運の値


「運が悪い、運が悪いって言われるけどさー、フリックってどれくらい運が悪いの?」
和やかなティータームの席で、さっさと自分のケーキを食べてしまったシーナの一言に、フリックは口元に運んでいたケーキの欠片に食いつくことができなかった。
「まぁ確かにフリックって見るからに運が悪そうだけどさー」
いったいその運の悪さというのはどれほどのものなのか。シーナ自身は自分は運だけでここまできた方だと自負しているので、どちらかといえば強運の持ち主だと思っているのである。
一方のフリックは昔っから運の値が低いと言われている。では、いったいどういう風に運が悪いのか知りたいと思ったのである。
「お前なー、運の値の話はフリックの前じゃあ禁句だぞー」
ビクトールがぺちんとシーナの額をたたく。
「待て、別に禁句ってわけじゃない。俺はそんなに心は狭くないぞ」
フリックが反論すると、ビクトールとシーナは笑いを堪えたようにふうんとうなづいた。
「じゃあさ、いったい今までにどういう運の悪さがあったのか教えてくれよ」
シーナがフリックの手首をぐいっと引き寄せ、フォークに刺さったケーキをぱくりと食べた。
「あっ!!!てめぇ、何しやがる!」
「心狭くないんだろー、あー美味い!」
もぐもぐと口を動かし、シーナが笑う。一番最後まで残していた苺の乗った部分をシーナに食べられてしまい、フリックは憮然とした。
「フリックよぉ、そういうところが運が悪いっていうんじゃねぇのか?」
「ビクトール、お前は黙ってろ」
「シーナ、聞きたいなら俺が教えてやるぜ。フリックは何するにしても運が悪いからなぁ。例えば朝起きて食堂へ行くだろ、すると自分の目の前で朝のお徳用定食が売り切れる。コーヒーを頼んだら間違えて紅茶が出てくる。まぁこんなのはまだまだ序の口だな。戦闘の時なんかも、どういうわけかフリックにばかり風船がつけられる。あと一撃で敵をやっつけられるって時に、最後の一個の風船もつけられちまう」
「あははは、フリックよく飛んでるもんなー」
「女連中が作ってくれた弁当を食べると、絶対にフリックはナナミの作ったヤツを引いちまう。たまに違うヤツを引いたら、どういうわけか苦手な野菜が入ってたりなー」
「すっげー。こうなるともう才能だよなー」
げらげらと笑うシーナに、フリックは一言も返せない。
「風呂に入るとまだ水のままだったり、酒だと思ったら水だったり、いやもう、言い出したらキリがないほど、こいつの運の悪い話ってのはあるからなー」
ビクトールは笑ってばんばんとフリックの背を叩く。フリックはぐったりとテーブルに突っ伏したままである。いったいどうしてこんなひどいことを言われなくてはならないのだろうか。そりゃあ確かに自分は運が悪い。ビクトールの言うことはどれも本当のことだし、今さら違うなどと言うつもりはないけれど、けれど何もここまで言わなくてもいいじゃないかと泣きたくもなる。
「はー、すごいなー、フリックって昔っからそんなに運が悪いの?」
「………うるさい」
はははは、と笑ってビクトールがフリックの頭をがしがしと撫でる。腐るな腐るなと言うビクトールが一番フリックを腐らせているのだが、そういうことにはまったく気づく様子はない。
「あれーみなさん楽しそうですねー。何の話?」
「お、ディラン、お前も一緒にフリックの運の悪さについて語ろうぜ」
同盟軍の盟主であるディランが手にケーキの乗ったトレイを持ったまま、シーナの隣に座った。
「フリックさんの運の悪さ?そんなの今さら語り合うこともないんじゃないですか?」
笑顔で辛辣なことを口にする盟主に、フリックががばっと顔を上げる。
「ディラン!てめぇまでそんなこと……っ!」
「でも本当のことだし」
けろりと笑い、ディランがケーキを口にする。今まで何度も一緒にフリックと交易に出たり、戦闘に出たりして、彼の運の悪さは嫌というほど見てきてるディランである。
「まぁあれだよなー、フリックってハンサムだし、背も高いし、優しいし、女の子にもてる条件は全部そろってるのに、どうもその運の悪さが邪魔して、未だに彼女がいないって感じだよなー」
シーナがつんつんとフリックの腕を突っつく。
「そうかなー」
「え?」
ディランの一言にビクトールとシーナが顔を向ける。
「フリックさんて、確かに一見運が悪そうに見えるけど、本当はそんなことないんじゃないかなーって思うんだけどな」
「どういうことだよ」
ディランはうーんと考えて、そして言った。
「だってさ、こんな世の中で、何度も戦場に出て、何度も死にそうな目に合ってるのに、フリックさんはまだ生き残ってるわけでしょ?それって運がいいってことなんじゃないのかなー」
「あのよぉ、ディラン。闘いに勝ち抜いてきたのを運がいいって一言で片付けるなよ。勝ち残ってきたのは、そりゃあ運がいいからじゃなくて、剣の腕がたつからだ。決まってんだろ」
ビクトールが馬鹿馬鹿しいと言いたげに、ひらひらと手を振る。うん、とディランはうなづく。
「確かに、剣の腕は生き延びるためには必須条件だけどさ、でも剣の腕がたつだけじゃあ生き残れないと思うよ。だって、もし本当に運が悪いなら、いくら剣の腕がたってもすぐに死んじゃうとは思わない?」
「………」
ディランは黙り込むビクトールとシーナに、にっこりと笑った。
「フリックさんは、確かにいろんなところで運が悪いよね。ちょっとしたことは何でもみんな貧乏くじ引いてるっぽいし、俺もそれはそうだと思うけど、でも、いざという時の引きの良さはびっくりするものがあると思うんだよなー。例えば窮地に追い込まれたとき、右と左どっちへ行くか。こういう時にフリックさんが選ぶ方はたいてい正しいだろ?」
「あー、そういやそうだなー」
シーナがいろいろと思い出してうなづく。
「フリックさんはね、つまんないことには運を使わない人…ってだけだと思うけど?つまり、自分の運の使い方を知ってるんじゃないかなーって」
にっこりと、ディランはどこか余裕の笑みを浮かべて三人を見渡した。


