。いつの間におふくろと仲良くなってんだよおまえは。
「じゃあ、そろそろ」
「柊吾くんまた遊びにきてね。うちの子がお友達連れてくるなんて小学校以来で」
「ちょっ、余計なこと言わなくていい」
「アハ、僕も友達の家に行くの久しぶりです」
 アハハハハ、ってなんだこの空気は。俺ひとり取り残されている。俺と春原は友達だったのか? いつ? いつ友達になったというのだ。恐ろしい。こうやってまんまと我が家に入り込んでくるわけか。元々春原家の敷地に春原家の金で建てた家だけども。
 もしかして春原は本当は俺と友達になりたいのか?
 だから先んじておふくろとイヌ丸の懐柔を図ったということなのか?

 などという妄想は妄想にすぎなかった。
「おい、にんにんなに水買ってきてんだよ」
 翌日の教室にはいつも通りの春原がいた。情緒不安定かなにかか、こいつは。
 嫌がらせに買ってきた水にご立腹の様子だが知るか。甘いのが飲みたかったら自分で買いに行け。
「まあ丁度水の気分だったから別にいいけどな」
 へっ、と笑う。昨日おふくろと爽やかにアハハと笑っていたおまえはどこに行ってしまったんだよ。心配だよおまえの精神状態が。
 始業のチャイムとともに影の薄い担任が入ってくる。後ろに背の高いイケメンを引き連れて。
「突然ですが転校生を紹介します」
 そんなことだろうと思ったよ。でなきゃ制服着てついてきたそいつはなんなんだって話になるからな。
 随分変な時期の転校生だが俺も言えた義理ではない。クラスの女子は色めき立っている。俺のときそんな感じじゃなかったよな? と思うがもちろん気のせいだろう。
「服部高春です。先日アメリカから帰国したばかりで入学の時期はずれてしまいましたがこれからよろしくお願いします」
「えっ!」
「え?」
「服部くんって、あの服部くん?」
「大友くん? うわ、全然変わってない」
 まさかそんなことがあるのか。転校生が幼馴染だなんてことが。まあ俺も元々転校生なんだが。
「ちょっと、にんにん知り合いなの?」
 ルミちゃんが身を乗り出して尋ねてくる。本当にこの女のイケメンに対する貪欲さには恐れ入る。
「小学校同じで」
「忍者?」
「違う」
「なんだ違うのか。じゃあ合コンしよ!」
 なにがどうなってじゃあ、となるのか分からないがもちろん無視だ。どうせその合コンに俺の出会いはないんだろ。
「じゃあ大友くん、しばらく服部くんに案内だとか手助けを頼めるかな」
「あっ、はい」
 いいけど俺もこの学校のことなんか何一つ知らないのだが。
 そもそも俺の高校生活は春原を中心としていて服部くんの面倒を見切れるのか、という不安がある。春原というコミュ症が爽やかなイケメンである服部くんと上手くやれるだろうか。服部くんなら上手くやるか。
 そうこうしている間に服部くんの席が隣に決まった。おいおい、いくら幼馴染といってもブランクあるんだぜ。意外と間が持たない可能性だってあるんだぜ。
 というのはまったく杞憂でよろしくね、と微笑んだ服部くんは昔と変わらず爽やかだった。
 休み時間ごとに集ってくる女子に俺が座席を取られても服部くんはさり気なく席を返すよう女子に促してくれた。座っても、いいよね? という女子の笑顔の圧力にどうぞとしか言えない俺ではあったが。
 服部くんの噂は休み時間ごとに広まって、教室の外にも服部くんを一目見ようという女子が群れていた。
 密やかに第二王子という声が聞こえたが第一王子が誰なのかは考えたくもない。
「えー、じゃあ服部くんもうアメリカの大学出てるんだぁ」
 柊吾くんと一緒じゃん! とルミちゃんが声を上げる。
「おまえマジかよ……、なんで高校来てんだよ」
 大卒のくせに高校生活なんか送るから俺が身の丈に合わない進学校に入れられて根性の曲がったお坊ちゃんの護衛をさせられているのだ。就活失敗か?
