TEMPEST 〜嵐〜 突然の土砂降りだった。 一瞬のうちに空が暗くなり、青白い稲妻が轟音とともに光った。ばらばらと大粒の雨が乾いた大地を打ち、やがて大きな水溜りができていく。上からだけではなく、跳ね返った飛沫で足元からもぐっしょりと濡れていく。 急ぎ足で家へとかけ戻っていく街人たち。 闇の中に沈み込んだような街の入口に二人。 「こりゃひでぇ…」 手綱を引くビクトールが思わずつぶやいた。 雨はいいとして、雷に馬が怯えて先へ進めることができない。 「フリック、今日はもうだめだ。ここで宿を取ろう」 「そうだな」 暴れる馬を宥めつつ、フリックも同意する。どちらにしろ、今日はこれ以上先へ進むつもりはなかったのだ。ビクトールと二人、シュウからの命を受けて馬を走らせていたが、予定よりもずいぶんと距離を稼いでいるので、ここらで休んでもさして問題はないだろう。 長旅でくたくただった。 おまけにどうにも身体が熱くて仕方ない。 昨日は宿が取れずに野宿だったのだ。今日くらいはちゃんとしたベッドで眠りたい、というのがフリックの本音だった。 頬を流れる雨粒を拭い、雨で視界がきかなくなる中、見失わないように男の背を追う。ビクトールは迷うことなく通りを横切り、一軒の宿屋の前で馬を下りた。 「ここがいいだろ。飯も美味いし」 そう言って、フリックを振り返り笑ってみせる。 どこだって良かった。とにかく、この雨から身を隠せるところならどこだって。フリックはうなづくと、馬を下りた。前を歩くビクトールの背中を見た時、フリックの中に何か不思議な思いが湧き上がった。 けれどそれは、宿の扉を開けたとたんに消えた。 宿の中は同じように駆け込んだらしき旅人で溢れ返っていた。 ぽたぽたと雫をたらしつつ、ビクトールが宿屋の主人に宿の交渉をするが、すでに満室だとあっさりと断られる。 「だめだとよ」 「……仕方ないな。他をあたろう」 「いや、ここがだめなら、他も無理だな。宿らしい宿なんて、もうねぇよ」 ビクトールがまいったな、と天を仰ぐ。この雨の中、野宿なんて勘弁してほしい。それに、フリックのことも心配だった。フリックは黙ってはいるが、2、3日前から微熱が続いていることに気づかないビクトールではない。 そんなことを言えば、逆にむきになって平気だという男だから知らぬ顔をしているが、そろそろゆっくりと休ませてやりたいと思っているのだ。 自分ひとりなら馬小屋だろうがどこだろうが、雨さえしのげればそれでいいが。昨日も野宿だったし、あまり無理をするのはまずいだろう。 「フリック、少しくらい狭くても平気か?」 「……別に豪華な宿に泊まろうなんて思っちゃいない」 そんなことくらい分かっているだろうに、今さら何を聞くんだ、と笑うフリックにうなづくと、ビクトール宿屋の外へと出た。 雨はまだまだ止みそうにない。それどころかますます激しくなっている。 「ちょっと走るぞ」 言うなり、ビクトールは狭い路地へと水しぶきを上げながら走り出した。いったいどこへ行くつもりだ、とフリックが慌ててそのあとを追う。 薄汚い裏通り。 表通りとはうってかわって薄暗く、すえた匂いがした。 ゴミで溢れかえった通りを、ビクトールは迷うことなく奥へと進んでいく。 たどりついた店の軒下。ビクトールはフリックを振り返る。 「ここなら、一部屋くらい空いてるだろ」 「どこだっていい…」 了解、とばかりにビクトールが扉を開けた。 運良く空いていた部屋の鍵を受け取り、二人はぎしぎしと軋む階段を2階へと上がった。薄暗い照明。宿屋としては下の下というところか。だがまぁこの雨の中部屋が空いてただけでも奇跡に近い。フリックは下手するとふらつきそうな足元を見ながらビクトールに続いた。 廊下の奥、突き当たりの部屋の前で足を止める。 ぎぃ…と怪しげな音を立てて部屋の扉が開いた。 