知らないことを知りゆくこと


人が思うほど彼は綺麗な人間ではないと、最近になってようやくカミューは気づきはじめた。
もちろん誰よりも正義感が強く、きちんとした理想と信念と抱き、忠実に己の決めた道を突き進む男ではあったけれど、かといって、プライベートのすべてもがそうだということではなかった。
昔はそうでもなかったような気がする。士官学校に入ったばかりの頃、しばらく同室だった時期がある。その頃は、何事に置いてもきっちりと規則を守る男に呆れたものだった。任務だけでなく、私生活においてもそのスタイルは崩されることはなかったし、それが苦痛そうにも見えなかった。だから、それが彼の性格であり、本性なのだろうと思っていたのだ。
そして正式に騎士になり、部屋が離れた。
お互いの動向のすべてを把握することは難しくなり、一人きりの時間を過ごすことも多くなった。
だから知らなかったのだ。
彼の几帳面さはもちろん彼自身の生まれ持った性格もあっただろうが、騎士として求められた結果であり、それがすべてではないことを。
マイクロトフがカミューの知らないところでどんな恋愛経験を積んできたのか、彼がどういう女性と付き合い、どういう別れをしてきたのか。そういうある意味下世話な彼の部分を、カミューはまったくといっていいほど知らなかった。マイクロトフの恋愛に対しての考え方や思いというものを知ることなく、二人はある瞬間から恋人同士となってしまった。
自分が彼のことを知らないと分かった時、カミューは少しばかり驚き、そして困惑した。
けれど、知らないならば知ればいい。
そう思って、カミューが目を向けたマイクロトフという男は、意外な一面を持っていた。



「キスがこんなに上手だとは知らなかったよ」
「…………え?」
長い口づけのあと、どこか不満気に言ったカミューの一言に、マイクロトフが固まった。言葉としては誉め言葉と受け取っていいはずなのに、言ったカミューの表情はどうも怒っているようにも見える。
マイクロトフがわけが分からず黙り込んでいると、カミューはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「いったいどこで覚えたんだろう、こんなキス」
「カミュー、お前何を言っているんだ?」
キスが下手だと言われたのならば上手くなるように努力もしよう。けれど、上手だと文句を言われてはどうしていいか分からなくなる。
カミューは人差し指でマイクロトフの唇をなぞった。
「私の知らないところで、お前はいろいろと経験しているようだ」
「………」
「別に今さらそのことについてどうこう言うつもりはないけれど、何だか納得いかないな」
さらりと細い蜂蜜色の髪を揺らしてカミューがそっぽを向く。
二人が横になっているのはマイクロトフの自室のベッドの上で、夕食後に他愛ない世間話をしているうちに夜も更け、何となくそういう雰囲気になって、寝室へと足を運んだ。
キスを仕掛けたのはカミューの方だったが、マイクロトフはきちんとそれに応えた。
熱くぬめる舌先はカミューのことを存分に翻弄し、濃厚な口づけに息が苦しくなる頃、マイクロトフはやっと唇を離し、そっとカミューのシャツに手をかけた。
その時、カミューが先ほどの台詞を口にしたのだ。
「お前はいったい今までに何人の女性に口づけんだろう?」
「……カミュー、どうしたんだ?」
そんなことを聞くなんてカミューらしくもない。そう言って笑うマイクロトフに、カミューは自分でも上手く説明できないおかしな感情が胸の中で渦巻くのを感じた。
「分からないよ。ただ……お前がこんな風に、私の知らない誰かにも口づけたことがあるのかと思ったら……悔しくてね」
「カミュー……」
マイクロトフは覆い被さるようにして、横を向いたカミューの頬に口づけた。その口元が微笑んでいるのは気のせいだろうか。
「お前が嫉妬するなんて考えたこともなかったな……」
「私は意外とヤキモチ妬きだよ……知らなかったのか?」
「ああ、知らなかった」
「お前は、いつの間にか私に秘密をいっぱい持っていたんだな」
 カミューが首筋に舌を這わせるマイクロトフの肩を押し返した。邪魔をされたマイクロトフは、少し不満そうに顔を上げた。
「昔、お前のことなら何でも知っているような気になっていた。お前は私に隠し事はしなかったし、何でも話してくれただろう?大人になっても、お前は昔のお前のままだと思い込んでいた。そんなはずはないのにな。普段はそんな風に思わないのに、こうして二人でいると、お前はまるで別人のように思えてくるよ」
「別人?」
「キスが上手で、平然と甘い口説き文句を口にする。いつも不器用なくせに、こういう時は簡単にシャツを脱がせることもできる。昼間のお前とはまるで別人だ」
カミューの言葉にマイクロトフはゆったりと笑った。
「同じだ。昔も今も、昼も夜も、俺は何も変わらない」
「………」
「変わったのは、カミュー……お前の俺を見る目だろう?違うか?」
低く笑って、マイクロトフがふいにカミューの下肢に触れてきた。
「……っ」
ゆっくりと揉みしだかれて、カミューは小さく身じろいだ。
マイクロトフの言う通りかもしれない。二人の間に何の感情もなかった頃とは違う。今は誰よりもマイクロトフのことを大切に思い、一人占めしたいと思っている。
自分の知らないマイクロトフのことをすべて知りたいと思っている。
「んっ……あ……」
次第に硬く形を変えていく熱に直に触れて欲しくて、カミューは腰を浮かした。
「カミュー」
マイクロトフがカミューの閉じた目蓋に唇を寄せた。
「俺も知らなかったぞ、お前がこんな風に乱れることがあるなんて。昼と夜と、顔が違うのは俺だけではないだろう?俺もお前のことをまだ知らない。知らないことがいっぱいある。お前が俺のことを知りたいと思うのと同じように、俺もお前のすべてが知りたい。もっと乱れるお前が見たい。我を忘れて俺のことを欲しいと思うお前が見たい」
ぞくりと背筋を甘い痺れが走った。
同じ思いを抱えているならば、話は簡単だった。