「知らねぇよ、親父に言え」
 そういうおまえの思いがけない親孝行なところ、悪くないと思うぜ。如何せんそのストレスのはけ口にされているのは納得いかないがな。
 転校初日でクラスに馴染んだ服部くんは俺が案内するまでもなく女子らに案内されてあっという間に俺より学校に馴染んでいった。

 服部くんが転校してきて数日経った。
 その間変わったことはいくつもある。一つは春原の飲み物ハラスメントがなくなったことだ。
 いつものように春原にパシリを命じられた俺に服部くんは何故、と問うた。
「どうして大友くんが買いに行くの?」
「あーまー、一応これも仕事のうちっていうか」
「仕事?」
「護衛っていうか、親父の仕事の関係で」
「おい」
「お父さんの仕事って忍者? すごい、大友くんも忍者になったんだ。ずっと修行してたもんね」
「まあ一応それなりに、って感じだけど」
「おい、忍者!」
「……なんだよ」
「無駄口叩くな」
「……はいはい、分かりましたよ」
 俺と服部くんが仲良く話しているのが気に入らないのかパシリ行為に口出しされたことが気に入らないのか春原は不機嫌そうに眉をひそめている。
 普段から俺の前で朗らかな顔をするやつでもないがここまでご機嫌が斜めなのも珍しい。服部くんの爽やかさに対する嫉妬だろうか。
 それ以来春原が俺に飲み物の買い出しを言い渡すことはなくなったが服部くんへの敵視も隠さなくなった。
 春原の手前俺もあまり服部くんと話すことも憚られ旧交を温めることもできないが服部くんは転校から数日でクラスの人気者になっていたので俺が付きっきりで面倒をみる必要はなかった。
 意外だったのがルミちゃんで、早々に服部くんへの興味をなくしたのか服部くんを取り巻く女子の集団とは距離を置いている。
「合コンするんじゃなかったの?」
「んー、あんまりかな」
「マジか、男だったら誰でもいいのかと思った」
「誰でもいい男は誰でもいいけどあんまりな男はあんまりなの」
「春原よりよっぽどいいじゃん。優しいし」
「優しさなんて特別なスペックでもないのよ。柊吾くんは柊吾くんしかいないでしょ。でも筋肉ムキムキなら別よ」
「俺結構ムキムキじゃない?」
「にんにんも別ね。にんにんはにんにんだから」
「どういうことだよ」
「そういうことなの」
「ルミちゃん勉強しすぎじゃない?」
「やっぱりそう思う?」
 アハハ、と笑ったルミちゃんの異性に対する哲学はまったく理解できなかったもののルミちゃんが服部くんに対して冷めていることが不思議に思ったし違和感でもあった。
 春原が服部くんを気に入らないからか、とも思ったがルミちゃんはそんなことを気にするタイプではない。春原よりも自分の気持ちを優先させる女だ。
 他にも春原は廊下を歩いていると突然立ち止まったり、消火栓ボックスを開けたり空き教室に入って出てきたりと意味の分からない奇行に及ぶことが増えてきた。
 最初からそういう奇行持ちならまだしも最近急になので服部くんに王子のポジションを脅かされていることがよっぽどストレスなのかとうかがえる。
 そのせいなのか俺んちの猫の餌やり係に勝手になって毎日毎日決まった時間にイヌ丸に餌を与えに来る。ほんとマジお気遣いなく! という主張は聞き入れられず最早イヌ丸もおふくろも俺よりも春原を愛している気配すらする。
 学校どころか俺のプライベートにまで入り込んでくるな、と思うがイヌ丸もおふくろも春原を待ち望んでいる。春原も春原で夕飯まで食っていく。ことによったら風呂にも入るし泊まってさえ行く。おまえんち目と鼻の先なんだから帰れよ、と思うがイヌ丸は春原に縋りつき、おふくろは俺の部屋に客用布団を敷いてしまうのだ。春原は春原でベッドじゃなきゃ眠れないなどと泊まる分際でわがままを言い俺のベッドを奪うのだ。別に客用布団もふかふかで寝心地はいいけども! 俺のタオルケットは俺のものだろうと! そこは譲れと! なに包まってんだと! 俺の奥歯は日々すり減っていくばかりだ。

 以前春原が謎の襲撃を受けて以来、それとなく警戒をしているものの日々は平穏で俺は相変わらず学ランに短パンで、後から転校してきた服部くんでさえブレザーにハーフパンツであるにもかかわらず見つけやすいからそのままでいろという雇用主からの見つけやすいハラスメントにより微妙に学校で浮いたままだ。