そして中に一歩入ったとたん、フリックは言葉をなくした。 「なっ……」 「あ〜疲れたなぁ。もう少し雨が小ぶりになったら、飯でも食いに行こうぜ」 濡れたシャツを脱ぎながら、ビクトールが言う。 いつまで立っても部屋の入口で立ち尽くしているフリックに、ビクトールが視線を向けた。見るからに呆然といった感じのフリックに、苦笑して声をかける。 「さっさと中に入れよ」 「おいっ!!いったい何なんだ、ここはっ!!!」 「何って?」 「どう見ても連れ込みじゃないかっ!」 狭い部屋に大きなベッドが一つきり。 毒々しい色の壁紙。何か妙に甘い匂いがするのは気のせいではない。いくら世間に疎いフリックだって、ここが連れ込み宿だというくらいすぐに分かった。 「連れ込みだろうが何だろうが、雨の中野宿するよりはマシだろうが」 くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ、と言うビクトール。 言葉につまるフリック。 確かに、雨の中の野宿と、連れ込み宿に男二人で泊まるのとどっちを選ぶと言われて野宿を選べるほど、今のフリックの体調は良くなかった。しぶしぶ、後ろ手に扉を閉め、中へ入ると雨でぐっしょりと重くなったマントを外した。 「何が悲しくてお前と連れ込みなんて…」 それで宿屋の主人の目つきがおかしかったのか、と今更ながらに我が身の不運を呪ってしまう。もっとも、この雨だ。男二人がやってきたからといって、まさかそれが目的だとは思わないだろうが。 フリックはオデッサを壁に立てかけると、かろうじて一つだけあったイスにどさりと座った。 頭が痛い。 どうやらほっとしたとたんに、本格的に熱が出てきたのかもしれない。 今夜一晩で治ればいいが…。 ぼんやりとしていたフリックに、ビクトールが手を伸ばした。 ひたりと大きな手のひらが額に当てられる。 「……大丈夫か?」 「………」 「何でもないなんて、つまんねぇこと言うなよ?」 知ってたのか、とフリックは思う。どうせこの男に隠し事なんてできやしないのだ。諦めて素直に目を閉じ、小さく息をつく。 「ちょっと眠れば……治るさ…」 「ああ……じゃ外に行くのはやめて、ここで飯を食うか。何か仕入れてくるからよ」 「そうしてもらえるとありがたい」 くしゃりと前髪を撫でられ、ほっとした。今から外に出て食事をするのは、正直言って面倒だと思っていたのだ。できればこのまま眠ってしまいたいほどに、身体がだるい。 「雑貨屋は近いからよ、すぐ戻ってくる。待ってな」 「………」 ふと、フリックの胸の中でちくりとした痛みを持って湧き上がった一つの疑問。 街に入った時から感じていた違和感。宿の入口で感じた思い。 フリックは目を開け、じっと自分を見つめる男に問い掛けた。 「なぁ……お前、この街に来たことあったのか?」 「あ?ああ…昔な」 「………俺とまだ会う前に?」 「……どうだったかな……」 どこか歯切れの悪い返事。 そうだ…最初に宿屋に向かった時に思ったのだ。どうして宿屋の場所を知っているのだろう、と。そして、この連れ込みにも迷うことなくたどり着けたのは何故だ。答えは簡単だ。 知っていたからだ、この宿のことを。 「さぁてと、何か食いたいもんあるか?体力のつくようなもん、何がいいかな……」 話をそらすように部屋を出て行こうとするビクトールをフリックが呼び止める。 「お前、ここにも、来たことがあったんだろ?」 場末の宿屋。 一人では泊まることなどないであろうこの宿に。 振り返ったビクトールは無表情なままにフリックを見つめる。 自分はいったいどんな顔をしているのだろう。 どうして、そんなことを口にしてしまったのだろう。 ずきずきと痛み出した頭でフリックは考えた。けれど、その答えは出ない。 その答を出すために、ビクトールにさらに聞いてみる。 「………女と一緒に?」 