「マイクロトフ……っ……、いやだ……そんな……」
身につけていた衣服をすべて脱ぎ捨てて、マイクロトフがカミューの片脚を抱え上げた。抗議するカミューの唇を塞いで、マイクロトフは貪るように舌を絡め、時折きつく吸い上げた。溢れた唾液を飲み干すカミューの喉がこくりと動く。
マイクロトフが大きく開けた脚の間に指を滑らせると、そこはすでに蜜を溢れさせ、ぐっしょりと濡れていた。ゆっくりと握りこんで上下に動かすと、カミューはひゅっと息を飲んだ。
「や……っ…んん……」
指が動く。
そのたびにくちゅっと水音が響き、手の中の花芯は形を変えていく。
マイクロトフは口づけを解いて白く浮き出てカミューの胸元へと唇を下ろしていった。淡く色づいた尖りに舌を這わせると、カミューはマイクロトフの肩に手をやった。
「マイクロトフ……」
何かを求めているでもなく、何かを拒絶するでもなく、カミューは何度かマイクロトフの名を呼んだ。ぷっつりと小さな粒を舌の先で転がすと、カミューは身を震わせ、マイクロトフの手をさらに濡らした。
「……っ……あ、……んぅ……」
「カミュー…、ほら、もうこんなに溢れてる……」
マイクロトフが見せつけるかのように、片手をカミューの目の前に差し出した。ぐっしょりと濡れた指先を見たカミューはさっと頬を紅く染めた、軽くマイクロトフを睨んだ。
くすりと笑いを漏らしたマイクロトフは、もうあと少しで達してしまいそうなほどに育ったカミューの熱に再び触れた。己の蜜でぬるりと滑る感触に、カミューはゆるく首を振った。
「マイクロトフっ……もうイかせ…て……」
「どうした?まだだめだ……もうちょっと……」
ひどい、とカミューがつぶやくと、マイクロトフはちゅっとカミューの顎先に口づけた。
「我慢しているカミューは可愛いからな。もう少し見ていたい」
「……最低だ……お前……っ…」
悪態をつくカミューにお仕置きをするかのように、マイクロトフは側面をなぞり、親指の腹で先端を丸くくすぐった。ぴくぴくと震える中心を弄り続けると、やがて閉じたカミューの眦から涙が流れた。
「ん……っ……は…っ…ああっ……」
痛みと快楽が紙一重でカミューを襲い、高みへと追い上げる。あと少しで極めることができるという瞬間、マイクロトフはきゅっとその根元を戒めた。
「……ひぁ……っ……!!」
「カミュー…っ」
どこか興奮の色を滲ませたマイクロトフの声。さんざん焦らされ、ぐったりと力の抜けたカミューの身体を抱き起こしたマイクロトフは、そのまま自分の方へと引き寄せる。
「な…に……?」
マイクロトフが何をしようとしているのか分からず、カミューが不安気にマイクロトフを振り返る。マイクロトフはベッドの上に座り込むと、脚の間にカミューを後ろ向きに座らせた。
「ほら、脚を開くんだ……」
マイクロトフの手がカミューの両足の膝頭にかかり、そのまま左右に開かされる。思ってもいなかった体勢に、思わずカミューはマイクロトフの手首を掴んだ。
「なっ……マイクロトフ、何するつもりだ……っ」
「何って……ほらカミュー、顔を上げてみろ」
力ではマイクロトフには敵わない。半ば無理矢理に脚を開かされ、カミューは言われるがままに顔を上げて正面を見た。
壁にかかった姿見に、二人の姿が映っていた。マイクロトフに後ろから抱きかかえられ、脚を開かされた己の姿に、カミューは息を飲む。
「ほら、映ってるだろう?よく見るんだ」
「嫌だ……っ、やめ……んんっ……!」
マイクロトフの右手が勢いをなくしたカミューのものを再び上下に扱き立てる。暫くもしない内に、とろりと幹を伝い流れ出した蜜。
マイクロトフがカミューの肩に顎を乗せて、その様子を覗き込んだ。
「すごいな……こんなに溢れて……気持ちいいのか、カミュー?」
「あ……っ、く……んぅ……」
「脚を閉じるんじゃない。見えなくなるだろう?ほら、鏡の中の自分を見るんだ」
カミューがのろのろと首を振ると、マイクロトフの鼻先を蜂蜜色の髪がくすぐった。甘い香りはカミューの使っている石鹸の匂いだ。マイクロトフはその香りに身体の奥が疼いたような気がした。白い肩先をぺろりと舐め、軽く歯を立て、あとを残すようにきつく吸い上げると、カミューは嗚咽を漏らした。
「あぁ……っ…もうイやだ……んん……ッ」
カミューが大きく背をそらして、腰を揺らめかした。いつまでたっても焦らすばかりでイかせてもらえないもどかしさに耐え切れず、とうとう自らもマイクロトフの右手に己の手を添え激しく動かした。
「ん、ん、……あっ……」
「はしたないな、カミュー。自分で、なんて……」
「お前が……っ、……くれないから……」
「仕方がないな……」
マイクロトフが低く笑う。
手の中で大きく膨れた熱は、数回軽く撫でただけであっさりと爆ぜた。