「やっぱりリーダーになる人間は言うことが違うよな、うんうん」
部屋に戻ってきたフリックは、満足したように腕組したまま大きくうなづいた。ビクトールもシーナも、ディランの意見に全面的に納得したわけではないが、かといって、否定するだけの根拠もなかった。
確かに一見運が悪そうに見えるフリックだが、ここ一番という時は悪魔が味方したかのような運の強さを見せることがある。
ということは、
「もしかして同盟軍一番の強運の持ち主…とか?まさかなぁ」
ビクトールがうーんと首を捻る。
大きな不運に見舞われる代わりに、大きな幸運にも(たまに)恵まれるフリックは、総合的に見た時に運の値が低いといえるのかどうか?
「何だかなー。微妙だよなー」
ビクトールは機嫌のいいフリックをまじまじと眺めた。
「ま、確かにお前の運は悪いばかりとは言えねぇよな。だいたい、俺とこうやって巡り合えて一緒にいるわけだしよ」
「は?」
得意げに言うビクトールに、フリックは心底呆れてしまった。
ビクトールと出会えたことが運がいいことなどと、よくもまぁそんなことを自分で言えるものである。いったいどういう根拠があってそんなことを口にするのやら。
「おいおい、何でそんな顔するんだよ」
黙り込むフリックに、ビクトールが嫌な顔をする。
「……いや、お前と一緒にいるのが運の悪さを露呈しているかもしれないなぁと思ってよ」
「何だと?」
何でもない、とフリックが笑って手を振る。
「俺の運がいいかどうかは、俺が死ぬ時に『あー、お前と一緒にいられて幸せだったなぁ』って思えるかどうかだろ?だからそう思えるように、せいぜい俺を幸せにしてくれ」
死ぬまで一緒にいることが前提の台詞には、さすがのビクトールも苦笑するしかない。もちろんフリックは無意識の発言だろうし、その意味を深く考えてもいないだろう。
そういうところが案外子供ぽくて、可愛いと思ってしまうのだ。
「心配すんな、俺がお前の運の値を上げてやるからよ」
「そりゃ頼もしいことで」
あまり期待はしていない口調で、フリックはごろりとベッドに横になった。
フリックの運の値は自分で作るものではなく、どうやらビクトールが作ってくれるものらしい。
おかしな話だが、まぁいいだろう。
運の値なんてそんなものである。





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