「…………」 別におかしなことではない。昔の話だ。自分と知り合う前のビクトールが、どこで何をしていようが、関係ないはずなのに。 どうして?そんなことを聞いてどうするのだ? 息苦しいほどの沈黙を破って、ビクトールがふと笑う。 「野暮なこと聞くなって」 ぱたんと閉じられる扉。 なるほど。 フリックはのろのろとバンダナを外した。 ここは自分と出会う前に、どこかの女としけ込んだ宿屋だというわけだ。 ビクトールだって普通の男だ。そういうことだってあるだろう。過去のことをどうこういうつもりはないし、顔も知らない女相手にヤキモチ焼くほどガキでもない。 それなら何故聞いた? フリックは寒さに震えた。 濡れた衣服を脱ぎ捨て、ただ一枚残っていた乾いたシャツに着替える。そして、ふらつく足取りで安っぽいベッドの中へと潜り込んだ。 さらりとしたシーツの感触にほっと息をついて目を閉じる。ビクトールが戻るまでの間、ほんの少しだけ眠ろうと思った。 つまらないことは考えないに限る。 だが、それはつまらないことなのだろうか? どんっという轟音で目が覚めた。 一瞬、自分がどこにいるか分からず、フリックはそのまま天井を見つめた。 のろのろと身体を起こして部屋の中を見渡してみる。 窓から差し込むのは、月明かりではなく時折光る稲妻だ。そのたびに何もない部屋の中が一瞬明るくなる。フリックはすぐ隣に人の気配を感じて顔を向けた。 そこにいるのはぐっすりと眠っているビクトール。 どうやら、あのまますっかり寝込んでしまったようだった。部屋の隅の小さなテーブルの上にはビクトールが食べ散らかした食事のあとがある。眠っている自分を起こさずに、一人で食事を済ませたのだろう。疲れているのは自分ばかりではないらしい。腹に響くほどの轟音にもぴくりともせずにビクトールは眠り続けている。 フリックに背を向けたその姿に、どういうわけか苛立った。 ――― 野暮なこと聞くなって リフレインするビクトールの言葉。 この宿で、ビクトールは自分の知らない誰かと身体を重ねたのだ。 それがこの部屋でないと言い切れるか?今、自分がいるこのベッドの上でないと言い切れるか?この男のことだ、聞けばしゃあしゃあと答えるだろう。 このベッドで楽しんだこともある、と。 そして「嫉妬か?」などと平気で聞くのだろう。 フリックの中で、何かが形をなしていく。 苛立ちと、どこか泣きたくなるほどの孤独感。 怒りなんかじゃない。 嫉妬なんかじゃない。 ただ…苦しいだけだ…。息もできないほどに、胸が苦しい。 フリックはぎしりとベッドに手をつくと、ビクトールへとその身を寄せた。 男の顔の横に両手をつき、寝顔を覗き込んでみる。起きる気配がないのをいいことに、身体を覆っていたシーツを剥がし、その身体に跨った。 「……ん…?」 さすがに異変に気づいたのか、ビクトールがうっそりと目を開けた。頭上のフリックを認知すると、その瞳が驚きで大きく見開かれる。さっきまで隣で泥のように眠っていたフリックが自分の上に跨っているのだから、驚かないほうがおかしい。 しかし、すぐに我に返り、目の前の愛しい存在に手を伸ばす。 「どうした……悪い夢でも見たか?」 正直、今夜はフリックとセックスつもりはこれっぽっちもないビクトールだった。 雨に打たれてへとへとだったし、何よりフリックの体調が悪すぎる。無理をさせて寝込むようなことがあると仕事に差し支える。何しろシュウに2週間で戻れと厳命されているのだ。 「ビクトール……」 「雷が恐いなら抱いててやるからよ、人の上に黙って乗っかるんじゃねぇよ」 ほら、こっち来な、とビクトールが腕を伸ばす。 しかし、フリックはその手を振り払い、ゆっくりと身を屈めた。 掠めるように合わせられる唇。 触れた瞬間、ぴくりとビクトールが身を震わせた。 2,3度軽く唇を重ね、フリックは熱を持った熱い舌先で乾いた男の唇を舐めた。 