ず、っと音がした気がしてカミューは息を飲んだ。
後ろから抱えられたまま、マイクロトフの昂ぶりが内側に挿ってくる。強引な挿入にカミューは息を詰まらせた。けれど奥まで含まされると、その圧迫感と充実感に身を震わせた。背後でマイクロトフが感じ入ったように溜息をついた。陶酔にも似た甘美な快楽が身体中を満たしていくような気がして、しばらくじっとカミューの中のきつさを味わう。
「マイクロトフ……っ……」
我慢できなかったのはカミューの方で、身の内で熱く脈打つ欲を無意識のうちに締め付けた。
「くっ……」
そのきつさに眉をひそめ、マイクロトフは膝裏に手をかけられ、カミューの両足をさらに左右に押し開いた。決して急がずゆっくりと抜き差しを始めると、カミューは切なげな声を上げた。
背後から交わった姿は鏡の中に余さず映し出され、マイクロトフはカミューの肩越しに後ろからは見えない彼の表情を見つめた。
薄く開いた唇も、火照った頬も、虚ろな瞳も、普段のカミューからは想像もできない色香にマイクロトフは頭の芯が熱くぶれるような気がした。
「ん、……あぁ…っ」
ぐちゅっと濡れた音をさせ、マイクロトフの楔が抜き出され、ぎりぎりのところで再び突き入れられる。誘いこむような内壁の収縮に、その動きは次第に速くなる。
「あ、あっ……んん……っ」
「カミュー……、繋がってるのが…見えるか?」
「え……っ…あ、……はっ…」
鏡を見ろと、耳元で囁かれ、カミューは涙で滲む目で正面の鏡を見た。さっきよりもさらに淫らな姿がそこに映し出されている。脚の間から見え隠れするマイクロトフのものから目をそらそうとして、顎を掴まれる。
「ほら、カミュー」
見せつけるように、マイクロトフが突き上げた。
彼はこんな風に意地の悪いことができるのだ。
カミューの嫌がることも平気でできる。男として自分の欲望に忠実に従うこともある。我を忘れて甘い快楽に酔うこともできるのだ。
知らなかった。
彼にはまだ知らない顔がいくつもある。




「やっぱり納得できない」
「………カミュー」
さんざん快楽を分かち合ったあとの第一声にそれはないだろう、とマイクロトフは枕に顔を埋めた。確かに少しやりすぎたかもしれないが、満足させられなかったはずはない、と密かに思うのだ。
「今度は何が気に入らないんだ?」
「いったいどうやってここまで上手くなったのか、とか」
「おい」
「どこでこんな真似を覚えたのか、とか」
「………」
カミューはころりと寝返りを打つと、憮然とした表情のマイクロトフに小さく笑った。
「お前がこういうセックスが好みだとは思わなかったし……だいたい鏡なんて普通は考えないだろう。お前、もしかしてもっとおかしな趣味があるんじゃないだろうな。言っておくが、私はあまりおかしなことをさせられるのはごめんだぞ」
「カミュー……」
勘弁してくれ、とマイクロトフが耳元まで真っ赤にする。さんざん恥ずかしいことを人にしておいて、どうしてここで赤くなるのか理解に苦しむカミューである。けれどそういうところはマイクロトフらしいとも思う。カミューは項垂れるマイクロトフを慰めるように続ける。
「知らなかった。でも今知った。これが全部じゃなくても、これから一つづつ知っていく。ゆっくりでもそのうち私はお前のすべてを知り尽くすよ」
「それはどうかな」
反撃をするかのように、マイクロトフが腕を伸ばしてカミューの柔らかな髪に指を埋める。
「俺だって、そうそう簡単にすべてを曝け出すのは本意じゃないからな。それにカミュー、知らない方が楽しいだろう、いろいろと」
含みを持たせた言葉に、カミューは瞠目して、そして薄く微笑んだ。
「……お前がそういうことを口にするということも、今まで知らなかったよ」


知らないことを知りゆくことは、けっこう楽しいことなのかもしれない。






今回は有村苺さんとの共同企画(企画!?)でした! 苺ちゃんの青赤エロはこちらから → 偶然世界


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