 服部くんは勉強もでき、スポーツもでき、人柄もよく、既に新しいコミュニティを形成していた。
 春原周りのルミちゃんや取り巻き連中はなんだかんだそちらとは距離を取っていて俺の周辺の人間関係が変わることはなかった。
 服部くんはなにかと俺を気にかけてくれるが、服部くんが絡んでくることにより春原が目に見えて不機嫌になるので正直俺を思うならそっとしておいてほしいというのが本音だ。
 服部くんと違い勉強はできるがろくにスポーツもできず人格面にも問題がある男だ、コンプレックスが刺激されるのだろう。
「大友くん、今日放課後遊ばない? 放課後だったら護衛もないんでしょ?」
 服部くんが無邪気に誘ってくる。爽やかな男だが春原の険悪な態度にさすがに思うところがあるのかどこかトゲを含んだ声に聞こえた。
「あー、うん。えーっと、今日は! 無理かな?」
 今日はというかいつも無理だが護衛業務に関して服部くんに知られるのが恥ずかしいのかあまり詳しく言うと春原が不機嫌になるので言葉を濁した。俺はなんとクライアント思いのよい忍者なのだろうか。
「そっか……、できれば今日が良かったんだけどな」
「ごめん、また今後誘ってよ」
 残念そうな服部くんに申し訳なく思う。内心服部くんとなにして遊ぶんだよ、と思わないでもないが一回は遊んでみないとなんとも言われない。しかしそんな機会があるのだろうか。
 などと考えていると春原が椅子を鳴らして立ち上がった。
「どこ行くの?」
「便所」
「あっ、待て待てひとりで行くな」
 一応狙われているくせに自覚もなくふらふらと出歩きすぎだ。服部くんにじゃあ、と簡単に声をかけ後を追う。
 春原は便所へ行くと言ったのにも関わらず教室側のトイレの前を通り過ぎる。なんだ、教室の近くのトイレだと恥ずかしいとでも言うのか。
「どこまで行くんだよ」
 問うも答えはない。いつものことだ。
 なにを言ったところで自分の好きなようにやるのがこの男だ。面倒くさいが黙ってついていく。と、いつかと同じように目の端にキラリと光るものを見た。
「危ない!」
 咄嗟に春原の腕を引いて懐へ隠す。だがいつかと同じようにガラスが割れる音は聞こえなかった。
「え? あれ?」
 飛んできた苦無は窓ガラスに刺さっていた。そんな光景初めて見た。
「はっ、旧校舎以外全部防弾ガラスなんだよ」
「マジかよ」
 なんで旧校舎も防弾ガラスにしないんだよ。どうせ金は余ってんだろ、この学校。
 ピルルルル、と春原のスマホが鳴ると春原は俺の胸を押して立ち上がった。
「遅い。ああ。要綱3条12項に基づきB6路解放、全校避難令、侵入者は捕縛、ネズミは遊ばせておけ」
 春原が通話を終えた瞬間、ピンポンパンポーンと校内放送がかかる。
『緊急避難訓練を実施いたします。全校生徒の皆様は速やかに避難活動を行ってください』
「避難訓練?」
 訓練なのか? さっきの春原の電話だと訓練の指示をしたとも思えなかったが。
 教室から生徒たちがわらわらと出てくる。避難訓練だというのにだらだらとした態度だ。
「あー柊吾くんいたいた」
 ルミちゃんたちが集団の中から寄ってくる。その肩にはスクールバッグが掛かっていた。
「訓練なのに帰るの?」
「訓練っていうか、あれでしょ、侵入者とか! 前はよくあったもん。柊吾くんは帰るの?」
「俺は残るよ」
「さっすがぁ! じゃあ、頑張ってね」
 スゥイーンという音ともに階段の踊り場の床が開き下り階段が現れるとルミちゃんたちはそこへ向かっていった。
「は? え? なんなんだよ、これ」
「さっきの放送から5分間各所の隠し通路の扉が解放される」
「5分?」
 って、短くね? と思ったが隠し通路の扉が閉まる頃には廊下にも教室にも人の気配は残っていなかった。
「幼稚舎からの持ち上がり組には慣れたものだからな」
 ということはこんなことが何度も起こっているということか。金持ちが集う学校は一体どうなっているのだ。
「今、学内は外から侵入できないよう入口はすべて封鎖されているが侵入者が何人いるかは分からない。ここ数日学内の監視カメラや監視センサーが破壊されていたからそろそろだろうとは思っていたが」
「……もしかして、おびき出すためにさっき席を立ったのか?」
「いや、侵入されてると思ったからだな」