「フリック………?」 「うるさい……」 ぴしゃりと言い、フリックはビクトールに馬乗りになったまま、再び身体を起こした。閃光がフリックの横顔を白く染める。魅せられたようにその身体に手を伸ばそうとしたビクトールの手を乱暴に払いのけると、フリックは見せつけるかのようにゆっくりとシャツを脱いだ。 窓から差し込む光がフリックの身体の線を闇に浮かび上がらせる。 思わず見惚れるほどに妖しいその姿。 ごくり、とビクトールは喉を鳴らした。 そんなビクトールを見下ろしたまま、フリックの唇が動いた。 「お前が………」 ビクトールの右手をつかみ、自分の胸へと押し当てる。そのままゆっくりと脇へと滑らせ、太腿の上で止める。 「お前が…昔、誰と寝てようが俺の知ったことじゃない…」 するりと脚の間へと滑り込もうとする手を、フリックがきつく押し留める。 「だが、お前が今見ていいのは………俺だけだ」 「フリック……?」 「お前のせいだ……責任取りやがれ……」 フリックがビクトールの右手を脚の間へと誘った。 すでに熱く熱を持って形を変えたフリックの雄をビクトールが握りこんだ瞬間、フリックはがくんと上半身を倒して、ビクトールに口づけた。 それはいつものフリックからは考えられないような乱暴な口づけだった。 「ふっ…ん、んぅ…」 呼吸さえも奪う勢いで唇を合わせる。入り込んできた舌を、ビクトールはきつく吸い上げた。 痛みを覚えるほどに何度も舌をからめる。フリックの舌がビクトールの咥内を傍若無人に舐め回し、喉の奥まで舌を差しこむ。流れ込んできたフリックの唾液を何度も飲み干し、ビクトールはゆっくりと右手を動かし始めた。 「………っん…ん、んっ…」 すぐにとろりと指を濡らす蜜が溢れ始める。くちくちと音が聞こえ始めると、フリックが甘い息を吐いて首を仰け反らせた。浮き上がった鎖骨の窪みに舌を這わせ、ビクトールは薄い皮膚に赤い印を散らす。滑らかな肌を味わい、たどり着いた胸の飾りに吸い付く。 「はっ…あぁ…」 ぞくりと背筋を走った感覚にフリックは思わず声を上げた。 ざらつく舌で立ち上がった乳首を何度も舐め上げ、固く尖らせた舌先で突付くようにして刺激を与えると、フリックはゆるゆると首を振った。 やばい、とビクトールは思った。 いつもよりも熱い身体。 いつもよりも甘い息。 つまらない嫉妬だと笑い飛ばすにはあまりにも思いつめたようなフリックの表情。だが、それは本当につまらない嫉妬だ。 今さらいったい誰を見ろというのだ? 言われるまでもなく、見るなといわれても、フリック以外目に入る者はない。 それをまだ分かっていないのか、と思うと、泣くまで思い知らせてやりたい気にもなる。 「は…っあ…!」 歯を立てたとたん、フリックが身を捩ってビクトールから逃げた。痛々しく色づいた淡い尖りが唾液で濡れているのを目にして、ビクトールはたまらず左手でフリックの腰を引き寄せた。 「よせっ…っ」 フリックがその手を押しのけ、シーツの上へと縫いつける。そして、目を閉じて動き続けるビクトールの右手が与える快楽に感じいったように大きく胸を喘がせた。 ゆるりとフリックの腰が動き出す。 そのままフリックはビクトールの胸元に口づけを落とした。 盛り上がった筋肉から首筋を宥めるように舌でたどる。さらりとした前髪が肌をくすぐった。ビクトールは大きく息を吐くと、フリックのさせたいようにさせた。 その間も、ビクトールは激しく花芯を扱き続ける。 くちゅくちゅと脚の間から聞こえる濡れた音にあわせて、フリックの腰が揺れる。 「ふぅ…っ…んッ、ん…」 「イくか……?」 フリックは答えない。 背中越しに見えるフリックの腰のラインに、ビクトールは自分も興奮していることに気づいた。一気に指の動きを早め、フリックの花芯をきつく扱き上げた。 「ああっ…っ!!」 あっさりとフリックはビクトールの手の中にその精を解き放った。 肩で荒く息をつくと、フリックは上半身を起こした。 膝立ちになると、フリックから溢れた蜜はぱたぱたと零れ落ち、すでに固く勃ち上がったビクトールのモノを濡らした。生暖かい蜜の感触に、ビクトールは喉の奥で唸った。 「くそっ…!」 ビクトールは素早く身を起こすと、フリックの身体を引き倒した。 「……っつ…」 うつぶせに押さえ込み、フリックの腰だけを高く引き上げる。無意識のうちに閉じようとする膝を両手で押し広げ、滑らかな双丘を割り開き、奥にある蕾を顕にする。 「………すげぇ…」 目の前の姿はあまりにも扇情的だった。脚の間を伝う蜜も、ひくひくと誘うように蠢いている蕾も。ビクトールは何とか体勢を変えようと身を捩るフリックに顔を近づける。 「ひぁ……っ!!」 いきなりの濡れた感触にフリックは思わず息を飲んだ。 ぬるぬると這い回る舌の動きに、かたく目を閉じる。何度経験しても慣れることのない行為。固く閉ざされた襞を解きほぐすように、ビクトールは丁寧に舌を這わせた。 そのたびに、ずくりとした疼きがフリックの中に湧き上がる。 「あ、…っ…んぅ……」 「力抜きな……」 両の親指で押し広げるようにして熟れた蕾を開き、ビクトールは舌先を中へと浸入させた。柔らかく溶け出した後孔に唾液を流し込む。ぐちゅっと、その度に響く音。フリックは聞きたくないというように首を振った。けれど、背筋を這い上がる快感は誤魔化しようがなく。胸を喘がせ、ビクトールが与える刺激に身を任せる。 「ん…んっ…はぁ…あっ……」 襞の一枚一枚を丹念に濡らしていく。 びっしょりと濡れた蕾にビクトールは目を細め、ひたりと指を押し当てた。 「………っ!!」 ぬぷっと押し込まれる異物に、フリックは顔を向けた。 「やめ……っ…」 溶け出した蕾は拒むことなく、ビクトールの指を飲み込んだ。一度奥まで差し込んだあと、ゆっくりと内壁をくすぐるようにして引き抜く。 「んぁ…あっ…っ…!」 何度か試すように抜き差ししたあと、ビクトールは 「1本じゃあな…足りねぇか……」 と言い、指を2本に増やし、さらにフリックの内部を犯した。 熱い内部は痛いほどに指に吸い付き、少し動かしただけでも、フリックの腰が震える。押し込めた指を広げ、さらに解きほぐしていく。 フリックはその異様な感覚に、きつくシーツを握り締めた。 ともすれば崩れ落ちそうになる身体を、ビクトールが片手で押さえ、飽くことなく中を掻き回す。それはとても言葉では言い表せないほどの感覚を伴って、フリックを快楽の淵へと突き落とす。ぶるぶると震え出す腰をビクトールの手のひらが撫でる。 「う…うぁ…っ…もう…」 「まだだ」 三本目の指がフリックの中へと入り込む。 「ひぁ……っ!!あ―――…」 フリックが喉を仰け反らせて大きく喘いだ。ぐっぐと奥まで押し込み、勢いよく引き抜く。その度にフリックが声にならない叫びを上げる。 「フリック……」 「あぁ…くっ……」 「後ろはやってやるから………前は自分でやんな…」 「う……っ」 フリックは肩越しにビクトールを振り返った。ペロリと唇を舐め、指だけでの愛撫を延々と続ける男は、さっさとやれとばかりにニヤリとフリックに笑う。 大きく胸を喘がせ、フリックは右手を自分の股間へと差し入れた。先ほど達したばかりのそれは、触れると瞬く間に大量の蜜をこぼした。軽く擦り上げ、蜜を塗りこめるようにして動かしてみる。 「くっ……ああっ…!あ、あっ……」 ビクトールが突き入れる指の動きにあわせるようにして自らも指を動かす。 ぐっぐっと最奥を擦るように小刻みに動かされると、フリックはきつく目を閉じ、与えられる快感に素直にその身を委ねた。痛いほどに張り詰めた花芯を何度も上下に扱く。 狭い室内に抑えきれないフリックの甘い喘ぎ声と、ぴちゃぴちゃという濡れた音だけが響く。 