「え? なんで」
「いたぞ!」
 武装した感じの男たちが階段を上がって向かってくる。
「嘘だろ」
「手裏剣投げろ、目を狙え」
「持ってねぇよ!」
 ぶっちゃけ実用性が特に感じられないので手裏剣は持ち歩いてないが煙幕はある。男たちに向かって煙幕を投げる。
「振り返るなよ」
 催涙弾もある。男たちの装備の感じ多分そんなに効果はなさそうだがとりあえず投げ、春原の腕を引いて走り出した。
 どこへ逃げる? 上か、下か、いや、どこも入口は封鎖されているのか。えっ、どういうつもりだこいつ。どういうつもりで封鎖してんだよ。どこ行くんだよ俺たちは。
 飛び込んだ教室の戸を閉める。ベランダから出るか、と思ったが防弾ガラスの外にわざわざ出ることもないのか? ベランダに隠れる場所もないし飛び降りるにしても春原を伴ってだと難しいか。いや、多少骨を折るくらいならこのお坊ちゃんも耐えられるか? いや、さすがにまだ怪我をさせる選択をすべきではないか。
 そうこう考える間にも追手の気配は迫ってくる。ちょっと待って、考える時間をくれ。どうする。ちょっと。とりあえず。近くにあった掃除用具入れに春原を押し込んだ。俺も入った。いや、これは違うな。
「バカじゃないの」
 分かってる、分かっているのだそんなことは。だがしかし、どうしようもないことだってあるのだ。
「……開かない」
「は?」
「何故か開かない」
 何故なのか。後ろ手に閉まった扉を押すがどうにもこうにも開かない。閉めた衝撃で扉が歪んでしまったのだろうか。
「バカじゃないの」
 狭い中密着した春原の吐息がくすぐったい。
「分かってる。待って、今考える」
 落ち着け。まず扉が開いたら俺がズドンとされるな。ズドンとされても一人はどうにかしようか。追手は確か三人いた。残り二人か。春原一人で二人どうにかできるか。
「なんか持ってる? スタンガンとか」
「ねぇよ、重いし」
「あーそう。俺の腰のところに銃があるんだわ……って、おい! どこ触って、ひっ」
「どこだよ」
 俺の話も聞かず春原の指がシャツの中に入り込み背中から腰からふわふわと産毛をくすぐる。くすぐったさに身体がびくりと緊張して、密着した春原に俺のくすぐったさは伝わってしまっただろう。
「そこじゃな……あっ、違、んっ」
「変な声出すな。……あーこれ?」
「ハァ、ハァ、弾が……、いいか、くすぐったくするなよ、脇腹の、ひゃっ、あっ、違うっ、そっちじゃなくて、ちょっ、胸じゃない左の、あっ、待って」
 春原の太ももが俺の股間に当たっている。身じろぎするせいか変なタイミングでグッと押しあがってくる。今はヤバイ。ちょっとヤバイ。そういうあれじゃないけどタイミングが悪い。
「変態」
 耳元で言われるとその吐息さえ肌をくすぐって身体の芯に熱をともす。
「違ぁっ、あっ、はっ、ちょっ、動くなぁっ」
 さわさわと蠢く春原の手と股間に当たった太ももの感触に身体が震える。事故的に気持ちよくなってしまったことから逃れるように春原にしがみつくが、それが一体なんの効果があるのか。
 ガゴン! と掃除用具入れ全体に衝撃が走り咄嗟に春原の頭を抱え込んだ。すぐその後に視界に明るさが刺す。見つかった。どうする。
「わ、二人ともここにいたんだ」
「え? あ? 服部くん……? どうして」
 ロッカーを開けてくれたのは服部くんだった。助かった。だがどうしてまだ服部くんがここにいるのか。
「忘れ物したから引き返したんだけど、昇降口開かなくて」
「んーなんか封鎖されてるらしいよ」
「あっ、そうなんだ。二人はどうしてここに?」
「なんか色々あって出られなかったんだけど助かったよ」
 しかしこれから春原と服部くん二人を守って侵入者から逃げ切らなければならないのか。なかなか大変なことになってきた。
「どうしてロッカー蹴ったの?」
「は?」
「え?」
 右手に握った銃に弾を込めながら春原は問う。いつのまに弾を剥がしたんだこいつ。
「蹴った?」
 服部くんが不思議そうに首をかしげる。しかし言われてみれば掃除用具入れのロッカーは扉が凹んでいた。
 服部くんがそんな暴力的な行為に及ぶとも思えないし今もニコニコと笑っている。だが人間ニコニコしているばかりではいかないだろうし一人になったノリでストレス的なものを発散したということもあるのか?