「ふっ…ンッ…イく……」 「ちっ……!」 言ったフリックの腰を強く引き寄せると、ビクトールは含ませていた指を引き抜き、荒々しい動作で猛った自らの欲望を押し当てた。 熱く溶けた蕾に飲み込まれていく様を目を細めて凝視する。 一突きで、奥まで収めきってしまう。 「ふぁ……っ!!あっ…はぁ……っ!!」 がくりと上半身をベッドに沈み込ませ、フリックが助けを求めるかのようにシーツを鷲づかみにする。ビクトールが覆い被さるようにしてフリックの背に汗ばんだ身体を密着させた。 肌がぶつかる音。 初めから余裕なんてないような激しい突き上げに、フリックは無意識のうちに逃げようと脚を伸ばそうとする。ビクトールがそれを引き戻す。 熱い肉壁が溶けてしまうのではないかと思うほどに抽挿が繰り返される。 慣れ親しんだ形と…動き…。だんだんと今までになく奥まで犯されていくような気がしてフリックは、ぶるっと身を奮わせた。 「ひっ……あ、あっ!!…あああ……っ」 「フリック……っ」 早く解放されたくて、フリックは自ら花芯をきつく扱く。とろとろと溢れた蜜はシーツの上で淫らな染みを作り、フリックの指先をしどとに濡らした。 いつもなら絶対に見せないであろうフリックの姿に、ビクトールは耐え切れず何度も何度も勢いよく引き抜くと目一杯奥まで突き入れる。 「くっ………!!」 「あああっ……」 何度目かに、ビクトールが腰を打ちつけた瞬間、どくんとフリックが弾けた。 とたんに力が抜けたかのように、投げ出される腰を引き上げ、ビクトールは狂ったようにさらに腰を律動させた。達したばかりの内部はひくひくとビクトールのものを締め上げる。 頭の奥まで痺れるような快感にビクトールは思わず低く唸った。 いったん動きを止め、十分にその締め付けを楽しんだあと、これ以上は無理だというくらい奥深く自身を埋め込んで、そこで欲望を吐き出した。 「………っ!!」 「……ンッ、んぁ……」 身の内に勢い欲叩きつけられた熱い飛沫に、フリックは厭々するように頭を振った。背後でビクトールが満足そうに大きく息を吐いた。 数回、小刻みに突き上げたあと、ずるり……と滑った音を立てて引き抜かれる。 その感触にフリックは小さく息を飲んだ。ビクトールはフリックの身体を抱きこむと、向き合うようにシーツの上に身を投げ出した。はぁはぁと荒い息が聞こえる。 ゆっくりと目を開けると、フリックはすぐ目の前にある男の顔を見た。 ビクトールの大きな手が、労わるようにフリックの腰のあたりを這いまわる。指先が肌を上下するたびに、ひくりと身体が震えた。 まるで何かを待ちわびているかのように。 その意味を、フリックは知っていた。 フリックはしばらくその愛撫に身を任せていたが、やがてビクトールへと擦り寄ると、片肘をついて身を起こした。その首筋に顔を埋め、深呼吸するように鼻を鳴らす。 まるで欲情した男の汗の匂いを楽しむかのようなその仕草。 ゆっくりとフリックの左手がビクトールの胸から腹へ動き、そして今放ったばかりだというのに固くその存在を誇示している男のモノを握りこんだ。 ぎくりとした様子のビクトールにくすりと笑うと、フリックは耳元に唇を寄せ、掠れた声で囁いた。 「―――――……ぃ」 その囁きに、ビクトールは喉の奥でぐぅと唸った。 柔らかな髪がビクトールの頬を掠め、離れていく。 ――― 足りない…… それはあまりにも挑発的な台詞。 フリックは再びビクトールの腹の上に跨ると、潤んだ瞳でビクトールを見下ろした。 しなやかな長い指で、放ったばかりの自分の蜜を塗りこめるようにしてビクトールの雄を駆り立てる。くちゅっと音を立てて上下に擦り上げると、それは簡単に勃ち上がった。 小さく息を吐きながら、硬度を増したそれを蕩けきった蕾へと押し当てる。入口にひたりと押し当て、ほんの少し腰を下ろせば飲み込める位置でビクトールの熱を確かめる。 何か不思議なものでも見るかのような表情のビクトールに、フリックは嫣然と微笑んだ。 「全部だ……」 ぐっと腰に力が入る。 「俺のことを愛しているというなら……全部よこせ……」 そのまま腰を降ろして、ビクトールの昂ぶりを飲み込んでいく。 あまりのきつさに、フリックは眉を顰め、それでも一息に自分の中へビクトールを収めきった。下半身がビクトールのものでいっぱいになった充足感。痙攣するように、太腿の付け根が震えた。大きく息を吐くフリックへビクトールが手を伸ばす。形のいい顎を掴み、辛そうに肩で息をするフリックへと言い捨てる。 「くれてやってるだろうが……」 「………」 「俺のもんは、全部お前のもんだ。それくらいまだ分かんねぇのか?」 その言葉に、フリックはうっとりと微笑んだ。 そして緩やかに始まる抽挿。 ――― 全部お前のもんだ… 分かっている。 フリックは熱くなっていく思考の端で思った。 そんなことは、とっくの昔に思い知らされている。 それなのに……どうしてこんなに欲しくなる?どうしてこんなに求めてしまう? 知らなかった。 自分の中に、こんなに激しい嵐があったなんて。 「くっ……っああ…ァ……!!」 ぎしぎしとベッドが軋む。ビクトールがフリックの腰を両手で掴み、容赦なく突き上げる。 先ほど放ったビクトールの精液が蕾から溢れ出し、フリックのモノを伝って流れ落ちた。 「あ、あああっ…ん、ん、あっ……!」 狂ったようにフリックが腰を揺すりたてた。 眩しい朝の光でビクトールは目を覚ました。 そのまましばらくぼんやりと天井を見つめる。 「おい、さっさと支度しろ」 いきなり声をかけられ、はっと我に返った。 上半身だけ起こして、声を主を探す。窓際ではフリックが服を着ているところだった。 ビクトールは何度か瞬きをした。 まるで何事もなかったかのようなフリックの様子。 夢だったのか??? それにしては、ずいぶんと身体がだるいような気がするが……… わけが分からず内心焦っているビクトールにフリックが近づき、ばさりと服を放り投げる。 「そろそろ出かけないと間に合わなくなっちまうぞ」 「あ〜、そうだな…」 その時、ビクトールはフリックの首筋に残る鬱血した痕を目にした。どう見ても、キスマークとしか見えないそれに、昨夜のことは夢じゃなかったのだと確信した。 あのあと、お互い狂ったように求め合った。 何度イったか覚えてないくらいに。 あれは事実だ…夢じゃない。 「フリック……お前、昨夜……」 フリックは言いかけたビクトールのすぐ横に立つと、無言ですらりとオデッサを引き抜き、そのままぴたりと刃先をビクトールの首筋に当てた。真っ青になるビクトール。 「お、お、おいおいおいおいっ!!」 「ビクトール……」 「あ、ああ?」 「昨夜のこと、一言でも言ったら……斬るからな」 「…………」 極上の笑顔でそう言い、フリックは剣を収めた。 フリックのあまりの迫力にビクトールは何も言えなかった。 あれは本気で切るつもりだ。 ビクトールはぞっとした。 フリックはテーブルの上に散らかった食事のあとを見て、「どうして起こさなかった」だの「食べたら片付けろ」だのと文句を言った。そして一人だけ先に準備を整えると、ビクトールへと振り返る。 「先に行ってるからな」 「あ、ああ…」 「この宿、食堂くらいついてるんだろうな……」 腹減った…とぼやきながら、フリックが部屋を出て行く。 その後姿を見送って、ビクトールはがっくりとうなだれる。 夢の方がましだったか? 「普段まともなヤツほど切れると恐いってか……?」 つぶやいたビクトールは窓の外を見た。 嵐の去ったあとの晴天。 まったくとんでもない嵐に巻き込まれたもんだ。 やれやれとビクトールはフリックの匂いの残るベッドに再び顔を埋めて、低く唸った。 |