「ここ最近おまえがぶっ壊した諸々、全部請求させてもらうからな」
「なんのこと?」
「バカが、見え透いた真似しやがって」
 なんの話をしているのかさっぱり分からないが多分相当二人は仲が悪い的なことはさすがに分かるな。ちょっとどうしよう板挟み辛いわー。
 なんて気楽に考えていたら春原が弾を込めた銃をかざした。
「ちょ、バカ! そんなもん人に向けるな!」
「バカはおまえだ。こんなもん人に向けないでどこに向けるんだよ」
「的とか……って服部くんも!」
 服部くんも春原に銃を向けている。ここはアメリカかなにかか。なぜ二人もそろってカジュアルに銃を人に向けるのだ。
「こっちには目のいい盾があるって忘れてんのか」
「……大友くん、そんな奴見限って僕につかない?」
「は? え? 俺?」
「随分ひどい目に遭ってるみたいだし、なんだったらお父さんも一緒にうちで雇うよ。給料もそっちより出すし」
「えっ、えー、いや、うん、あの、一応信用商売なんで裏切りとかはちょっと無理なんで。契約更新時期にまた考えさせていただけたらと思うんですけど、ええ、はい」
 契約更新とか多分ないけど。っていうか今裏切った瞬間春原の銃に撃ち抜かれるのは目に見えているし。話が通じそうな服部くんとはどうにか会話で解決したい。
「あー、多分そんなに悪いやつじゃないと思うよ? 多分ね? ちょっとよく分からないけど多分、意外と? 仲良くできるかもしれないよ、多分だけど」
 ね、そんなノリで二人でマックとか行ってシェイク飲んでこいよ。俺は帰るけどな。イヌ丸とわしゃわしゃするタイムがあるからそこは付き合えないからな。
「悪いけど……、仲良くはできないかな」
「頑張ってみて! 意外と意外なこともあるかもしれないから!」
「残念だけど」
 服部くんは銃を構える。マジかよ。服部くんがそういうつもりなら俺だって本気で春原を守らなければならなくなる。
俺が身を挺して盾となって使えなくなったあと春原が襲われたのでは意味がない。そうなると、俺も暴力的な手段に出るしかないのか。
 小学校の頃、唯一友達と言える相手だった。春原に銃を渡してしまったから今ある得物は短刀だけか。いや、どうしよう。
「ちょっと作戦タイムいいですか?」
「ダメです」
 ニコニコしたまま服部くんは言う。そりゃそうだよな。仕方ない、一か八かだ。
 バンッ! と投げた爆竹が弾けた瞬間、服部くんの銃も火花を放った。どうか春原に当たっていませんようにと願いながら間合いを詰め、服部くんの手から銃を蹴り落とす。
 ハッって驚いた顔してた。そのまま腕を捻り上げ抑え込む。
 ピルルルル、と春原のスマホが空気も読まず鳴り響いた。
「遅い。なに? ああ。そう。はい。お疲れ」
「なんて?」
「そいつの会社買収終わったって」
「は?」
 訳が分からない俺と違いなにかを察した服部くんは身体から力を抜いた。
「そいつが誘導した侵入者も全員捕縛、一から十まで無駄な茶番だったな」
「そんなこと言わないでくださいよぉー、坊ちゃま」
「にんにん、殺せ、そいつ」
「よく分からないけど二人でマックにでも行ってきたら?」
「行かねーよ!」
「絶対嫌ですー」
「あっ、そんな感じですよね」
 それからすぐに武装した感じの大人たちがわらわらと教室に集ってきた。どれも学内の警備隊なのだという。
 服部くんの身体検査が終わり、春原もなにか会話をし、俺はなんかぼんやりと帰るタイミングを計っていた。いつ帰れるんだろう。もう肩に鞄をかけてみたりしてるんだけど。
「今回のことでおまえの忍者としての無能さが証明されたな」
 鞄をかけて春原がやってくる。お、帰る感じか。っていうか誰が無能だ、誰が。
「結構やり手な感じだったと思いますけどぉ」
「帰ったらお仕置きな」
「お仕置きってなんだよっ!」
「やっぱり……二人ってそういう感じのアレなんだ……」
「は?」
 さっきまでのことがなんだったのか分からないくらい普通に帰り支度を済ませた服部くんがアレとか言う。アレってなんだ。
「さっきもロッカーで変なことしてたし……」
「違うっ! それは違う! 誤解だ! 誤解がある!」
「ちゃんとご褒美もやってる」
「はあっ?」
「やっぱりそういう感じなんだ……」
「やっぱりとか言うな! 違うから! 全然そういう感じとかじゃないから!」
「欲しがりな忍者で困る」
「おまえは! なにを言っておるのか!」
「全然、そういうのいいと思うよ、うん。全然別に、うん。大友くん変わったね」
「誤解だ!」
 訂正を求めようにも春原はツンとそっぽを向いてさっさと教室を出ていく。
 これがお仕置きとやらか。幼馴染に欲しがり忍者と誤解を植え付けることが。許さぬ。やはりこいつの命は俺が取るしかないのか、とギリリと奥歯を噛みしめるのであった!



完!
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